The ghost of Ravenclaw - 079

10. 満月とセドリックの誕生日



 今年度1回目となるホグズミード休暇がハロウィーンに決まったと発表されたのは、セドリックからデートに誘われた数日後の10月15日の夕方のことだった。このことに休日をホグズミードで過ごすことが許された3年生以上の子ども達の多くが浮き足立っていて、早速誰を誘おうかとか、ホグズミードへ行ったらまず何をするかと相談する声があちこちから聞こえた。

 そんな中私はセドリックへの返事を保留にしたままだった。これまで私は慣れないことにすっかり舞い上がってセドリックからの好意をただただ享受しているばかりだったけれど、それではいけないとあの瞬間思いとどまったのだ。なぜなら私はヴォルデモートと切っても切り離せない女だからだ。それに元の年齢は13歳でもない。そんな女と一緒にいるべきではないのだ。

 夏休みの初め、セドリックの家に泊まりに行くことに迷っていた時、「私と関わるなんてやっぱり良くないわ」と言った私にリーマスは「君と関わることが良くないかどうか決めるのは彼だ」と言っていたけれど、私はどうしてもそんな風には割り切れなかった。巻き込まれるべきではない人を巻き込むということがどんなに恐ろしいことか、分かるからだ。一歩間違えればとんでもないことに繋がることだって有り得るのだ。例えば、あの日のボガートのように――。

 だから私は考え得る限りの最善を尽くさなければならない。それでも私は完全にセドリックの誘いを断り切れなかった。どうしてだか彼の目を見ると口から断りの言葉が出てこなかったのだ。ただ「ホグズミードの予定が分からないから考えさせて」と言った私にセドリックは「もちろん。返事はいつでもいいよ」と優しく言ってくれた。

 このまま返事をズルズルと先延ばしにしてはいけないと思いつつも、私はそればかり悩んでいる訳にもいかなかった。ホグズミード休暇の当日であるハロウィーンの日の夜にはシリウスとの2回目の作戦を実行しなくてはならなかったし、何日か前からはシリウスの指導の元、遂に目くらまし術の練習も始めていた。シリウスは迷った挙句「守護霊の呪文は後回しにしよう」と言ったのだ。

 目くらまし術を初めから自分自身に掛けるのは危険だということで、今は物に呪文をかけて練習しているのだけれど、これがなかなか難しくて半透明になったり、半分だけ透明で半分はそのままになったりと失敗ばかりしていた。シリウス曰く自分自身に使うと体に冷気を浴びせられたようになるみたいだけれど、私も早く使いこなせるようになりたいと思う。

 ホグズミード休暇のお知らせが貼り出された次の日の夕方も、私はいつもの変わらず図書室へと向かっていた。すると、前方からパンパンに膨れ上がった鞄を抱えたハーマイオニーがこちらに歩いてくるのが見えて私は立ち止まった。しかし、ハーマイオニーはどこか落ち込んでいるように見える。しかし、こちらに向かって歩いてきていたハーマイオニーが私の存在に気付くとパッと表情を明るくした。

「ハナ!」
「こんにちは、ハーマイオニー。貴方も図書室?」
「ええ、そうよ。ハナと会えて嬉しいわ。ロンやハリーとは古代ルーン文字学や数占い学の話は出来ないでしょう? それに私、今はあの2人と一緒にいたくないの――」

 ハーマイオニーはそう言って再び表情を曇らせながら、鞄をぎゅっと抱え込んだ。どうやら何かあったらしい。もしかして、クルックシャンクスだろうか――私は胃がキリキリしそうになるのをどうにか誤魔化しながら、ハーマイオニーの顔を覗き込んだ。出来るだけ優しく声を掛ける。

「ハーマイオニー、図書室に行く前に私と少しお喋りするのはどう?」

 私の提案にハーマイオニーはどうしようか迷うように自分の鞄と私を何度も見比べた。ハーマイオニーは誰よりも授業を取っているので、勉強の時間を削っても大丈夫か考えているのだろう。そうしてハーマイオニーはしばらくの間迷っていたけれど、やがておずおずと口を開いた。

