The ghost of Ravenclaw - 105

13. はじめての敗北



 まさか、こんなことになるとは思わなかった――。
 シリウスと共に大急ぎで観客席をあとにしながら、私はそう思った。この嵐なので試合がいつものようにはいかないだろうとは思っていたけれど、まさかあんなに大勢の吸魂鬼ディメンターがクィディッチ競技場の中に入り込んで来るだなんて思いもしなかったのだ。シリウスもそれは予想外だったようで、競技場の出口に向かっている表情がどこか固かった。

「大変なことになったわ」

 競技場の外に出て誰もいないことを確認すると私は元の姿に戻って言った。シリウスは犬の姿のままなので返事こそなかったけれど、試合開始の時にはブンブン振られていた尻尾も今ではシュンと垂れ下がっている。

「今の貴方に影響はないでしょうけど、今日はこのまま帰った方が賢明だわ。ハリーのことは任せて――ダンブルドア先生がいらっしゃったから大丈夫だとは思うけど、状況が分かったら必ず連絡するわ。さあ」

 私がそう促すとシリウスは何か言いたげにこちらを見上げて「クゥン」と鳴いた。もしかすると前に倒れたと話したことがあったので、変身を解いた私のことを心配してくれているのかもしれない。「私も大丈夫よ。心配ならあとでチョコレートをたくさん食べるわ」と言うと、シリウスは渋々といった様子で森へと帰って行った。

 シリウスが森に消えていくのを見届けてから急いで競技場へと戻ると、ダンブルドア先生が追い払ってくれたのだろう――あんなに大勢いた吸魂鬼ディメンターは1人残らずいなくなっていた。けれども、観客席は騒然としていて、多くの生徒達が青白い顔で震え、ザワザワとした声が広がっていた。

「あんなに高いところから……」
「ポッターは大丈夫かしら?」
吸魂鬼ディメンターが100人はいたよ……でも、試合はどうなったんだろう?」

 気が付けば上空には誰も飛んでおらず、試合はもう行われていなかった。あんなことが起こったのでは無理もないだろう。吸魂鬼ディメンターが現れた時、セドリックがスニッチを追っていたけれど、このまま試合は中止だろうか。それとも、セドリックがスニッチを掴んだのだろうか?

「ごめんなさい、通して――通して」

 私はもっとよく状況を確認しようと、人混みを掻き分けて観客席の一番前へと向かった。すると、ピッチの中央でフーチ先生、セドリック、オリバーの3人が何やら真剣に話し合いをしているのが真っ先に目に入った。その周りには一緒に話を聞いているハッフルパフの選手達の姿があったが、オリバー以外のグリフィンドールの選手達はそこにはいなかった。

 他のグリフィンドールの選手達の姿はそこから少し離れた場所にあった。ダンブルドア先生が中心に立っていて、その周りをグリフィンドールの選手やロン、ハーマイオニーが囲んでいる。誰も彼もが下を向いて青白い顔をしていて、そこにハリーが倒れているのは明らかだった。ダンブルドア先生が魔法を使ってくれたから大丈夫だとは思うけれど、意識が戻らないのだろうか――。

「ハリー!」

 居ても立っても居られず、私は観客席からピッチに下りると彼らの元に駆け出した。ぬかるんだ地面に何度か足を取られそうになりながら走っていくと、途中で私がやってきていることに気付いたフレッドかジョージのどちらか慌ててこちらに近付いてくるのが分かった。雨で遠くからだと判断が難しかったが、目の前までやってくるとそれがジョージであることに気づいた。どうやら私が転びそうになっているのを見兼ねてこちらにやってきてくれたらしい。

「大丈夫か、ハナ」
「ええ、ありがとう――ハリーは? それに、試合はどうなったの? 私、あの――よく分からなくて――」
「ハリーは意識を失っているだけみたいだ。今どこか怪我をしていないかダンブルドアが確認したけど、どこにも怪我はなかった。試合は、今揉めてて正直僕にもどうなるか分からない。でも、ルール上はハッフルパフの勝利だ」
「セドがスニッチを掴んだのね?」
「セド? ああ――ディゴリーがスニッチを掴んだ。ハリーが落ちたことに気付かなかったんだ。スニッチを掴んで振り返って初めて何が起こっているのか気付いた。それで……大したヤツだ。ディゴリーは試合のやり直しを望んだんだ。“僕はこんな勝ち方は望んでない”ってね。今揉めてるのもそのせいさ」
「やり直しは出来ないの?」
「ハッフルパフが反則をした訳ではないからな。判定は覆らないだろう。ディゴリーはスリザリンの奴らとは違って、フェアでクリーンにスニッチを掴んだ。ディゴリーがとんでもなく性格の悪いヤツだったら良かったのにな。あいつはとことんいいヤツで、いいヤツ過ぎて……文句のつけようがないよ」

