The ghost of Ravenclaw - 092

11. 襲撃のハロウィーン

――Harry――



 シリウス・ブラックがホグワーツに侵入した。
 ピーブズによる驚くべき供述は、グリフィンドール生達からパーティーの余韻を瞬く間に奪ったばかりか、あっという間に恐怖を植え付けた。あちらこちらから息を呑む声が聞こえ、ロンは顔面蒼白になり、ハーマイオニーは口を両手で覆ったまま凍りついた。

 やがて、寮に入れなくなったハリー達グリフィンドール生をはじめ、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンの生徒全員が、再び大広間に集められた。マクゴナガル先生とフリットウィック先生が大広間の扉という扉を閉め、みんな当惑した表情でその様子を見つめている。

 先生達によるブラックの大捜索が始まろうとしていた。広い城内のどこかにブラックが潜んでいないかくまなく捜して回るのである。その間生徒達は大広間で過ごすことになり、入口には監督生達が見張りに立つらしい。その監督生達を取りまとめるのはヘッドボーイとヘッドガールの2人だ。

 生徒達が過ごしやすいように、ダンブルドアは魔法で4つの長テーブルを壁際に並べられ、何百個ものふかふかとした紫色の寝袋を床いっぱいに敷き詰めると、他の先生達と共に大広間をあとにした。途端に、生徒だけになった大広間はグリフィンドール生が他の寮生に襲撃事件のあらましを話す声でうるさくなり、パーシーの大声が響き渡った。

「みんな寝袋に入りなさい!」

 寝袋の間を闊歩しながらパーシーが言った。

「さあ、さあ、お喋りはやめたまえ! 消灯まであと10分!」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーはそれぞれ寝袋を掴むと隅の方に引きずっていった。ハリーは移動しながらハナがどこにいるのか大広間の中を探してみたが、大勢がひしめき合っていたので、どこにハナがいるのかさっぱり分からなかった。キョロキョロとしているハリーの隣では寝袋に入りながらハーマイオニーとロンがヒソヒソと話をしている。

「ねえ、ブラックはまだ城の中だと思う?」
「ダンブルドアは明らかにそう思ってるみたいだな」
「ブラックが今夜を選んでやってきたのはラッキーだったと思うわ。だって今夜だけはみんな寮塔にいなかったんですもの……」
「きっと、逃亡中で時間の感覚がなくなったんだと思うな。今日がハロウィーンだって気づかなかったんだよ。じゃなきゃこの広間を襲撃してたぜ」

 3人の周りでもみんな同じような話をしていた。誰も彼もが一体どうやってブラックがホグワーツ城に入り込んだのかを囁き合っている。ある人は姿現しをしたのではないかと言い、またある人は変装していたのではないかと言った。またまたある人は飛んできたのではないかと話した。

 しかし、そのどれもが有り得ない仮説だとハーマイオニーが言った。ホグワーツ城を守っているのは何も城壁だけではないのだ。こっそり入り込めないようにありとあらゆる呪文が掛けられ、姿現しは出来ないようになっているし、校内の入口という入口には吸魂鬼ディメンターが配備されているので空を飛んで来たってすぐに見つかるだろう。その上、隠し通路はフィルチが全部知っている。

「明かりを消すぞ!」

 話をやめない生徒達に向かってパーシーが怒鳴った。

「全員寝袋に入って、お喋りはやめ!」

 明かりが消されると、ザワザワとしていた大広間はヒソヒソ程度になり、一気に薄暗くなった。残された明かりといえば、荒れ模様が終わり、すっかり晴れになった空を模した天井に光る星々の瞬きと、それを受けて光る銀色のゴースト達くらいのものだった。ゴースト達は見張りに立つ監督生達と何やら深刻な話をしていて、その中にはセドリックの姿もあった。

 ブラックはどうやってホグワーツに侵入することが出来たのだろう? ハリーは星空を見上げたまま考えた。姿現しも出来ないし、入口という入口には吸魂鬼ディメンターがいる。隠し通路もフィルチが知っていて、きっとそこにも吸魂鬼ディメンターが配備されているに違いない。

 しかし、ブラックは侵入した。警備の目を掻い潜り、まんまと、だ。更にはグリフィンドール寮に入り込もうとして太った婦人レディを襲っている。ブラックはグリフィンドール寮にいるであろうハリーを殺したかったのだろうか――そう考えるとハリーはなかなか寝付くことが出来なかった。

 大広間には1時間に1度、先生達が交代で様子を見に来て、何事もないか確かめた。そうするとみんなしんと静まり返ったが、生徒達の何人かは遅くまで起きていて、先生がいなくなるとヒソヒソと話をしているようだった。

