The ghost of Ravenclaw - 081

10. 満月とセドリックの誕生日



 思い返せば、私がセドリックと一定の距離を置くタイミングはたくさんあったように思う。初めて図書室で会った時、私のせいでクィレルに襲われた時、彼の気持ちに気付いた時、泊まりにおいでと誘われた時――他にもたくさんタイミングはあったのに、私は彼の気持ちに気付いてからも、これまで通りの関係を続けてこようとした。なぜなら、私がそうしたかったからだ。

 セドリックはとても素敵な人だ。出会ったころから同年代の男の子達の誰よりも落ち着いていて、真面目で紳士的で努力家な男の子だった。長身でハンサムで、おまけにクィディッチも勉強も出来て、呪文の扱いだって抜群に上手かったが、彼はそのことを微塵も鼻に掛けない控えめな人でもあった。

 知り合った時は日本でいうところの中学2年生くらいで、私にとっては完全に年下の男の子だったけれど、セドリックは本来の年齢差を感じさせない大人っぽさがあった。図書室の奥で彼と一緒に勉強するのが好きだったのは、彼がなんだか他の子達とは違って歳が近い友達のように思えたからだ。きっと私は彼の優しさに甘えていたのだと思う。

 けれどもセドリックは、私とは違って正真正銘の16歳の誕生日を迎えたばかりの10代の少年だった。当然ながら、私のようにヴォルデモートによって違う世界からこちらにやってきたわけでもなければ、召喚魔法の影響で若返ってもいない。両親に愛されて育ったごく普通の10代の子どもだ。

 そんなセドリックに対して、このままの関係でいて言い訳がなかったのだ。遅かれ早かれ、私はこういう選択をしなければならなかった。それでも、この誘いを断ってしまえば、もう今までのように気軽に図書室の一番奥の席で一緒に勉強することは出来ないのだろうとか、お喋りをして笑い合うこともなくなるのだろうと考えると、私はなかなかセドリックに言い出すことが出来なかった。私はなんて意気地なしで卑怯者なんだろう。

 それでも、私は断りを入れなければない。ジェームズやリリーの時のように間違いを犯してはならない。関係ない人を巻き込んではいけない。私はどんな時においても最善を尽くさなくてはならない。

 そのためには、このタイミングで離れることが正解なのだ。そもそも私はハロウィーンの日、シリウスとの2回目の作戦がある。ホグワーツに乗り込むという重要な作戦だ。それに満月も近くなるからリーマスの体調も気になる。そうだ。やっぱり断るべきなのだ。

 ハーマイオニーと話をしてからしばらく経ったある日の夕方も、私は1人考え事をしながら図書室へと向かっていた。ここ最近ではセドリックは私に気を遣っているのか、それともクィディッチの練習で忙しいのか図書室には現れていなかったけれど、そろそろそれを理由に返事を先送りには出来ないだろう。

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると前方から見覚えのある人物が歩いてきて私は立ち止まった。この間同じようにしてハーマイオニーとばったり会ったが、今回はハーマイオニーではなかった。

「――セド」

 少し先にいる呼び掛けた声はどこか頼りなげに廊下に響いて消えた。こちらに気付いたセドリックはいつもと変わらぬ笑顔でニッコリと微笑んでいて、私はなんだか胸が苦しくなった。

「ハナ、久し振りだね」
「ええ。クィディッチの練習はどう?」
「いい感じだよ。君がくれた模型がすごく役立ってるんだ。今年はハリーにリベンジが出来そうだ」

 嬉しそうにセドリックが話して、私は出来るだけニッコリと微笑み返したけれど、なぜだか言葉が出てこなくて会話はそこで不自然に途切れた。すると、にこやかに笑っていたセドリックの表情が急に悲しそうな、困ったような、戸惑ったようなものになった。

「セド」

 意を決して私は口を開いた。

「私、貴方とデートは出来ない」

 ようやく口にした言葉はやけに鮮明に耳に残った。セドリックはどこか分かっていたように「うん」と一度だけ頷いた。

「貴方が私とデートがしたいって言ってくれて、私、本当に嬉しかったの。でも、貴方とそうすることは出来ない」

 デートの誘いを断るだけなのに、まるで一世一代の告白を断ろうとしているかのような気分だった。目の前に立つセドリックは何か言いたげな表情でこちらを見つめていて、私はそんな彼を見ていることが出来ずに俯いた。

「――うん、分かった」

 やや間が空いた後、セドリックが頷いた。
 断ったのは私の方なのに、なぜだかそれにひどく傷ついている自分がいることに気付いて、私は心の中で失笑した。なんて愚かなのだろう。傷付くのは私ではないのに。

「ごめんなさい、セド――あの、セドリ――」

 このまま親しげに名前を呼び続けるのはいけないことなのではないかと慌てて言い換えようとすると、セドリックの大きな掌が私の口を柔らかく覆って私は口を噤んだ。セドリックの手に唇が触れてしまうのではないかと妙に意識してしまって、私は思わず下唇を噛む。顔が熱くなるのが分かって、先程とは違う意味で顔が上げられなくなって、私は自分の靴先ばかり見ていた。

「次も誘うよ。その次も」

 次の瞬間、廊下の向こう側から生徒達の賑やかな話し声が聞こえてきて私はビクリと肩を震わせた。すっかり失念してしまっていたが、ここが図書室の目の前だった。セドリックもそのことを思い出したのか、私の口を覆っていた手をそっと離した。そして私は、

「じゃ……じゃあ、私、行かなくちゃ……」

 ぎこちなくそう言って、来た道を慌てて引き返した。