The ghost of Ravenclaw - 090

11. 襲撃のハロウィーン

――Harry――



 事務室に訪れたのはスネイプだった。
 まったくの予想外の人物の訪問にハリーは思わずまじまじとスネイプを見た。スネイプのこれまでの態度からして、どう考えても休日にわざわざルーピン先生の元を訪ねるなんて思えなかったのだ。スネイプの方もまさかハリーがここにいるとは思わなかったのか、ハリーの姿を見つけるとはたと足を止めて、警戒するかのように暗い目を細めた。

 スネイプの手にはゴブレットが握られていた。中から微かに煙が上がっていて、どう考えても中身は魔法薬である。しかも、あの・・スネイプが持ってきた魔法薬だ。ハリーは、どんな魔法薬なのだろうかと、今度はゴブレットの方をまじまじと見つめた。普段のスネイプのルーピン先生に対する恨みようを見るに、到底まともな魔法薬とは思えなかった。

「どうもありがとう」

 しかし、ハリーの考えとは裏腹にルーピン先生はにっこりと微笑んでお礼を述べた。鈍感なのかそうじゃないのか、まるで恨まれていることを知らないかのような態度である。

「このデスクに置いていってくれないか?」

 親しげなルーピン先生にスネイプは相変わらず無愛想だった。言われた通りにゴブレットを事務机の上に置いたものの、ルーピン先生とは絶対に話したくないと言わんばかりに堅く口を閉ざしている。

 いや、本当はハリーの前で口を開きたくないのかもしれない。ハリーはゴブレットを事務机の上に置いたスネイプが何かを言いたげにハリーとルーピン先生に交互に視線を走らせるのを見た。ルーピン先生もそんなスネイプの視線に気付いたのか、「ちょうど今ハリーにグリンデローを見せていたところだ」とハリーがなぜここにいるのかを説明した。

「それは結構」

 ようやく口を利くことを思い出したのか、スネイプが言った。けれども求めていた答えとは違ったのか、スネイプはグリンデローに目もくれなかった。そんなことはどうでもいいとばかりにスネイプが続ける。

「ルーピン、すぐ飲みたまえ」

 まるで飲むのを見るまではここから動かないと言わんばかりである。ルーピン先生もスネイプのそんな態度を感じ取ったのか、諦めたように「はい、はい。そうします」と答えた。

「ひと鍋分を煎じた」

 冷たい声音でスネイプが言った。

「もっと必要とあらば」
「多分、明日また少し飲まないと。セブルス、ありがとう」
「礼には及ばん」

 嫌悪感たっぷりの目でルーピン先生を見ながらスネイプはそう言うと、ハリーとルーピン先生を見据えたまま、なぜか後退りして部屋を出ていった。もちろん愛想笑いの1つもない。そんなスネイプの態度にハリーの方も嫌悪感を募らせながら、再びゴブレットを見た。あの態度を見たあとではゴブレットの中身は益々毒々しいものに見えた。

「スネイプ先生が私のためにわざわざ薬を調合してくださった。私はどうも昔から薬を煎じるのが苦手でね。これは特に複雑な薬なんだ」

 ハリーが訝っているのを見て、ルーピン先生は微笑みながらゴブレットを取り上げ匂いを嗅いだ。ゴブレットの中からは未だに煙が上がっている。

「砂糖を入れると効き目がなくなるのは残念だ」

 ルーピン先生はそう言うとゴブレットの中身をひと口飲んで身震いした。先生が言うにはこのごろ調子がおかしく、スネイプが調合したこの薬しか効かないらしい。しかし、ハリーの見る限り、スネイプの薬を飲んでいるからルーピン先生の体調がおかしくなっているとしか思えなかった。もしかしたら本当に毒かもしれない。

「スネイプ先生は闇の魔術にとっても関心があるんです」

 ハリーは急に心配になって思わず口走った。しかし、ルーピン先生は「そう?」と興味なさそうな返事を返しただけで、一口、また一口と魔法薬を飲んだ。相当不味い魔法薬なのか、先生の眉間には僅かに皺が寄っている。

「人によっては――」

 ハリーはスネイプの危険性を伝えようと再び口を開いた。このままではルーピン先生がどんどん具合が悪くなる一方ではないかと思ったのだ。

「スネイプ先生は、闇の魔術に対する防衛術の講座を手に入れるためなら何でもするだろうって、そう言う人がいます」

 しかし、ルーピン先生はやはり関心を示さなかった。

「ひどい味だ。さあ、ハリー。私は仕事を続けることにしよう。あとでパーティーで会おう」

 とうとうゴブレットを飲み干したルーピン先生がそう言って、ハリーはそれ以上何も言えなくなった。自分も空になったマグカップを事務机の上に置くと、静かにルーピン先生の事務室をあとにした。


 *


 ロンとハーマイオニーがホグズミードから戻って来たのは、ハリーがルーピン先生の事務室を出て仕方なく談話室に戻ってから数時間後のことだった。談話室に戻って来た2人は寒さに頬を真っ赤にしていたけれど、どうやら楽しんできたらしい。お土産を雨のようにハリーの膝の上に降らせている2人の顔は、人生で1番素晴らしい時間を過ごして来たかのように輝いていた。

「私達、全部回れたと思うわ」

 ハリーがどこを見て回ったのかと訊ねるとハーマイオニーが興奮気味に答えた。

「ハナがホグズミードにとっても詳しかったの。私達がお互い好きそうなところを満遍なく案内してくれて――」
「ハナを誘って正解だったよな。僕達、3年生の中じゃ間違いなく1番満喫出来たと思うな」

 2人はそう言って、具体的にどんな店に行ったのか代わる代わる話してくれた。魔法用具店のダービシュ・アンド・バングズ、悪戯専門店のゾンコ、村一番のパブである三本の箒では泡立った温かいバタービールを飲んだ――ハリーはハナも楽しめたか心配していたが、ロンとハーマイオニーの話ではずっとニコニコしていたとらしく、ホッと胸を撫で下ろした。

「貴方は何をしていたの? 宿題やった?」

 ひと通り話し終えて落ち着いたのか、ハーマイオニーが気遣わしげに訊ねた。

「ううん。ルーピンが部屋で紅茶を入れてくれた。それからスネイプが来て……」

 ハリーはスネイプが持って来たゴブレットのことを洗いざらいロンとハーマイオニーに話した。するとロンはあんぐりと口を開けた。

「Merlin's pants! ルーピンがそれ、飲んだ? マジで?」

 信じられない、と言いたげにロンが言った。ハリーと同じようにロンもスネイプが持って来た魔法薬には毒が入っているのではないかと考えたらしい。その隣ではハーマイオニー腕時計で時間を確かめている。

「そろそろ下りたほうがいいわ」

 ハーマイオニーが言った。

「パーティーがあと5分で始まっちゃう……」

 いつの間にかそんな時間になっていたらしい。3人は急いで肖像画の穴を通り、談話室を出るとみんなと一緒にパーティーへと向かったのだった。