 ようやくみんなが寝静まった夜中の3時ごろに様子を見に大広間に入って来たのはダンブルドアだった。ハリーが見ていると、ダンブルドアはパーシーを探しているようだった。パーシーはハリーのすぐ近くを巡回している最中で、ダンブルドアの足音が近付いてくるのが分かるとハリーは慌てて狸寝入りした。

「先生、何か手掛かりは?」

 パーシーが低い声で訊ねた。

「いや。ここは大丈夫かの?」
「異常なしです。先生」
「よろしい。何も今すぐ全員を移動させることはあるまい。グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた。明日になったら皆を寮に移動させるがよい」

 そのまま話を聞いていると、3階のアーガイルシャーの地図の絵の中で太った婦人レディを発見したらしい。婦人レディは合言葉を言わないブラックを拒んだらしく、そのせいでブラックに襲われたようだった。今は気が動転しているが、落ち着いてきたら絵は修復されるという。

 ダンブルドアとパーシーが太った婦人レディについて話していると、また大広間の扉が開き誰かが中に入ってくる足音がハリーの耳に届いた。足音はハリーの方へと近付いてくる。

「校長ですか?」

 スネイプだった。ハリーは起きていることが悟られないよう、身じろぎもせず聞き耳を立てた。

「4階は隈なく捜しました。ヤツはおりません。さらにフィルチが地下牢を捜しましたが、そこにも何もなしです」
「天文台の塔はどうかね? トレローニー先生の部屋は? ふくろう小屋は?」
「すべて捜しましたが……」
「セブルス、ご苦労じゃった。わしも、ブラックがいつまでもぐずぐず残っているとは思っておらなかった」
「校長、ヤツがどうやって入ったか、何か思い当たることがおありですか?」

 スネイプが訊ねた。ハリーは片腕を枕にして横になっていたが、もう片方の耳でも聞こえるように僅かに頭を持ち上げた。

「セブルス、いろいろとあるが、どれもこれも皆ありえないことでな」

 ハリーはとうとう我慢出来ず、薄目を開けて話し声が聞こえている辺りに視線を走らせた。ダンブルドアはこちらに背中を向けていたが、パーシーの全神経を集中させた顔とスネイプの怒ったような横顔は薄暗い中でも見てとれた。

「校長、先日の我々の会話を覚えておいででしょうな。たしか――あー――秋学期が始まった時の?」

 パーシーの方を気にするようにしながらスネイプが言った。どうやらパーシーには聞かせたくない話らしい。

「いかにも」

 ダンブルドアが答えた。その言い方にはどこかスネイプを警告しているような響きがあるようにハリーには思えた。

「どうも――内部の者の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは――ほとんど不可能かと。我輩は、しかとご忠告申し上げました。それに妙な話を耳に挟んだのですが。“彼女”について――」
「セブルス、わしは“彼女”を信頼しておる」

 スネイプの言葉を遮り、ダンブルドアはきっぱりと言った。まるでそれ以上は話すなと言わんばかりだった。

「君も君に妙な話を聞かせた人物も、どうやら“彼女”を勘違いしておるようじゃ。“彼女”はわしの信頼を裏切るような真似は絶対にせんよ。その意味が近い将来、君にも分かるじゃろうて、セブルス」

 ハリーはダンブルドアとスネイプの話す「彼女」というのがハナのことではないかと思えてならなかった。なぜなら去年、マルフォイやドビーがハナのことをアズカバンの囚人の娘だと話していたことがあったからだ。ハリーはそのことを何かの間違いだと思っていたが、もしかするとマルフォイはそのことをスネイプに告げ口したのかもしれない。そして、スネイプはまんまとそれを信じた――。

 しばらくして、吸魂鬼ディメンターに捜索が終わったことを知らせると言って大広間から出ていくと、少ししてスネイプも出ていき、再びパーシーは巡回に戻った。ハリーが横目でロンとハーマイオニーを見てみると、2人とも目を開けていて、戸惑った表情でハリーのことを見ていた。

「あれってもしかして――」

 ロンが呟いた。きっとロンとハーマイオニーもダンブルドアとスネイプが話していたのがハナのことだと気付いたのだろう。しかし、ハリーにとってはスネイプがハナのことをどう思おうがどうでもよかった。ダンブルドアがハナを信頼している。そのことだけで、去年聞いたマルフォイの話はデタラメだということは確実だからだ。

 でも、マルフォイの話がデタラメなら、マルフォイの父親が言っていたハナにそっくりだという「レイブンクローの幽霊」は何者なのだろう。ハナは一体どんな秘密を抱えているのだろう。そもそもヴォルデモートはどうしてハナが自身の力を強めるだなんて思っているのだろう。それに、汽車の中でハナが呼んでいたという「ジェームズ」は一体誰なのだろう――星の瞬く天井を見上げ、ハリーはそればかりを考えていた。