The ghost of Ravenclaw - 083

11. 襲撃のハロウィーン



 私にとって守護霊の呪文は、杖なし呪文と同等か、もしくはそれ以上に難しいものだった。どんなに幸せな瞬間を思い浮かべても、呪文が一向に成功しないのである。お陰で私は数日と経たないうちにどうして守護霊の呪文を扱える人達が魔法界の中で「エリート」となっているのかを思い知ることとなった。幸福をエネルギーとすることはシンプルが故に、非常に難しいのである。

 果たして、守護霊を呼び出せるほどの幸せとはどんなものなのだろうか――ここ最近では、レイブンクロー寮の寝室で同室の子達が眠ってしまうのを待つ間そんなことを考えるようになっていたけれど、すぐにそればかり考えている訳にもいかなかった。いよいよ2回目の作戦を実行するハロウィーンの日が近付いて来ていたからである。

 ハロウィーンが近付くにつれ、周りではホグズミード休暇の話題で持ち切りになっていたけれど、私は正直なところそれに加わる余裕はなかった。日に日にシリウスのことが心配でたまらなくなってきたからだ。いよいよ3日後と迫って来ると夜の寝室で考えるのは守護霊の呪文のことではなくシリウスのことで、シリウスは上手くやれるだろうという思いと、もし失敗したらという思いが頭の中で永遠と渦巻いてた。

 これではきっとセドリックの誘いを受けていても挙動不審になっていただろう。あれからずっとこのことに目背けてきたけれど、不意にそんなことを思って、私はどこか気が楽になったような気がした。もしかしたら、自分の選択が正しいものだと思いたかったのかもしれない。それはあくまでも自己満足でしかなかったけれど、今はそれでも良かった。

 セドリックのことと言えば、あれからハーマイオニーともう一度話す機会があって、きっちり断ったことを話した。ハーマイオニーはひどく落ち込んでいたけれど、最終的には「じゃあ、私とロンと回りましょう」と遠慮がちに提案してくれた。そこでロンの名前が出てきたことに驚いたけれど、どうやらホグズミードのことでハリーがあまりにも落ち込んでいるので、ハーマイオニーとロンは一時休戦したらしかった。一瞬仲直りしたのかと嬉しくなったけれど、ハーマイオニーがロンの前で素直になるのはもう少し時間がかかりそうである。


 *


 10月29日になったばかりの真夜中も、私はハロウィーンの日のことをぐるぐると考えながら同室の子達が寝静まるのを待っていた。彼女達の素晴らしいところは宿題を溜めないところと寝つきがいいところで、就寝時間が過ぎてしばらくするとどのベッドからも寝息が聞こえ始めてこっそり抜け出すにはうってつけだった。そうでなければ私はこんなに頻繁にシリウスの元には通えていなかっただろう。

 とはいえ、寝室の窓から抜け出すのは慎重にならなければならない。私は全員がきっちりとカーテンを閉めて眠っていることを確認すると、物音を立てないように自分のベッドから抜け出した。いつの間にか雨が降り出していたようで、そろりそろりと窓辺に寄ると雨粒が窓を叩く音がパラパラと聞こえる。これは外に出る前に防水呪文を使った方がいいかもしれない。

 杖を取り出し、無言呪文で防水の呪文を自分自身に掛け、ブレスレットでシリウスに連絡すると、私はゆっくりと窓を開けた。僅かに開いただけで室内に響く雨音は一層強くなり、私は急いで窓枠の僅かなスペースに移動すると窓を閉めた。途端に雨が打ちつけてきたけれど、呪文が効いているおかげで雨粒は服に染み込むことなくすべて弾かれていった。

 鷲となってレイブンクロー塔から夜空に飛び立つと、私は城の周りに沿うように旋回した。明かりの消えたホグワーツ城には珍しくチラチラと光る杖明かりかランプの明かりのようなものが見えている。一瞬ベッドを抜け出した生徒かと思ったけれど、この時間なら見回りの先生かもしれない。先生は生徒達が真夜中にベッドから抜け出していないか交代で見回りをしているのだ。

 そうして少しの間城の周りを旋回すると、私は北に広がる禁じられた森へと向かった。寮の寝室を抜け出してから10分も経たないうちにシリウスの根城に辿り着くと、今日も今日とて連絡を受けたシリウスが目くらまし術の外側で犬の姿になって待っていてくれていた。そんなシリウスの前にスーッと降り立つと、彼は「ワン!」と一声鳴いてからそのままの姿で隠されたテントの中へと入っていった。私も鷲の姿のままそのあとを追うようにしてテントの中へと入っていく。

