The ghost of Ravenclaw - 102
12. 嵐の中のクィディッチ
――Harry――
翌日の土曜日――いよいよクィディッチ・シーズンの開幕戦が行われるその日のハリーの目覚めは最悪だった。なんだか風の唸りがやけに聞こえてくるなと思って目を開けてみると、ピーブズがそばにぷかぷかと浮かんでいて、ハリーの耳元に息を吹きつけていたのである。普段こんなことは滅多にないのにどうしてこんな大事な日に限ってそういうことをするのか――ピーブズの仕業に気付いたハリーが怒ると、ピーブズはケタケタ笑いながら寝室をあとにした。
時刻を見てみるとまだ4時半になったばかりであった。ハリーは中途半端な時間に起こされたことに腹を立てながら布団を被ると、もうひと眠りしようと寝返りを打った。しかし、一旦目が覚めてしまうと、それまで気にならなかった雷鳴や強風によって軋む木々の音がいやに耳について、ハリーは中々眠ることが出来なかった。しかもあと数時間後にはこの強風の中ハッフルパフと戦うのだ。
ハリーはとうとう眠るのは無理だと諦めて起き上がった。服を着替え、ニンバス2000を手にすると談話室に下りるために寝室の扉へと向かう。すると、扉を開いた瞬間、オレンジ色の塊がハリーの足元を掠めていくのが見えて、ハリーは咄嗟にその何かをひっ捕まえた。
「君のことをロンがいろいろ言うのは、確かに当たってると思うよ」
ハリーが間一髪のところで捕まえたのはクルックシャンクスのボサボサの尻尾であった。もしかするとみんなが寝ている間に忍び込んでスキャバーズに悪戯しようとしたのかもしれない――ハリーは怪しむようにクルックシャンクスを見遣ると、寝室の外に引っ張り出してピシャリと扉を閉め切った。
「ネズミなら他にたくさんいるじゃないか。そっちを追いかけろよ。さあ――スキャバーズには手を出すんじゃないよ」
螺旋階段の方へクルックシャンクスを追いやり、仕方なしに階段を下りていく姿を確認すると、ハリーも階段を下りて談話室に向かった。嵐の音は寝室よりも談話室の方がより鮮明に聞こえ、こんな天気の中ちゃんとプレイが出来るかハリーは不安になった。昨日ウッドがハリーの方が小回りが利くと言ってくれたけれど、この嵐だと背の高いセドリックの方が吹き飛ばされる心配が少ないような気がした。
ハリーは夜明けが来るまで暖炉の前で時間を潰すことにした。大抵は窓の外を眺めて今日の試合についてあれこれ考えを廻らせるだけだったが、時々性懲りもなくクルックシャンクスが男子寮への階段に忍び寄るのを取り押さえなければならなかった。
そうして何度かクルックシャンクスと格闘し、外がぼんやりと明るくとなってくるとハリーは朝食を食べに1人で大広間へと向かった。オートミールを食べてひと息つき、やがてトーストを食べ始めるころにはハリー以外のグリフィンドールの選手達もやって来た。みんな緊張した面持ちだったが、特にウッドは一番ひどかった。「今日はてこずるぞ」と言ったきり何も食べようとしないので、選手達は「ちょっとくらいへっちゃらだ」と宥めなくてはならなかった。
しかし、雨は「ちょっとくらい」ではなかった。試合開始時間が迫って来てハリー達が外に出ると、風は荒れ狂っていたし、雨は横殴りに激しく降り、雷も頻繁にゴロゴロと鳴っている。城から競技場へ行くにも一苦労で傘もまったく役に立たない有り様だったけれど、それでもクィディッチの人気ぶりを表すかのように、ホグワーツ生のほとんどが観戦に訪れた。
チーム全員が紅色のユニフォームに着替え、グリフィンドールの選手達はピッチへ向かった。けれどもピッチに出て、一際大きな雷鳴が辺りに轟いた途端にハリーは大事な忘れ物をしていることに気付いた。朝からピーブズだったりクルックシャンクスだったりと気を取られていたせいで、今年の誕生日にハナから貰ったゴーグルをすっかり忘れてしまったのである。
――そんな!
