The ghost of Ravenclaw - 097

12. 嵐の中のクィディッチ



 土曜日が近付くにつれて、天気はどんどん悪くなっていった。日を追うごとに雨足が強くなり、風が吹き荒れ、それは、シリウスに会いにいくこともままならないほどだった。お陰で私はクィディッチを観に行こうと約束して以来、シリウスに会いに行けない日々が続いている。寝室の窓を開けると途端に雨も風が吹き込むので、流石に同室の子達が何事だと起きてしまうのだ。

 シリウスに会いに行けない代わりに、私は毎晩ブレスレットを使ってシリウスとやり取りをした。ハロウィーンのあと、少し元気をなくしていたシリウスは少しずつ元気を取り戻しつつあり、今や毎日のように「クィディッチが楽しみだ」と話していた。ハリーの勇姿を観れるのをとても楽しみにしているらしい。

 そのハリーだけれど、やはり先生の警護が厳しくなっているようだった。しかも私がハリーに話し掛けようとすると、どこからともなくスネイプ先生が現れて邪魔をしてくるので、私はハリーと話せていなかった。どうやらスネイプ先生はダンブルドア先生の言葉を信じていないらしく、他の先生方がハリーを警護する中、私を警戒しているようだった。もしかすると私とリーマスが共謀してシリウスを手引きしていると思っているのかもしれない。

 そんな訳で私はハリーと話せていなかったが、図書室でハーマイオニーとロンと会った時に近況を聞くことが出来た。なんでもハリーはあからさまに警護されるようになったばかりか、遂にマクゴナガル先生にシリウスが命を狙っていることを告げられ、生徒だけで練習するのは危険だと言われたらしい。なんとか食い下がり、最終的にはフーチ先生に練習を見守ってもらうことで落ち着いたそうだが、危うく練習出来なくなるところだったようだ。ホグズミードにも行けないのに大好きなクィディッチまで取り上げられることにならずに済んで、私は心底ホッとした。

 クィディッチ・シーズンの第1試合目はグリフィンドール対スリザリンの試合だった。2年連続で不運に見舞われ優勝杯を逃してきたグリフィンドールは「今年こそ優勝杯を」と熱く燃えていて、ハリーはフーチ先生監視の元、グリフィンドール・チームの選手達と共に対スリザリンの過酷な練習メニューをこなしているらしかった。スリザリンは因縁の相手とも言えるので、余計燃えているのだろう。

 しかし、金曜日の朝になると開幕戦の相手がハッフルパフに変更されたとの知らせがホグワーツ中に駆け巡った。なんと開幕戦の相手だったスリザリンがシーカーであるマルフォイの腕の怪我を理由に試合の延期を申し入れたのである。レイブンクローの男の子達が言うには、試合当日の悪天候が確実となったので、マルフォイの怪我の完治を遅らせたのだろうとのことだった。なんともスリザリンらしい戦略である。

 スリザリンの戦略は決して褒められるようなものではなかったけれど、私にはいい影響をもたらした。周りの生徒達の話題の中心がシリウスからクィディッチに変わったのである。金曜日の昼食ともなると、生徒達が話すのは明日の開幕戦のグリフィンドール対ハッフルパフの試合のことばかりに変わり、私は胃痛とイライラから遂に解放されることとなった。

 けれども、喜んでばかりもいられなかった。リーマスがD.A.D.Aの教師に就任して2回目の満月の夜が迫ってきていたのである。元々狼人間は何も手当てしないと満月の前後数日は体調が悪いのだそうだ。それに加えて脱狼薬の副作用もあるので、今朝早くにリーマスの私室を訪れた時には顔色が最悪で、とても授業が出来る状態ではないようだった。授業をどうするかダンブルドア先生に相談すると言っていたけれど、午前中の授業はどうなったのだろうか。

「ハナ! D.A.D.Aの授業の話、貴方はもう聞いた?」

 お昼休みにリーマスの様子を見に行こうと大急ぎで昼食を食べていると、グリフィンドールのテーブルで双子の姉妹であるパーバティと話していたパドマが戻って来て言った。そういえば今日はグリフィンドールの3年生がD.A.D.Aの授業の日だったろうか。やはり、休講になったのだろうか。私はそんなことを考えながら食べる手を止めて、パドマを見た。

「いいえ。D.A.D.Aの授業がどうしたの?」
「それが今パーバティから聞いたんだけど、体調の悪いルーピン先生の代わりにスネイプ先生がD.A.D.Aの授業をしたらしいの」
「スネイプ先生が?」
「そう――それで授業も最悪で、ヒンキーパンクの予定だったのに“狼人間”の授業を始めて――」

 パドマがそう言った途端、ピシッと目の前にあったゴブレットにヒビが入るのが分かった。割れ目からゴブレットの中に入っていた水が漏れ出てくるのが見えたけれど、私はそれどころではなかった。今耳にしたことが信じられなくて、慌てふためきそうになるのをなんとか堪えながら、パドマに訊ねた。

「狼人間の授業ですって? 何かの間違いよね。あれはまだずっと先のはずよ」

 しかし、何かの間違いでもなんでもなかったらしい。パドマがパーバティに聞いた話によると、スネイプ先生は生徒達が次はヒンキーパンクだと伝えても聞き入れず、狼人間の授業を行なったそうだ。しかもよりにもよって満月の日に、だ。その授業を通して勘のいい生徒がリーマスの秘密に気付いたらどうなるのか分からない人ではないだろうから、きっとわざとに違いない。宿題まで出したというから確実だ。

 これまでスネイプ先生はたとえリーマスを嫌っていたとしても、あからさまな行動に出ることはなかった。けれども今回こんなことをしたのは、先日の侵入事件の影響だろう。あれ以来スネイプ先生は私のことを疑って見張っている節があるので、もしリーマスが共犯だと思っているのなら二度と侵入の手引きしないように追い出すのが手っ取り早いと思ったに違いない。でも、ダンブルドア先生に訴えても一向に追い出せないので、生徒達に気付かせ保護者にクレームを入れさせようと考えたのだろう。いくらダンブルドア先生でも保護者や理事からクレームが入れば雇い続けることは難しくなるからだ。

 学生時代の確執があることは別にして、犯罪者と共謀している可能性がある人物を見過ごせないのは教師として当然のことだろう。スネイプ先生はあくまでも生徒達の安全を守るためにそういう行動に出たのだ。それは多くの人達にとっては正しいことなのかもしれない。そのことを頭では理解出来るのだけれど、多くの人達の正義より、親友の心が大事だと思ってしまう私は愚かだろうか。狼人間である彼は誰より優しい人なのだと訴えたくなるのは間違ってるのだろうか。

 けれども、それを声に出して訴えることは許されないのだ。私が騒げば、リーマスの立場が悪くなるからだ。スネイプ先生はそのことすら折り込み済みだろう。誰にも文句を言われないからこそこんな行動に出たのだ。リーマスもきっと文句は言わないはずだ。狼人間の自分が教師をしているなんてとんでもないと心の片隅で常に思い続けているだろうからだ。

「来週の私達の授業の時までスネイプ先生だったら最悪だわ。ハナ、ルーピン先生の体調がどうなのか知らないかしら?」
「大丈夫よ。来週には良くなると思うわ」

 私は治ったはずの胃痛が再発したのを感じながら、ただただ笑顔を貼り付け、ヒビの入ったゴブレットをこっそり修復した。