「いい雨だ」

 テントに入るなり元の姿に戻ってシリウスが言った。

「忍び込むには最適の日だ。物音に気付かれ難い」
「本当に。雨で良かったわ」

 私も元に戻ると同意した。テントの中のリビングには中身が半分ほどになったマグカップと空になった皿がテーブルの上に置かれていて、先程までシリウスが何かを食べていたことが分かった。私はそのテーブルの上に夕食の時に頂戴し、ポケットの中に隠していた食事をそっと置きながら話を続けた。

「あそこは静かな場所だから物音が響きやすいもの。すぐに移動しましょうか。時間が惜しいわ」
「ああ。念のため、目くらまし術をかけていこう。もしリーマスに見られたら一目でバレてしまうだろう」
「お互い目くらまし術を掛けたら何も見えないから私が鷲の姿で先導しましょうか?」
「それは名案だ。私は犬の姿であとを追おう。上手く吸魂鬼ディメンターの前を通り抜け、ホグワーツの敷地から出たら姿くらましだ」

 そう話すなり、シリウスは自分自身に杖を向けて目くらまし術を掛けるとあっという間に周りの景色に溶け込んで姿が見えなくなった。それから間もなく「ワン!」という犬の鳴き声が先程シリウスが立っていた辺りから聞こえてきて、再び動物もどきアニメーガスの姿になったことを察した。

「それじゃあ、行きましょう」

 私もすぐに鷲の姿に戻るとテントを出て再び雨の降りしきる夜の森へと飛び出した。シリウスが見失わなくて済むように低い位置をスーッと飛んで来た道を戻って行くと、背後からガサガサと何かが走って付いてくる音が聞こえた。シリウスが犬の姿であとを追ってきているのだ。

 さて、どうして私達がこんな雨の中、危険を冒して出掛けようとしているのかといえば、ハロウィーンに決行予定の2回目の作戦に関係があった。シリウスがホグワーツに侵入するのは当然ハロウィーンの夜だが、その前に進入経路として予定している5階の鏡の裏の通路を塞ぐのである。

 なぜ、侵入前に通路を塞ぐのかといえば、その通路が通れることをフレッドとジョージが知っているからに他ならなかった。という訳で、話し合った結果、天井が崩れ通路が塞がれたように見せ掛けようということになったのである。

 そう――見せ掛けるだけだ。通路は呪文を使えば通れるように仕組み、ハロウィーンの日は予定通りその通路を使う予定である。あとは私が事前にフレッドとジョージに塞がれていることを然りげ無く教えれば準備は完璧である。塞がれた通路を通ってホグワーツに侵入しようなどと考える人はいないだろう。

 そういう訳で私達は森を抜け、ホグズミードにあるホグズヘッドの裏から通路に入ろうとしていた。私は鷲の姿で、シリウスは更に目くらまし術も掛けているので堂々と校庭を横切り、正門を出てホグズミードへ向かう予定にしていた。

 本当は正門を通らずに暴れ柳の下を通って一旦叫びの屋敷に入り、そこからホグズヘッドの裏に向かう方が良かったのだけれど、生憎叫びの屋敷は暴れ柳の下にある地下通路からでないと出入り出来ないようになっていた。満月の夜、リーマスが間違って外に出たり、逆に怖いもの知らずの人が外から叫びの屋敷に入ってくるのを防ぐためである。

 危険を冒して森を抜け、校庭を横切り、私達は正門へと向かった。正門に近付くにつれ、配備された吸魂鬼ディメンターの姿が顕になり、私はホグワーツ特急での出来事を思い出して気分が悪くなったけれど、真横を通り過ぎても彼らが私達に気付くことはなかった。

「ハナ、そろそろいいだろう」

 吸魂鬼ディメンターの横を通り過ぎてしばらくすると背後からシリウスの声が聞こえて私は空中で静止した。どうやら元の姿に戻ったらしいけれど、目くらまし術を使っているので、振り返ってもどんな姿でシリウスがそこに立っているのかさっぱり分からなかった。

「そのままそこで止まっていてくれ――それからゆっくり真下に降りるんだ。私の腕がある。よーし、完璧だ」

 暗闇の中からシリウスの指示が聞こえて、私は言われた通りに真下に降り、見えないシリウスの腕に止まった。するとすぐにシリウスに抱き抱えられる感覚がして、次の瞬間、心の準備も出来ないまま、私達の体はくるりと大きく回転し、私達はその場から姿くらましした。