The ghost of Ravenclaw - 080

10. 満月とセドリックの誕生日



 しばらくの間、ハーマイオニーは泣いていた。
 どうやらクルックシャンクスやロンのこと以外にも、勉強をたくさん抱え込んでいることに相当参っているようである。泣きながら「こんなに大変だなんて思わなかった……」と漏らしたけれど、カナリアイエローのユニフォームを着た集団がブナの木越しに見えると、ローブの袖口でゴシゴシ目元を拭って涙を堪えた。

「ハッフルパフの人達ね」

 泣いたことで気分が落ち着いたのか、ハーマイオニーは少し離れた場所を歩いていくハッフルパフのクィディッチ・チームの人達を振り返りながら言った。私も同じように振り返ってみると、集団の先頭にはセドリックがいて、チームメイト達と何やら真剣に議論を交わしていた。これからクィディッチの練習なのだろう。

「彼、5年生でキャプテンだなんて凄いわ」

 セドリックを見て、ハーマイオニーが独り言のように呟いた。ブナの木の影になっているからか、それとも議論に夢中になっているからか、セドリックはこちらには気付いていないようで、真っ直ぐにクィディッチ競技場の方へと向かっている。私はそのことにホッとしながら彼が通り過ぎるのを見ていた。返事を保留にしてからというもの申し訳なくて顔を合わせづらいのだ。

「そうだ――貴方は当然ホグズミードへは彼と行くのよね? つまり、セドリックと?」

 そんな私の思いを知ってか知らずか、どこか期待の篭った声音でハーマイオニーは訊ねた。ハーマイオニーはまるで恋に恋する乙女のように、私とセドリックが恋仲になることを夢見ている節があるように思う。そんな彼女になんと答えたらいいのか分からず、私は苦笑いした。

「この間誘われたわ。でも……」
「やっぱり!」

 返事をまだ保留にいている。そう続けようとした私の言葉はハーマイオニーの声によって掻き消された。先程まで泣いていたのが嘘のように目を輝かせて「う、わー! そうじゃないかって思ってたの!」と興奮気味に言うので、私は慌てて訂正を入れることとなった。

「ハーマイオニー、違うの!」

 ワタワタとしながら告げるとハーマイオニーは「一体何が違うのか、さっぱり分からない」というような顔でこちらを見た。私はそんなハーマイオニーに顔を近付けると声を潜めて言った。

「私、実は返事を保留にしているの……」
「返事を……保留……?」

 ハーマイオニーはなぜかショックを受けた顔をして呆然とこちらを見返した。ハーマイオニーはしばらくの間そのまま固まっていたが、やがて正気を取り戻すと大声で叫んだ。

「ええーー! そんなあ!!」

 あまりの大声にブナの木に止まり羽を休めていた小鳥達が一斉にバサバサと飛び立つのが見えた。ハーマイオニーはたった今恋人にフラれた少女のように私に訴えた。

「どうして? 貴方達、とってもお似合いなのに。貴方だって彼のこと嫌いではないでしょう? だって、寧ろ……」

 ハーマイオニーは「寧ろ」から先を答えようとはしなかった。それからなんだか悲しそうな表情をすると俯いて黙り込んだ。

「ハーマイオニー、私がヴォルデモートに狙われていることは知っているでしょう? それに話せない秘密があるってことも」

 私がそう言うとハーマイオニーはヴォルデモートの名前にビクリと肩を震わせながら顔を上げた。そんなハーマイオニーにニッコリ微笑むと私は話を続ける。

「私、2年生の学年末に彼の気持ちに気付いてから、その、すっかり舞い上がってしまっていたの。柄にもなくドキドキしてしまって……。でも、自分が他の女の子とは違うんだって思い出したのよ。このままじゃいけないって」
「でも、貴方は私やハリーやロンには、いつか秘密を打ち明けてくれるって約束したわ。それに例のあの人に狙われているから友達をやめるなんて今まで1度も言わなかった。なのに、どうして貴方は彼だけをそんな風に遠ざけようとするの?」
「それは……」

 流石に3人がこの先もヴォルデモートと対峙し続けると知っているからだとは言えなかった。それが分かっているから私は彼らには自分の秘密を打ち明けようと思っているし、逆にそうじゃないセドリックは巻き込みたくないと思っている。私は怖いのだ。1年生の時のように巻き込まなくていい彼を巻き込んでしまうことが。そして、最悪の事態になってしまうことが――。

「私達に“まだ話せないことがある”と素直に打ち明けてくれたみたいに、どうして彼には伝えようとしないの? 彼には貴方の話を聞いてその先どういう選択をするか選ぶ権利もないっていうの? だったら、どうしてデートの誘いをすぐ断らずに保留にしているの?」
「…………」
「私には本当は行きたいし、彼と一緒にいたいっていう意思表示に見えるわ」

 その瞬間、きっぱりと言い切ったハーマイオニーの言葉が、胸の奥深くに突き刺さったような気がした。ぎゅっと胸が締め付けられて、なんだか泣き出しそうになった。

 私はあの時本当はどうしたかったのだろう。私は数日前の図書室での一件を思い出していた。あの瞬間はなんだかフワフワとして、デートに誘われたのが嬉しかった。誕生日プレゼントを子どものように喜んでくれたのも嬉しかったし、セドと呼んで欲しいと言われた時も嫌ではなかった。

 私はそうだ――フワフワとした気持ちのまま「YES」と答えてしまいたかった。一緒にホグズミードに行きたいとそう答えたかった。普通の13歳の女の子のように過ごしていたかった。でも、それは許されないことではないだろうか。私は、普通の女の子には二度と戻れやしないのに。もう二度と戻れないのに。

「私、やっぱり断るわ」

 頭の片隅でキャビネットのボガートが笑った気がした。