「貴方が良ければ……その、話したいわ……」
「もちろん。今日は天気もそれほど悪くないから、一旦外に行きましょう。その方が気分も良くなるわ」

 私はそう言うと、ハーマイオニーと共に校庭へと向かうことにした。このところ天気が悪い日ばかり続いていたのだけれど、今日は晴れ間は少ないものの比較的穏やかな天気で校庭に出ると外で遊んでいる生徒達の姿を何人も見かけた。

「それで何があったの?」

 割と人気の少ない湖の畔にあるブナの木の根元に腰掛けると、私は訊ねた。

「ロンと喧嘩をしてしまったの」

 ハーマイオニーが落ち込んだ様子で答えた。

「クルックシャンクスがスキャバーズを追いかけるものだから、ロンはすっかり怒ってしまって」

 ぽつりぽつりとハーマイオニーは昨日と今日の2日間で起こった出来事を話して聞かせてくれた。外から戻って来たクルックシャンクスがロンの鞄の中にいたスキャバーズに襲いかかったこと、それに対してロンはすっかり腹を立ててしまっていて、今日もずっと怒ったままだったことなどだ。それ聞いた時、私は申し訳なさで再び胃がキリキリと痛むような気がした。これはこの間貰い損ねた胃薬を今度こそ貰いに行くべきなのかもしれない。

「私、もっとちゃんとクルックシャンクスに言い聞かせるべきだった……ロンを悲しませたかったわけじゃないの……」

 ほとんど涙声でハーマイオニーは言った。

「それにラベンダーにだって、ひ、ひどいこと言ったわ」
「ラベンダー? ラベンダーとも何かあったの?」
「彼女のペットのウサギが狐に殺されたという知らせが今日届いたんですって。それで、今日が偶々トレローニー先生がラベンダーに“恐れていることが起こる”って言った日だったものだから、彼女は予言が当たったとすっかり信じ込んでいたの」
「貴方はラベンダーに訂正しようとしたのね?」
「そう、そうなの――だって、今日は偶然知らせが届いたと言うだけで、ウサギが殺されたのは正確には昨日だったし、ラベンダーはずーっとウサギが殺されることを恐れていたわけではなかった。私、トレローニー先生が当てずっぽうで言ったことを信じ込むのは危険だと思った。でも、言うべきじゃなかった。ラベンダーはペットが殺されて悲しんでいたのに……そのことでロンには“人のペットのことなんかどうでもいいやつなんだ”って言われて……私、貴方に話すみたいにロン達の前で素直になれなかった……」

 ハーマイオニーは最初、自分は何も間違ったことは言っていないと思ってムキになっていたけれど、1人で考えているうちにもっと伝え方があったのではないかとか、出来たことがあったのではないかとあれこれ考え込んでしまっていたらしい。しかし、ロン達を目の前にするとついムキになって言い返してしまうのだ。

「私、ハリーのことも本当に心配なの」

 鼻をすすりながらハーマイオニーが続けた。

「でも、ハリーはホグズミードへ行きたがってるし、ロンもそのことを止めようとしないの。ハナがダンブルドア先生に手紙まで書いてくれたのに、今日もマクゴナガル先生にどうにか出来ないかって聞いていたのよ。私、ハリーがそのうち透明マントでホグズミードへ行くんじゃないかって心配だわ。そうなったらどうなるか――」

 ハーマイオニーは深刻な表情で言った。

「私、本当はハリーともホグズミードに行きたい。ハリーばかり辛い思いをするなんて、あんまりだわ。そうでしょ? でも、ブラックはハリーの命を狙っているから……私、ハリーが殺されるのはもっと嫌。そんなの、そんなの……耐えられない」

 ハーマイオニーはとうとう顔を両手で覆って泣き始めてしまった。私は彼女に辛い思いをさせている原因がほとんど自分にあることを謝ることも出来ずに、ただハーマイオニーの震える背中を撫でていた。