The ghost of Ravenclaw - 088

11. 襲撃のハロウィーン

――Harry――



 ハロウィーンの朝、ハリーは最低な気分で目覚めた。自分がホグズミードに行けないこともそうだが、ハーマイオニーからハナのことを聞いてしまって以降はそのこともハリーを落ち込ませる要因となっていた。ブラックのせいでハナまでもが好きなことを制限させられるのだ。ハリーは自分が楽しめないこともそうだが、ハナが心からホグズミードを楽しめないのも嫌だった。

 そんな感じで気分は最悪だったが、ハリーはみんなと一緒に起き、なるべく普段通りを取り繕い、みんなと朝食に下りた。ホグズミードに行けないハリーはいつまで寝ていても良かったが、普段通りにしていないとみんながハリーに気を遣うし、それにハリーはハナにも会いたかった。ハーマイオニーから聞いた話では、ハナはハーマイオニーとロンと一緒にホグズミードに行くらしいので、一緒に行けば少なくとも見送りの時にハナに会えるだろう。

 因みに休戦したとは言えクルックシャンクス論争が尾を引いているのか、ハーマイオニーはハナのことをロンには詳しく話していないようだった。ただ「ホグズミードにはハナも誘ったわ」と話しただけらしい。そもそもハーマイオニーはハリーにもハナのことは言うまいと思っていたらしかった。しかし、あの夜、耐えきれなくなって泣いていたところにハリーが現れたものだから、つい話してしまったのだという。ハリーなら言いふらしたりしないだろうと思ったのも、打ち明けた理由の1つのようだった。

 冴えない気分で朝食を食べ、ホグズミードに行く時間になるとハリーは親友達を見送るために玄関ホールまでついて行った。ハリー達が玄関ホールに辿り着くと既にハナが隅の方で待っていて、その近くでは管理人のフィルチが、長いリストを手にホグズミードへ向かう生徒達の名前をチェックしている。

「おはよう、ハリー」

 ハリー達が目の前までやってくると、ハナがにこやかに挨拶してくれた。傍から見るとハナはいつも通りに見えたが、ハナがそれを装っていることが同じようにいつも通りを装っているハリーにはすぐに分かった。なのでいろいろ話したいことを押し込めて、ハリーは何も知らないフリをすることにした。今はそれが1番いいだろうと思ったのだ。

「見送りに来てくれたの?」
「そうなんだ。ハーマイオニーからハナも一緒に行くって聞いて。ほら、最近ハナは忙しそうだったから、話すなら今日しかないと思って」
「ありがとう、ハリー。お土産をいっぱい買って来るわね」
「ううん、僕のことは気にしないで。ホグズミード楽しんできて」

 そうして親友達を見送ったあと、ハリーは運悪くマルフォイとその腰巾着であるクラッブ、ゴイルに遭遇し、ホグズミードへ行けないことを揶揄からかわれたが、無視をして大理石の階段を1人引き返した。言い返しても惨めな気分になるだけだった。代わりにこれから夕方まで1人で何をして過ごすか考えようとしたけれど特に思いつかず、ハリーは誰もいない廊下を歩きグリフィンドール塔に戻った。談話室でのんびり過ごすのもいいだろう。

 しかし、談話室に戻るとハリーを崇拝している2年生のコリン・クリービーが現れて、ハリーは談話室からすぐに出ていかざるを得なかった。コリンは何人かの友達と話をしていたようで、自分達と話さないかとハリーを熱心に誘ってくれたが、ハリーはそんな気分ではなかったのだ。それに話の輪の中に入れば、額の傷をジロジロと眺められることは間違いなかった。

 談話室で過ごすことは諦め、コリンに「図書室に行かなくちゃ」と言い訳をして、ハリーはたった今戻ってきたばかりの談話室を出た。あまり気が進まなかったが、とりあえず勉強でもしようかと言い訳通り図書室に向かっていた。人気ひとけの少ない廊下を1人歩いていく。

 けれども図書室まで半分ほどきたところで、ハリーは気が変わった。とても勉強する気になれないと思ったのだ。しかし、違うところに行こうとくるりと方向転換した途端、今度はフィルチに遭遇してハリーは思わず呻き声を上げそうになった。ホグズミードに行けないだけでも不運なのに、マルフォイにコリン、それにフィルチとまだハリーの不運は終わらないらしい。

「何をしている?」

 どうやらフィルチはホグズミード行きの最後の生徒を送り出した直後のようだった。玄関ホールでジロジロと眺めていた長いリストが丸められて握られている。しかし、フィルチはその長いリストの中にハリーの名前がないことは覚えていないようだった。3年生にもかかわらず城の中をほっつき歩いているハリーを疑わしそうな目で見つめている。

「別に何も」

 ハリーは正直に真実を言った。本当に何もしていなかったのだからそう答える他ない。けれども、その答えはフィルチのお気に召さなかったらしい。フィルチは怒りからか、たるんだ頬を震わせながらヒステリックに叫んだ。

「別に何も!」

 もしかするとハリーが悪さをするために城に残ったのだと勘違いしたのかもしれないし、去年クイックスペルからの手紙を読んでしまったことを根に持っているのかもしれない――ハリーはフィルチが怒鳴るのを見てそう考えた。しかし、もしハリーが悪さをしなくても、クイックスペルからの手紙を読んでなくても、フィルチはハリーを怒鳴りつけただろう。フィルチは元々生徒全員が嫌いなのだ。

「そうでござんしょうとも! 独りでこっそり歩き回りおって。仲間の悪童共と、ホグズミードで“臭い玉”とか“ゲップ粉”とか“ヒューヒュー飛行虫”なんぞを買いに行かないのはどういう訳だ?」

 ハリーは許可証にサインが貰えなかったからだと正直に答えてやりたかったが、自分が惨めになるだけだと思い直して肩をすくめるに留めた。するとフィルチはますます怒りながらハリーを怒鳴りつけた。

「さあ、お前のいるべき場所に戻れ。談話室にだ」

 これでもかと睨みつけてくるフィルチの前をあとにし、ハリーは仕方なく上の階へと足を向けたが、談話室には戻らなかった。今戻ってもまたコリンに捕まるだけだと分かっていたからだ。

 こうなったらふくろう小屋に行って、ヘドウィグに会うのが1番いい――ハリーはそんなことをぼんやりと考えながら階段を上がり、廊下を進んだ。すると、

「ハリー?」

 とある部屋の前を通り過ぎた時、どこからか声が聞こえてハリーは立ち止まった。声の主を探してみると、たった今通り過ぎたばかりの部屋の扉の隙間からルーピン先生が顔を覗かせている。

「何をしている?」

 フィルチとまったく同じことを訊いたものの、ルーピン先生の口調はフィルチのそれとはまるで違う優しいトーンだった。

「ロンやハーマイオニーはどうしたね?」
「ホグズミードです」

 ハリーはなるべく何気なく聞こえるよう答えた。するとルーピン先生は「ああ」と納得しながら、じっとハリーを見つめた。そして、扉を完全に開くと柔和な笑みを浮かべて言った。

「ちょっと中に入らないか?」