The ghost of Ravenclaw - 101

12. 嵐の中のクィディッチ

――Harry――



 シリウス・ブラック侵入事件があってからというもの、生徒達の話題の中心は専らブラックについてだった。誰も彼もがブラックが城に入り込んだ方法について持論を語り合い、ハッフルパフのハンナ・アボットなんかは話を聞いてくれそうな人を捕まえては「ブラックは花の咲く灌木かんぼくに変身出来る」と吹聴していた。

 しかし、金曜日の朝になるとホグワーツ生達の興味は新たな話題に移った。クィディッチ開幕戦のグリフィンドールの対戦相手がスリザリンからハッフルパフに変更になったというニュースが瞬く間に広がっていったのである。スリザリン・チームは余裕しゃくしゃくで、マルフォイが「ああ、腕がもう少しなんとかなったらなぁ!」とわざとらしく溜息をついているのをハリーは聞いた。

 そんなマルフォイの言葉を気にしていられないほどハリーは朝から明日の試合のことで頭がいっぱいだったが、ハリー以上に試合のことを考えている人がいた――オリバー・ウッドである。今年こそ優勝杯をと誰よりも意気込んでいたウッドは、対戦相手が急遽変更となったことにかなり神経質になっているようで、時間があればハリーの元を訪れ、指示を与えた。

「聞いた話だが、ディゴリーは精巧な模型を手に入れたらしい――」

 本日3度目となる来訪の時、ウッドは厳しい表情で言った。なんでもセドリックは前回行われたクィディッチ・ワールドカップの競技場の模型を持っているらしい。しかもその模型にはワールドカップの決勝戦で対戦した国の選手達のミニチュアがついていて、技の名前を言うとミニチュア選手達がその通りに動くのだそうだ。

「それがディゴリーが強力なチームを編成するのに一役買っていることは確実だろう。しかし、シーカーとしてなら君の方が小柄で小回りが利く。それを最大限利用するんだ。それからディゴリーが得意なのは――」

 ハリーは小回り云々よりもセドリックが持っているという模型が気になって仕方がなかった。小さな競技場の中で飛び回る代表選手達がいくつもある飛び方や技を披露してくれるのを眺めるのは、どんなに楽しいことだろう。しかし、そんな素晴らしい模型をセドリックはどうやって手に入れたのだろうか。

 けれども、模型について詳しく聞いている時間はなかった。何せウッドの話が長すぎて気付いた時には次のD.A.D.Aの授業にもう10分も遅れていたのだ。ハリーはウッドに断りを入れて慌てて走り出したが、ウッドはそれでもまだハリーに指示を出し続けていた(「ディゴリーは急旋回が得意だ。ハリー、宙返りでかわすのがいい――」)。

 後ろ手に手を振って「分かった」と答えると、ハリーは廊下を大急ぎで走り抜け、D.A.D.Aの教室の前で急停止した。勢い良く扉を開け、教室に飛び込む。

「遅れてすみません。ルーピン先生、僕――」

 しかし、教壇に立っていたのはルーピン先生ではなく、スネイプだった。驚きのあまり飛び込んだ状態で固まっているハリーをスネイプの暗い瞳がジロリと見遣った。ルーピン先生は一体どうしたのだろう? それとも教室を間違えたのだろうか? ハリーは混乱しつつスネイプの顔を見返した。

「授業は10分前に始まったぞ、ポッター。であるからグリフィンドールは10点減点とする。座れ」

 教室を見渡すとグリフィンドールの見知った顔がたくさん座っていて、ハリーはここがD.A.D.Aの教室で間違いないことが分かった。けれども、そうするとますますスネイプがここにいる理由が分からなくて、ハリーはスネイプに言われたことを無視して聞き返した。

「ルーピン先生は?」
「今日は気分が悪く、教えられないとのことだ」

 その時ハリーはスネイプの口許が意地悪く歪むのを見た。ルーピン先生は一体どうして気分が悪くなったのだろう? ハリーはスネイプが再度「座れと言ったはずだが?」と言った言葉を無視してまた訊ねた。

「どうなさったのですか?」
「命に別状はない――グリフィンドール、更に5点減点。もう一度我輩に“座れ”と言わせたら、50点減点とする」

 流石のハリーも50点減点されたらたまらないと仕方なく自分の席に向かった。1人で50点も減点された時、周りがハリーのことをどんな目で見るのかは明らかだったからだ。しかも2年前にハリーは既にその経験をしている。あの時と同じ状況になろうとは思わなかった。

