The ghost of Ravenclaw - 091

11. 襲撃のハロウィーン

――Harry――



 ハロウィーン・パーティーは素晴らしいものだった。
 大広間には蝋燭が点されたくり抜かれたカボチャが何百と並び、荒れ模様の空を模した天井の下では、燃えるようなオレンジ色の吹き流しがくねくねと動き、生きたコウモリが飛び交っている。食事も最高で、ハーマイオニーとロンはホグズミードでたくさんのものを食べてきたはずなのに、全部の料理をおかわりしていたし、ハリーももちろんおかわりをした。

 思い返せば、ハリーがまともにハロウィーン・パーティーに参加するのは今年が初めてのことだった。1年生の時は開始早々にトロール騒動が起こったし、2年生の時はほとんど首無しニックの絶命日パーティーに参加していたからである。

 今年は何もありませんようにと願いながら、ハリーは教職員テーブルの方を見た。しかし、ハリーの心配を他所に、スネイプの怪しげな魔法薬を飲んでいたルーピン先生は楽しそうにフリットウィック先生と話していた。そこから少し離れた場所に座っているスネイプが不自然なほどチラチラとルーピン先生の方見ているような気がしたが、ルーピン先生は元気なようだった。

 食事をしながらハリーはレイブンクローのテーブルの方にも視線を移した。教職員テーブルの方から順番に視線を走らせていくと、長テーブルの真ん中辺りにハナが座っているのが見えた。右隣にはパドマ・パチルが座っていて、左隣にはハリーが知らない女の子が座っている。派手なカボチャの被り物をした変な女の子で、ハナは友達なのかニコニコと話していた。しかし、時折ふっと真剣な表情をしては自分の手を見つめているのを見て、ハリーはセドリックのことを考えているに違いないと思った。

「ああやって、時々ブレスレットを見てるの」

 ハリーがハナを見ていると隣に座っていたハーマイオニーが声を潜めて言った。

「ブレスレット?」
「少し前からハナがしているのを見たことがない? 青い革製のブレスレットよ」
「僕、知らなかった――いつから?」
「はっきりとは分からないけど、先月ね。私は彼からのプレゼントじゃないかって思ってるの。今日もホグズミードでよくブレスレットを見ていたもの」

 ハナがブレスレットをしているなんてまったく気が付かなかった。ハリーはブレスレットをよく見ようともう一度ハナの方を見てみたが、生徒達の影に隠れてハナの手首までは見えなかった。そもそも普段だって手首はローブの袖で隠れているのだから、気付きようがない。それでもハーマイオニーがブレスレットの存在に気付いたのは、女の子だからなのだろう。女の子というのはそういうものに敏感なのだ。

 やがてデザートが現れ、パーティーも終わりに近付いてくるとホグワーツのゴーストによる余興が行われた。ゴースト達は壁やらテーブルやらからポワンと現れ、編隊を組んで空中を滑走していく。グリフィンドールの寮憑きのほとんど首無しニックは、ほとんど首無しの原因となった打ち首のしくじり場面を面白おかしく再現し、大ウケした。

 パーティーは最高な気分のまま終わった。それはマルフォイに吸魂鬼ディメンターのことを揶揄からかわれても損なわれないほどだった。今なら「吸魂鬼ディメンターがよろしくってさ!」というマルフォイに「ありがとう! 僕からもよろしくって言っておいてよ」と嫌味なお礼まで言えてしまいそうなくらいだった。

 大広間を出て、ハリーとロンとハーマイオニーは他のグリフィンドール生に続いていつもの通路を通り寮へと戻った。ハリーにとって、こんなに楽しいハロウィーンの夜は初めてのことだった。ホグズミードに行けたらもっと最高だっただろうけれど、それでも今夜のパーティーは素晴らしかった。

 しかし、寮の入口である太った婦人レディの肖像画に通じる廊下まで来たところで様子がおかしくなった。一体何をしているのか先頭が一向に前に進まないのだ。そのお陰で廊下はグリフィンドール生で溢れかえり、すし詰め状態になっている。