あんなに試合でつけるのを楽しみにしていたゴーグルを忘れたことにハリーはショックを隠せなかった。けれども、ここでウッドに「ゴーグルを忘れた」なんて言えるはずがなかった。ただでさえ対戦相手がスリザリンからハッフルパフに変更されて以降、ウッドは神経質になっていて、今日だって試合前の激励演説をしなかったくらいなのだ。ゴーグルはなかったが、なんとか頑張るしかないだろう。反対側から入場するハッフルパフの選手達を見てハリーは思った。
やがてキャプテン同士が握手をすると、審判であるフーチ先生がホイッスルを鳴らし、試合が開始された。ニンバス2000に跨り、急上昇するとあまりの強風で流されそうになったけれど、ハリーは箒をしっかりと握り締めて体勢を保った。
横殴りに降る雨がまるでベールのようにクィディッチ競技場を覆い、周りの景色を白く霞ませていた。眼鏡にも滝のような雨がひっきりなしに流れ、早々に使い物にならなくなってしまった。お陰で観客席にひしめくホグワーツ生の顔もまったく見えないし、ピッチの中を飛び回る選手達も赤や黄色の塊くらいにしか識別出来い有り様である。
そのせいでハリーは開始早々試合がどんな状況になっているのかさっぱり分からなくなった。視界もそうだが、風の唸りと雨音、おまけに雷鳴にかき消され、唯一の頼りであるリー・ジョーダンの実況も聞こえないし、観客の歓声すら聞こえてこなかったのである。唯一フーチ先生の試合開始のホイッスルは聞こえたが、ホイッスルの音は試合の状況を確認するのに役立ちはしなかった。
目を細めてなんとか辺りを見ながらハリーはスニッチを探してピッチの中を飛び回った。しかし、あまりの視界の悪さにブラッジャーの襲撃が見えず、危うく二度ほど打ちのめされるところだった。こんなに大きなブラッジャーすら見えないのに、小さなスニッチをどうやって見つけたらいいのだろう?
絶望的になりながらハリーは懸命に飛び回ったが、びっしょり濡れているせいで体が芯まで冷えて凍えるような思いだった。そのせいか箒を握る手にも力が入らず、箒をまっすぐに保つのも段々難しくなった。おまけに空はますます暗く、一気に夜がやって来たようになって、ハリーは次第に時間の感覚も失っていた。
フーチ先生のホイッスルが鳴ったのは、辺りを稲妻が照らした直後だった。どうやらどちらかのチームがタイムアウトを要求したらしい――ハリーがよく辺りを見ようと目を凝らすと、土砂降りの雨の向こうにウッド顔が朧げに見えた。下に降りてこいと合図をしている。
「タイムアウトを要求した!」
嵐の音に負けないくらいの声でウッドが吠えた。
「集まれ。この下に――」
ピッチの片隅には大きなパラソルが用意されていた。ハリーはチーム・メイトと共にそのパラソルの下に入ると、びしょ濡れの眼鏡を外しながら試合の状況を確認した。
「スコアはどうなっているの?」
「我々が50点リードだ。だが、早くスニッチを取らないと夜にもつれ込むぞ――ハリー、例のゴーグルはどうした?」
ハリーが外した眼鏡をユニフォームで拭っているのを見て遂にゴーグルをしていないことに気付いたウッドが驚いた顔をして言った。ハリーは罰の悪さを感じながらも正直に告げた。
「僕――僕、忘れたんだ。でも、忘れるべきじゃなかった。こいつをかけてたら、僕、全然ダメだよ」
憎たらしげにハリーが眼鏡をプラプラさせていると、ホグワーツ生を掻き分けてハーマイオニーがハリーのすぐ後ろに現れた。頭からすっぽりとマントを被り、何やらニッコリと笑っている。
「ハリー、私、貴方のゴーグルと同じ魔法を掛けられると思うわ! どんな魔法か知りたくて勉強したの。きっと上手く出来ると思うわ」
これぞ正に天の助けだった。ハリーが眼鏡を渡すとハーマイオニーが防水呪文を掛けてくれ、水を弾くようにしてくれた。これで視界は遥かにマシになるだろう。このことにウッドはハリー以上に感激した様子で危うくハーマイオニーにキスしかねない顔をしていた。
「オーケー。さあみんな、しまっていこう!」
ハーマイオニーがまた観衆の中に戻っていくとウッドが叫び、グリフィンドールの選手達は再び嵐のピッチに舞い上がった。相変わらず雨のベールが競技場を覆い尽くし、辺りは白く霞んでいたが、今度は選手達が塊に見えることはなかった。ハリーは今度こそグリフィンドールのシーカーとしての役目を果たすべく、目を凝らし金のスニッチを探し始めたのだった。