The ghost of Ravenclaw - 087

11. 襲撃のハロウィーン

――Harry――



 平行線を辿っていたクルックシャンクス論争はハロウィーンが間近になると一時休戦となった。ロンもハーマイオニーも、ハリーの落胆っぷりにこのまま喧嘩を続けるべきではないと判断したのである。しかし、いくら2人が休戦しようがハリーの気分は一向に良くならないままだった。

 ハロウィーンが3日後に迫っていたその日の夜遅くもハリーはすっかり気落ちしたまま、ロンや他の同室のみんなが寝静まった寮の寝室で宿題をしていた。このところクィディッチの練習が忙しく、ハリーはみんなよりも宿題の進みが遅れていたので、夜はこうして1人で宿題をすることが増えていた。

 静かな寝室にはロンやネビルのいびきと羽根ペンで文字を書く音、それから雨の降る音だけが響いていた。羊皮紙は指定の長さまであと数センチというところまで埋まっていて、ハリーはチカチカする目を抑えて時計を見た。驚くことに0時をとっくに過ぎて10月29日となっている。

 あとはロンの宿題をこっそり写させてもらおうか――ハリーはそう考えながら窓の外を見た。外は真っ黒な闇一色だったが、手元のランプの灯りが反射して、僅かに雨が線となって見えている。最近ではずっとこの調子でクィディッチの練習も過酷さを極めていたが、ハナが誕生日プレゼントにくれたゴーグルが大活躍だった。どうやら試合につけても問題ないようで、ハリーがそれを訊ねた時、ウッドはゴーグルに頬ずりしそうな勢いだった(「凄いぞ、ハリー! これは最高だ! なんていいものを手に入れたんだ!」)。

 こんな雨の中でもずっと飛んでいられたらホグズミードのことも忘れられるだろうに。ハリーが憂鬱な気分で暗闇を眺めていると、不意に窓の外に何かがギラリと光ったような気がして目を凝らした。一体なんだろうかと立ち上がって窓に顔を近付けてみると、何やら黒い影がこの雨の中を飛んでいた。大きな羽があるところを見るにどうやら鳥のようで、先程光って見えたのはその鳥の目のようだった。

 ハリーはその鳥をどこかで見たことがあるような気がして、じいっと見つめたが、この暗闇では具体的にどんな姿をしているのかはっきりとは分からなかった。鳥は少しの間城の周りに沿って飛んでいたけれど、すぐに建物の影に隠れて見えなくなってしまい、ハリーは急いで寝室を出た。談話室の大きな窓ならあの鳥がどこへ向かったのか見えると思ったのだ。どうしてかは分からないが、ハリーはあの鳥がどこへ向かったのか気になって仕方がなかった。

 しかし、談話室まで下りてきたところで、ハリーは鳥どころではなくなってしまった。誰もいないとばかり思っていた談話室の隅で誰かが丸くなって泣いているのを見つけたからである。

「ハ、ハーマイオニー……?」

 丸くなって泣いていたのは、ハーマイオニーだった。栗色のふわふわとした髪の毛は見間違えようがない。こんな時間に1人で泣いているなんて何があったのだろうかとハリーが近付いて声を掛けると、丸くなっていたハーマイオニーがビクリと肩を震わせて顔を上げた。暗がりでよく見えなかったがハーマイオニーの目が腫れていることだけはなんとなく分かった。

「ハーマイオニー、何があったの?」

 なんと声を掛けたらいいのか分からず、ハリーはオロオロしながら訊ねた。2人掛けのソファーの隅に腰掛けていたハーマイオニーの隣に座ると、ポンポンと背中を撫でる。休戦していたと思ったが、もしかしてまたロンとなにかあったのだろうか。ハリーはそう考えながら、ハーマイオニーの返事を待った。静かな談話室にハーマイオニーが鼻をすする音が聞こえている。しかし、いくら待ってもハーマイオニーは何も言わない。耐えかねてハリーが「ロンのこと?」と訊ねると、ハーマイオニーはようやく首を横に振った。

「一体どうしたの?」
「ハナのことなの――」

 しゃっくり上げるようにハーマイオニーが言った。

「ハナ?」
「実はハナがセドリックからデートに誘われたのに断るって――断ったっていうの」
「え? どうして?」

 ハリーは意外な答えに目をぱちくりとさせた。なぜなら、ハリーの中ではハナとセドリックが恋仲になるのは最早秒読み段階だったからである。なんなら、そうなるようにセドリックに「コクハク」のアドバイスをしたくらいである。それにハーマイオニーとロンには話していないが、ハナは夏休みの間にセドリックの家にも泊まりに行ったようだし、2人はとても仲が良かった。それがどういうことだろう。ハリーは混乱しつつも続けた。

「えっと、先約があったとか?」
「違うわ。そんなんじゃないの。ハリー、ハナは例のあの人のことを気にしているのよ。これ以上彼と深い関係になるべきではないと思って、遠ざけようとしているの」

 ハーマイオニーの言葉を聞いて、ハリーは不意に2年生の終わりにダンブルドアが「わしの個人的情報によれば、ヴォルデモートは、現在アルバニアの森に隠れているらしいが」と話していたことを思い出した。そう、隠れているということは死んでいないということである。あの亡霊の成れの果てのような姿で今も森の中で部下が来るのを待っているのだろうか。例えば、まんまとアズカバンを脱獄したシリウス・ブラックとか――。

 ブラックがもし、自分の主君がアルバニアの森にいることを知ってしまえばどうなるだろうか。そのことを想像してハリーは身震いした。何人ものマグルを巻き込み、13人もの人々を殺した凶悪犯がヴォルデモートの元に駆けつけてしまったら、1年生の時よりもっとひどいことが起こるだろうことは考えなくても分かった。

 そして、その時狙われるのはなぜかハリーとハナなのだ。ハナは自分がヴォルデモートに狙われていることを知っているから余計にそのことを気にして、セドリックを巻き込むのを恐れているのかもしれない。しかもセドリックはハリーが1年生の時、ハナを守ろうとして巻き込まれたことがあるのだから尚更だ。

「それってあんまりだわ……どうしてハナが自分の幸せを諦めなくちゃいけないの? 彼ならきっと――」

 セドリックならきっと一緒に戦ってくれるだろう。ハーマイオニーが何を言わんとしているのか分かって、ハリーは複雑な気持ちになった。確かにセドリックは驚くほど誠実な人だ。自分の好きな人のために、ハナのために、戦うことを躊躇ったりするような人ではないだろう。その相手がヴォルデモートであろうとも、だ。でも、ハリーは同時にハナの気持ちも痛いくらい分かった。自分のことで巻き込みたくない。巻き込まれるなら自分だけでいい。そう思うのはハリーも同じだからだ。

「僕、ハナの気持ち分かるよ」

 ハリーはポツリと呟いた。

「誰だって、自分の大事な人をヴォルデモートのせいで失いたくなんかないんだ。僕には、それがよく分かる」

 ハリーがそう言い切った途端、ハーマイオニーが顔を覆ってまた泣き始めた。ハリーはそんなハーマイオニーの背中を撫でてやりながら、彼女が自分やハナを心から心配する気持ちも、ハナがなぜ最近あんなにも忙しそうなのかも痛いほど分かった気がした。