The ghost of Ravenclaw - 094

12. 嵐の中のクィディッチ



 大広間で眠っていた生徒達が叩き起こされたのは、私がパーシーと話してからきっかり1時間後のとこだった。遅くまで起きていた子も多いようで、監督生やヘッドボーイ、ヘッドガールが総出で起こしに掛かったにもかかわらず、全員が起きるまでに20分を要した。最後まで眠っていたのはスリザリンのクラッブとゴイルで、彼らの周りにはスリザリンの監督生が集まり、なんとか起こそうと格闘していた。

 全員が起きるとダンブルドア先生から、寮に戻る前に「シリウス・ブラック侵入事件」に関して簡単な説明があった。内容は大体パーシーから聞いていたものと同じで、シリウスがもう城内にいないことや太った婦人レディを修復する間、グリフィンドール寮には臨時の門番が設けられたことが全員に伝えられた。因みに臨時の門番はカドガン卿という、私が会ったことのない絵画だった。

 説明が終わると私達は一度それぞれの寮に戻ることになった。誰も彼もが寝室に戻ってもう一眠りしたそうだったけれど、生憎今日は月曜日である。ダンブルドア先生は授業を休みにはしないようで、私達は支度を済ませたらすぐに大広間に戻り朝食を食べてから授業へ向かわなければならない。

「あんなことがあったんだから、1日くらい休みにしてくれてもいいのに」

 大広間をあとにして他のレイブンクロー生達に続いて寮に戻る途中、リサが不満気に言った。リサも遅くまで起きていたうちの1人らしく、いつもと比べてなんだか疲れた表情をしている。

「ブラックがホグワーツに侵入するなんて思わなかったわ。だって、外では吸魂鬼ディメンターがウロウロしているんだもの」

 リサと同じように疲れた表情のマンディが声を潜めて言うと、パドマが同意するように頷いた。

「本当に――私、夜の間怖くて全然眠れなかった」

 私達の周りでも専ら話題に上がっているのはシリウスについてだった。生徒達の多くが早速「一体どうやってブラックは城内に入り込んだのか」とあれこれ議論を始めたり、中には「ブラックが如何に凶悪か」と聞くに耐えない罵詈雑言を並べ立てる人もいて、私はそれらが聞こえてくる度に下唇を噛んでぐっと堪えるしかなかった。

 シリウスといえば、パーシーの話を聞いてからというもの精神状態が心配で堪らなかったが、この状況で城を抜け出すのは不可能と言えた。みんなが一緒に行動しているし、いくら私が動物もどきアニメーガスで鷲になれるからと言って、そんな中1人抜け出すのは非常に危険だ。

 抜け出すのが無理なら、ブレスレットで連絡を取る方法もあったが、今はそれも控えた方がいいように思えた。誰かに見られたら怪しまれるだろうし、そうでなくともスネイプ先生は私がシリウスの娘で、侵入を手助けしているのではないかと疑い始めているのだ。娘であることはまったくのデマだったが、侵入を手引きしているのは事実だ。ダンブルドア先生の信頼を裏切らないためには、完璧な形で真実を明らかにしなければならない。今、手引きしていることがバレる訳にはいかなかった。

 寮に戻り、すっかり元通りにテーブルが戻された大広間で朝食を食べると、私は1時間目の数占い学の授業を受けた。数占い学の担当であるベクトル先生も夜を徹しての捜索活動をしていたからか、今日は生徒達と同じように疲れた顔をしていたが、宿題をおまけしてくれるようなことはなかった。みんなはガッカリしていたけれど、私は図書室に籠る理由が出来て寧ろ嬉しいくらいだった。

 数占い学の次の授業はリーマスのD.A.D.Aの授業だった。私の授業の時には、リーマスは大抵早くから教室にいてくれるので、授業の前には少しだけお喋りをするのだけれど、この日もリーマスは教室の前で待っていてくれた。私が教室に入り1番前の席に荷物を置くとにっこりと微笑む。

「おはよう、ハナ」

 いろいろあって気にする余裕がなかったが、11月最初の金曜日の満月に向けて、リーマスは確か昨日から脱狼薬飲み始めたはずである。副作用もあるだろうに徹夜をして体調は大丈夫だろうか――そんな風に思いながら「おはようございます、ルーピン先生」と挨拶を返すと、リーマスは自身の背後を指差して言った。

「ハナ、今日の授業で取り扱うグリンデローの水槽を運びたいんだが、手伝ってくれるかい?」

 リーマスの背後には事務室へと繋がる扉があった。水槽を運ぶなんて呪文を使えばすぐなのにわざわざ手伝ってくれというところを見るに、シリウスのことで私に話したいことがあるのだろう。私は周りの生徒に気取られないようにしながらにっこり笑って返事を返した。

「はい、喜んで。ルーピン先生」

 事務室へ入って行くリーマスに続いて私も事務室へ向かうと、部屋の隅には以前までなかった大きな水槽が置かれていた。中には鋭い角を生やした何やら気味の悪い緑色をした生き物が入っている。緑色の生き物は私とリーマスを見て、長い指を開いたり閉じたりしていた。

「それがグリンデローね?」

 後ろ手で扉を閉めると私は訊ねた。

「ああ。これを教室まで運ばなければない」
「リーマス、体調はどう? 薬を飲んでいるのに、徹夜だったでしょう?」
「大丈夫だよ。流石に万全とはいかないがね。どの先生方も今回ばかりは疲れ切った表情をしていたよ。まさか、ホグワーツに入り込むとは――君はこれから先のブラックの行動を知ってるかい?」
「いいえ。これから先のことは・・・・・・・・・分からないわ」
「そうか――君ならもしかしてと思ったんだ。これから先どう行動していくのか分からないのなら、君も十分注意してくれ。決して自分から探しに行こうなんて考えてはいけない」

 探しに行くどころか共犯ですと今のリーマスが聞いたら卒倒してしまうに違いない。私は心配してくれているリーマスに申し訳ない気持ちになりながら、「分かったわ」と頷いた。

「今回のことでダンブルドア先生とは何か話したかい?」

 杖を取り出し、グリンデローの水槽を浮かせながらリーマスは訊ねた。

「例えば、侵入経路の心当たりとか――」
「いいえ、まだ何も。侵入経路もきっと私よりダンブルドア先生の方が詳しいと思うわ。何でもご存知だもの」
「そうか。そうだね――」
「今回のことで魔法省ともやりとりがあるだろうし、先生から何か連絡があるまでは私から連絡は控えようと思っているの。ただ私はダンブルドア先生の信頼に応えるまでだわ」
「信頼か――そうだね、信頼には応えなければ」

 何かを考え込むようにそう言って、リーマスはそのままグリンデローの水槽を教室に向かって動かし始めた。どこか悩んでいるようなそんな雰囲気が今のリーマスにはあった。

「さあ、ハナ。授業を始めよう。扉を開いて」

 私はそんなリーマスに何か声を掛けたかったけれど、隠し事を抱えている今、掛ける言葉が見つからなくて、静かに教室へと続く扉を開いたのだった。