 話を聞いてピッチの中央を見てみると、セドリックが必死にフーチ先生に訴えているのが見て取れた。反対にオリバーは何かをぐっと耐えるように俯いている。きっと、オリバーもハッフルパフの勝ちを認めるしかない状況なのだろう。セドリックがフェアに勝ったからだ。仮に今回のことがスニッチを掴む前だったり、ハッフルパフ側の反則で起こったとしたら、試合のやり直しも認められたのかもしれない。けれども、握られたスニッチはもう元には戻らないのだ。

 間もなくしてハリーのそばまでやってくると、ダンブルドア先生がちょうど杖を振って担架を作り出しているところだった。間近で見るとハリーは青い顔をしたまま地面に倒れていて、その周りではハーマイオニーやグリフィンドールのチェイサーの女の子達が目を真っ赤にして状況を見守っている。ロンやフレッドは女の子達を慰めながらもハリーと同じくらい真っ青になっていた。

「ハナ! ああ――ハナ!」

 私が来たことに気付くと、ハーマイオニーがワッと泣き出して抱き着いてきた。大勢の吸魂鬼ディメンターが押し寄せてくるだけでも怖かっただろうに、ハリーが落ちてしまったのだ。常日頃からハリーのことを心配していたハーマイオニーにとっては尚更怖かったことだろう。

「ハリーは大丈夫よ、ハーマイオニー。ダンブルドア先生が助けてくださったもの」
「私、私――ハリーがもうダメかと――」
「怖かったわね、もう大丈夫よ。吸魂鬼ディメンターはいないわ」

 そう言って私がハーマイオニーの背中を撫でているとハリーを担架に載せたダンブルドア先生がこちらを見た。その表情はどこか固く、なんとなく怒っているように思える。おそらく、吸魂鬼ディメンターがあんなに大勢敷地内に入り込んだことを怒っているのだろう。

「ハナ、観客席にフリットウィック先生がいらっしゃるはずじゃ」

 私をじっと見てダンブルドア先生が言った。

「飛ばされたニンバスを探すのを手伝って貰えるよう伝えてはくれんかね。わしはハリーを医務室に運んだあと吸魂鬼ディメンター達と話がある……」
「分かりました。すぐにフリットウィック先生の元に向かいます」
「ハナ、危ないから僕も一緒に行くよ。風避けくらいにはなれるさ」
「ありがとう、ジョージ。すぐに行きましょう―― ロン、ハーマイオニーをお願い」

 私の言葉にロンが頷くのが見えると、ハーマイオニーをロンに任せ、私はジョージと共に観客席にいるフリットウィック先生の元に向かった。相変わらず雨風は強かったけれど、ジョージが風上に立ってくれて私はなんとかピッチの中を移動することが出来た。

「フリットウィック先生!」

 フリットウィック先生は思ったよりも早くに見つかった。たまたますぐ近くの観客席の手前に先生がいたのである。先生は私とジョージが目の前に現れると驚きつつも近くまでやってきてくれた。周りにいた生徒達はなんだなんだとこちらを見ている。

「先生、ハリーのニンバスが飛ばされてしまったんです」

 雨風の音に負けないように私は大声で言った。

「そこで、ダンブルドア先生がフリットウィック先生に探すのを手伝って貰えないかと――」
「ミス・ミズマチ、ニンバスが飛ばされた方向は分かるかね?」
「あちらの方だったと思います。湖やホグズミード村がある方角です」
「なるほど、すぐに向かおう。遠くまで飛ばされていないといいのだが――アパレ・ヴェスティジウム」

 フリットウィック先生はそういうとサッと杖をひと振りして呪文を唱えた。すると、途端に先生の杖先から金色に輝く何かが噴き出し、空に線を描き始めた。金色の線は嵐をものともせず、ニンバスが飛ばされた方へとどんどん伸びていく。

 どうやらこれは追跡呪文の一種のようだった。私もまだ知らない呪文だから、上級生でしか習わないような、もしかするとそれ以上に高度な呪文かもしれない。それを最も簡単に使うのだから、流石は呪文学の先生である。ダンブルドア先生が真っ先にフリットウィック先生の名前を出したのも納得だ。

「ハナ、僕達も行ってみよう」
「ええ――」

 やがて、現れた金色の線を追うようしてフリットウィック先生が観客席を飛び出すと、私とジョージもあとを追って今度こそ本当に競技場をあとにした。無事に箒が見つかって欲しい――誰もがそう願っていたけれど、辿り着いた先で見つけたのは、暴れ柳に見るも無惨な姿に変えられたニンバス2000だったのだった。