The ghost of Ravenclaw - 103

12. 嵐の中のクィディッチ

――Harry――



 ハーマイオニーの呪文で眼鏡が本来の役割を果たすようになったものの、嵐の中でスニッチを探すのは困難を極めた。11月の冷たい空気に晒され、雨でびしょ濡れになったユニフォームがまるで氷枕のような冷たさでハリーの体に張り付き、容赦なく体温を奪っていったからである。しかし、寒いのはハリーだけでなくみんなも同じだ――ハリーはなんとか気持ちを引き締めて箒の柄をしっかりと握り締めた。横から飛んできたブラッジャーも避け、反対側から来たセドリックの下を掻い潜り、ピッチの外側を飛び回っていく。

 ハリーはどうにかスニッチを見つけようと目を凝らしてピッチの四方八方に視線を走らせた。しかし、思うようにスニッチが見つからないばかりか、嵐もどんどん激しさを増す一方だった。今や空を真っ二つに割るような白い稲妻が曇天に走り、雷鳴もゴロゴロからバリバリという割れるような音に変わってきている。早くスニッチを見つけなければ――ハリーは箒に活を入れ、ピッチの中央へ向かおうと方向転換した。

 すると、再び大きな稲妻が空に走ったかと思うと、辺りを照らした。眩しいほどの雷光に白く霞んでいたスタンドが照らされたかと思うと、視界の中に巨大な毛むくじゃらの黒い犬が飛び込んできてハリーは心の中まで冷える思いがした。嵐の影響でガラガラだったスタンドの一番上の席にじっとしている。しかも、隣には一羽の小柄な鷲がこれまたベンチに腰掛けている・・・・・・。どこかで見たことのある犬と鷲だ――そう思った途端、ハリーは集中力を失っていた。

「う、ワ――!」

 次の瞬間、ハリーは1メートルほど一気に降下した。しっかり掴んでいたはずの箒の柄がつるりと手から滑り、ニンバス2000がグンッと高度下げてしまったのだ。箒を握り直し、頭を振ってハリーはもう一度スタンドに視線を向けたが、再び雨のベールが覆い尽くしたスタンドにあの犬と鷲の姿を見てとることは出来なかった。

「ハリー!」

 あの犬と鷲はなんだったのだろうか。ただの見間違いだろうか――ハリーがそう考えていると、グリフィンドールのゴールから、ウッドの声が聞こえてハリーはハッとして振り返った。ウッドは試合中出し続けているお陰で掠れ始めた声を振り絞るようにして叫んだ。

「ハリー、後ろだ!」

 ウッドの言葉にハリーが辺りを見回すと、セドリックが上空を猛スピードで飛んでいるのが見えた。ハリーとセドリックの間は激しい雨でびっしりと埋まっていたが、その中にキラッキラッと光る金色の小さな点が飛んでいる――スニッチだ。

 スニッチを見落としてしまったことにショックを受けながらも、ハリーはすぐに体勢を整えるとスニッチ目掛けて嵐の中を疾走した。雨が痛いほど激しく顔に打ちつけていたが、「頑張れ!」とハリーは歯を食いしばってニンバス2000を奮い立たせた。

「もっと速く!」

 すると、どこか遠くで鷲が鋭く鳴き声を上げたかと思うと、競技場にサーッと気味の悪い沈黙が流れた。雨も風も雷鳴も相変わらず続いているはずなのに、まるで誰かがテレビの音量をオフにしてしまったかのようにハリーの耳には何も聞こえなくなった。一体何が起こったのだろう? そう考えてから間もなく、何か恐ろしい感覚がハリーに押し寄せた。しかも、ハリーにはその感覚が何か身に覚えがあった。吸魂鬼ディメンターである。

 冷たい空気が肺満たし、心を凍りつかせるような感覚がハリーを襲っていた。思わずスニッチから目を離して下を見てみると、少なくとも100人の吸魂鬼ディメンターがピッチに蠢き、隠れて見えない顔をハリーに向けている。

 吸魂鬼ディメンターが視界に入った瞬間、ハリーはもう何も考えられなくなった。あのスタンドにいた鷲が吸魂鬼ディメンター目掛けて突っ込んでいくのもどこか遠くの世界で起こっている出来事のようだった。

 今やハリーのすべてを支配しているのは、体を切り刻むような恐怖とホグワーツ特急でも聞いたあの声だった。あの声がハリーの頭の中で響いている。誰かが何かを叫んでいる……誰か、女の人が……。

「ハリーだけは、ハリーだけは、どうぞハリーだけは!」
「どけ、バカな女め……さあ、どくんだ……」
「ハリーだけは、どうかお願い。私を、私を代わりに殺して――」

 最早ハリーはクィディッチのことなどどうでも良くなっていた。あの女の人を助けたい気持ちでいっぱいで、するりと手から箒が滑り落ちたことにすら気付いていなかった。すぐ近くで鷲の喚き声が聞こえたが、それすら今のハリーにはどうでもいいことだった。今は君に構っている暇はないんだ……あの女の人を助けないと、あの女の人は死んでしまう……殺されてしまう……。

「ハリーだけは! お願い……助けて……許して……」

 頭の中に白い靄が渦巻いているようだった。命乞いをする女の人を嘲笑うかのように甲高い笑い声が響いて、次の瞬間、女の人の悲鳴が響き渡った。ハリーは何が起こったのかまるで分からず、その白い靄の中にどんどん落ちていった。

「ハリー、しっかりして! ハリー!」

 意識が途絶える瞬間、ハリーは耳元でハナがそう言っているように聞こえたが、そこには喚いて飛び回る一羽の鷲しかいなかった。