The ghost of Ravenclaw - 109
13. はじめての敗北
――Harry――
真夜中にハナが現れたことには驚いたものの、ハリーは粉々になったニンバスをハナに預けることになんの迷いもなかった。どんなことを思いついたのかさっぱり分からなかったが、ハナが「きっと上手くいく」と言ったのなら、それは上手くいくからだ。ニンバスが元に戻ることはないにせよ、きっと素晴らしいものになって手元に戻ってくるに違いないとハリーは思っていた。
チームメイト達が帰っていくと入れ違いでロンとハーマイオニーがやってきて、昨日と同じようにハリーのベッドのそばにいてくれた。ハナは一緒ではなかったけれど、きっとニンバスのことでいろいろしてくれているのだろうとハリーは気にも留めなかった。すると、真っ先にニンバスが入っていた鞄がなくなっていることに気付いたハーマイオニーが気遣わしげに訊ねた。
「ハリー、ニンバスはどうしたの? もしかして、マダム・ポンフリーが捨ててしまったの?」
「ううん、僕、ハナに預けたんだ」
「ハナに?」
「預けたってどういうことだい?」
驚いた表情をする2人にハリーは夜中に突然ハナが現れたことや「いいことを思いついた」と言ってニンバスを預かって行ったことを話して聞かせた。すると、ハーマイオニーはハナの言う「いいこと」が何なのかあれこれ考え出し、ロンは透明マントもないのにハナがどうやって誰にも見つからずに医務室までやってきたのかを考えた。
「ハナって姿現し出来るんじゃないかな」
ピンと閃いたような顔をしてロンが言った。
「でも、ホグワーツの中で姿現しは出来ないんじゃなかった?」
「だから、特別にだよ。ほら、ハナの後見人はダンブルドアだし――」
「有り得ないわ」
ロンが言い終わらないうちに「いいこと」をあれこれ考えていたハーマイオニーが
「ホグワーツではダンブルドアですら姿現しが出来ないのよ。それにハナがどうやって抜け出したかなんて簡単じゃない」
ハーマイオニーはいかにも分かりきったことだと言わんばかりにそう言うと、ハナは目くらまし術を使えるのではないか、とハリー達に話した。目くらまし術で姿を隠せば寮から抜け出すことは簡単だし、先生達にも見つからずに医務室までやってくることが出来ると言う。そういえば――。
「ハナは夏休みの間、目くらまし術の本を読んでたよ。完璧な透明になりたいんだって言ってた」
ハリーは夏休みにハナが熱心に読んでいた本のことを不意に思い出して言った。漏れ鍋に泊まっている間、大抵の場合ハナはハリーより早起きだったが、時々本に夢中になって夜更かししてハリーより遅く起きてくることがあったのだ。その時ハナは確かに「私、貴方のマントを使った時みたいに完璧な透明になりたいの!」と意気込んでいた。
「なら、練習して使えるようになったんだわ」
ハーマイオニーはきっぱりと言った。
「どれくらい見えなくなるのかしら。私、とっても興味があるわ。もちろん、夜中に寮を抜け出すことはいけないことだけど」
「でも、透明になれたら抜け出し放題だよな」
「ロン、抜け出すのはいけないことなのよ。緊急事態を除いては、だけれど――」
ハーマイオニーが「緊急事態を除いては」と付け足すとロンはニヤッと双子の兄そっくりな笑い方をした。ハリーにこっそり顔を近付けると声を潜めて言った。
「2年前のハーマイオニーなら緊急事態でもダメだって言ってただろうな。間違いなく」
*
それから午前中いっぱい医務室でハリーと共に過ごしたロンとハーマイオニーは、昼になると「またあとで」と言って昼食を食べに一旦医務室をあとにした。マダム・ポンフリーに安静を言い渡されているハリーは当然2人と一緒に大広間に行くことは出来ないので、医務室でマダム・ポンフリーが用意してくれた昼食を食べることになった。ベッドに設けられたオーバーテーブルにサンドイッチやスープ、かぼちゃジュースが並んでいる。
しかし、早速食べようとサンドイッチに手を伸ばしたところで、誰かが医務室にやってきたのを感じてハリーは手を止めて入口の方を見遣った。もしかしたらハナかグリフィンドール生の誰かが見舞いに来てくれたのかもしれない――ハリーはそんな風に思いながら入口でマダム・ポンフリーが対応しているのを見ていたが、やがて医務室に入ってきた人物はハナでもグリフィンドール生の誰かでもなかった。
「やあ、ハリー」