 スネイプのD.A.D.Aの授業ははっきり言って最悪だった。長年希望しているD.A.D.Aの担当教師の座を奪われたことを未だに恨んでいるのか、それともネビルのボガートの件を憎んでいるのか――スネイプはルーピン先生に対してネチネチと小言を言って批判し続けたし、授業内容もまだ習う予定でなかった範囲を行なったのだ。

 スネイプが行ったのはルーピン先生が今日予定していたピンキーパンクではなく、狼人間の授業であった。しかも、クラス全体に「狼人間と真の狼の見分け方」について質問をしたにもかかわらず、ハーマイオニーが手を挙げると無視し続けたばかりか、答えを話し出したハーマイオニーに「鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールから更に5点減点する」と言ったのである。

 正直なところ、クラスの誰もが一度はハーマイオニーのことを「知ったかぶり」と思ったことがあるだろう。けれどもスネイプのあまりの態度にハーマイオニーが目に涙をいっぱい溜めて俯くと、みんながスネイプを睨みつけた。ロンなんか少なくとも週に2回は面と向かって「知ったかぶり」と言う癖に大声でスネイプに反論したが、これが良くなかった。案の定ロンは罰を与えると言い渡され、結局それ以降クラスの誰もスネイプに反論することが出来なかった。

 授業の残りは不快な時間がひたすら続いた。ハリー達グリフィンドールの3年生は狼人間について教科書の内容を書き写すこと言い渡されたのだが、黙々と書き写すだけも苦痛なのに、その間スネイプがルーピン先生についてネチネチ言い続けるのでますます最悪だった。そうしてやっと授業が終わったかと思えば、スネイプは最後に「狼人間の見分け方と殺し方」についてのレポートを言い渡した。しかも、月曜の朝までに羊皮紙2巻である。

「いくらあの授業の先生になりたいからといって、スネイプは他のD.A.D.Aの先生にあんな風だったことはないよ」

 授業が終わり他のグリフィンドール生達と一緒に教室を出ると、ハリーはハーマイオニーに言った。ロンは罰の仕方を決めなければならないと言って居残りになり、一緒に来てはいなかった。

「一体ルーピンに何の恨みがあるんだろう? 例のボガートのせいだと思うかい?」
「分からないわ」

 ハリーが訊ねるとハーマイオニーが沈んだ声で答えた。その瞳はまだ真っ赤になって涙の跡が残っている。

「でも、ほんとに、早くルーピン先生がお元気になってほしい……」

 それから5分もするとようやくハリーとハーマイオニーの元にロンが追いついてきた。どんな罰を言い渡されたのか、ロンはカンカンになって怒っている。

「聞いてくれよ。あの――が」

 ロンがスネイプを呼んだ言葉があまりにひどいスラングだったので、ハーマイオニーが「ロン!」と叫んで咎めたが、ロンは気にせず続けた。

「あの――が僕に何をさせると思う? 医務室のおまるを磨かせられるんだ。魔法なしだぜ! ブラックがスネイプの研究室に隠れててくれたらなぁ。な? そしたらスネイプを始末してくれたかもしれないよ! それともハナに話したらどうかな? 1年生の時にマルフォイを吹き飛ばしたみたいにスネイプを――」
「ダメよ、ロン!」

 怒りに任せて喋り続けるロンが言い切らないうちに再びハーマイオニーが咎めた。

「ハナはダメよ。ただでさえハナはスネイプに疑われているかもしれないのよ。貴方だってハロウィーンの夜に聞いてたでしょう?」
「だったら、そのことも教えてあげたらどうかな? 僕達、この間図書室で会ったけど、それ以外はハナとあんまり会えなくてまだそのことを話していなかっただろ?」
「ハナはきっと分かってるわ」

 ハーマイオニーは気遣わしげな声を出して言った。

「だって、あんなにスネイプが頻繁に張り付いているのよ。ブラックの娘であるという噂は知らないかもしれないけど、何かしら疑われていると思っているに違いないわ。ハナは察しがいいもの」

 そう言うとハーマイオニーはぎゅっと鞄の肩掛け紐を握り締めて、瞳を潤ませた。

「どうしていつも巻き込まれるのはハリーやハナなのかしら。2人は何も悪いことをしていないじゃない……私、悔しい……」

 そのハーマイオニーの姿にロンはすっかりスネイプに対しての怒りを忘れてしまったようだった。この間の夜、ハリーがそうしていたように、ロンは戸惑いながらもハーマイオニーの背中をポンポンと優しく撫でていた。