「何でみんな入らないんだろう?」

 ロンが怪訝そうにそう言うのを聞いて、ハリーはなんとか様子を見てみようと爪先立ちになりみんなの頭の上から前方を確認した。離れていてはっきりとは見えなかったが、どうやら肖像画が閉じたままらしい。

「通してくれ、さあ」

 しばらくするとパーシーが人波掻き分けて現れた。ローブの胸にヘッドボーイのバッチをつけて、肩で風を切って歩いてくる。

「何をもたもたしてるんだ? 全員合言葉を忘れたわけじゃないだろう――ちょっと通してくれ。僕はヘッドボーイだ――」

 そうしてパーシーがハリー達のすぐ横を通り過ぎ、肖像画の前まで辿り着いたかと思うと、サーッと沈黙が流れた。まるで冷気が廊下に沿って広がるかのように、前方から後方へと沈黙が広がっていく。すると、

「誰か、ダンブルドア先生を呼んで。急いで」

 パーシーが突然鋭く叫んだ。その声にこれはとんでもないことがあったのだと気付いた生徒達の頭がざわざわと動き、後列の生徒は爪先立ちになった。

「どうしたの?」

 たった今廊下にやって来たばかりのジニーがロンやパーシーとそっくりな訝り顔で訊ねた。ハリーがそんなジニーの質問に答えようと振り返った次の瞬間、ダンブルドアがそこに立っていた。一体いつ現れたのだろうか――ダンブルドアは真剣な表情をして肖像画の方へと歩いていく。ハリーとロン、ハーマイオニーの3人は何が起こったのかよく見ようと、そのあとに続いて近くまで向かった。

「ああ、なんてこと――」

 肖像画の全貌が見えた途端、ハーマイオニーが驚きと恐怖が混じった声を上げて、ハリーの腕を掴んだ。ハリーもロンも言葉が出ず、ただ呆然と変わり果てた太った婦人レディの肖像画を見つめた。

 婦人レディの肖像画はひどい有り様だった。絵が刃物で滅多切りにされ、キャンバスの切れ端が床に散らばり、絵の大部分が無残にも切り取られている。大半はその額縁の中で過ごしていた婦人レディは逃げてしまったのか、今はその姿が見えなかった。

婦人レディを探さねばならん」

 ダンブルドアは肖像画を一目見るなり、深刻な表情で振り返って言った。ハリーもその視線を追うように振り返ると丁度騒ぎを聞きつけたマクゴナガル先生、ルーピン先生、スネイプの3人がこちらに駆けつけてくるところだった。

「マクゴナガル先生」

 ダンブルドアが呼び掛けた。

「すぐにフィルチさんのところに行って、城中の絵の中を探すよう言ってくださらんか」

 すると、甲高いしわがれ声がして、ポルターガイストのピーブズがみんなの頭上に現れた。天井をひょこひょこ漂いながら、この大惨事をニヤニヤと眺めている。

「見つかったらお慰み!」

 ピーブズが嬉々として叫んだ。

「ピーブズ、どういうことかね?」

 ダンブルドアが訊ねると、ピーブズはニヤニヤ笑いを少しだけ引っ込めた。流石にピーブズもダンブルドアを揶揄からかう勇気はなかったらしい。しかし、ダンブルドアの質問に答えたピーブズの声はねっとりした作り声で、嫌な感じだった。

「校長閣下、恥ずかしかったのですよ。見られたくなかったのですよ。あの女はズタズタでしたよ。5階の風景画の中を走ってゆくのを見ました。木にぶつからないようにしながら走ってゆきました。ひどく泣き叫びながらね――お可哀想に」

 最後の一言をピーブズはわざとらしく付け加えた。

婦人レディは誰がやったか話したかね?」
「ええ、確かに。校長閣下」

 ピーブズが答えた。

「そいつは、婦人レディが入れてやらないんでひどく怒っていましたねえ」

 ピーブズはそう言うとくるりと宙返りし、みんなをバカにするかのように益々ニヤニヤとした。

「あいつは癇癪持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」