やってきたのはセドリック・ディゴリーだった。いつもにこやかに笑っているセドリックも今日ばかりは昨日の試合のことを気にしているのかどこか元気がなく、挨拶の言葉も少しぎこちなく聞こえている。しかし、同じくらいハリーの挨拶の返事もぎこちなかった。
「やあ、セドリック。えっと、来てくれてありがとう……その、座って」
ハリーがそばにあった椅子に座るよう促すと、セドリックはお礼を言って腰掛けた。セドリックはこの時間なら誰もいないと思って医務室を訪れたらしいが、オーバーテーブルに昼食が載っているのを見遣ると「タイミングが悪かったかな」と苦笑いした。
「ううん、大丈夫だよ」
「ありがとう――ハリー、具合はどうだい?」
「うん、もうすっかりいいよ」
ハリーはまだあれこれ引きずっているのを悟られないよう、平気なフリをして答えた。でも、セドリックにはお見通しだったのかもしれない。セドリックが気遣わしげな表情でこちらを見ていることにハリーは気付いた。
「ニンバスが壊れたと聞いたよ。あの時僕がすぐに気付いていたらどんなに良かったか――」
「君は試合に集中してたんだ。反則したわけでもない。なのに君はやり直しを求めて抗議してくれた。それって誰にでも出来ることじゃないよ」
「あれは別にそんなに褒められるようなことじゃないんだ」
セドリックは少しだけ言いづらそうにしながら答えた。
「僕は僕のために正々堂々君に勝ちたかった。君がシーカーに選ばれた時からそれが1つの目標だったんだ。そうしたら僕は彼女の1番になれるんじゃないかって……夢見てた。ただ、それだけなんだ。だから、あんな形で勝つことはしたくなかった」
セドリックの言う「彼女」が誰なのかすぐに分かってハリーは複雑な気持ちになった。今回だってきっと自分から離れていこうとしているハナをなんとか振り向かせようと必死でスニッチを追っていたに違いない。だからハリーのことに気付くのにも遅れてしまったのだ。ハリーはそんなセドリックを責める気なんか起こるはずがなかった。それに元々セドリックは何も悪くはないのだ。ジョージの言葉を借りるなら、フェアにクリーンに勝ったのだ。
「あの時――スニッチを掴んだあとだけど――なんとなく途中で鷲とすれ違ったような気がして振り返ったんだ。そしたら、君が落ちてる途中で……」
「鷲?」
鷲と聞いた途端、ハリーは急に耳元で喚いていた鷲の存在を思い出して声を上げた。ハリーは今までどうしてそのことを忘れていたのか分からなかったが、確かにハリーが箒から落ちているその時、鷲はハリーの近くにいたのだ。あの時、鷲の声がハナの声に聞こえたのは気のせいだろうか――。
「セドリック、君も鷲を見たの?」
「ああ。僕が見た時は落ちていく君の真下をグルグル飛んでいて、君を助けようとしているように見えた。その鷲の――あー、ハリー、ハナのブレスレットを見たことがあるかい?」
ハリーは突然セドリックが鷲の話からハナの話に切り替えたので、一瞬セドリックもハナの声を聞いたのかとドキリとした。しかし、ブレスレットのことを訊ねられると訳が分からずパチパチと瞬きをした。以前ハナがしているブレスレットはセドリックからのプレゼントではないかとハーマイオニーが話していたからだ。
「僕は見たことがないけど、ハーマイオニーがあれは君からのプレゼントじゃないかって話してたよ。君のプレゼントじゃないの?」
ハリーは思わず訊ね返した。すると、セドリックはすぐに首を横に振った。
「いや、僕じゃない。僕はルーピン先生からのプレゼントじゃないかと思ったんだ。ブレスレットにシルバーのプレートがついてて、そこに杖が5本描かれてるんだけど、そのうち2本はハナの杖とルーピン先生の杖だったから……」
「あとの3本は?」
「知らない杖だった。ハナに何度も聞いてみようかと思ったんだけど、勇気が出なかったんだ。結局それから一緒にいることが減って聞けず終いさ。知ってるかもしれないけど、デートに誘ったら断られちゃって」
セドリックがそう言って苦笑いすると、ハリーはまた複雑な気持ちにさせられた。それと同時にセドリックはハナがどうして自分を遠ざけるのかその理由を知っているのかハリーは気になった。でも、たとえ本人から聞いていなくても、セドリックなら気付いているのかもしれない――ブレスレットのことに気付いていたように、セドリックはハナのことをよく見ているからだ。
「ハナのことはこのまま諦めるの?」
ハリーは余計なことと思いつつ訊ねた。するとセドリックは驚いたようにハリーを見て「まさか」と言った。そして、
「彼女を諦めるなんて考えたこともないよ」
セドリックは清々しいくらいきっぱりと言い切ったのだった。