The ghost of Ravenclaw - 078

10. 満月とセドリックの誕生日



 ハロウィーンの日に2度目の作戦を実行すると決めてから、日々は流れるように過ぎていった。ホグワーツは日毎に寒くなり、じめじめとした日々が多くなった。天候の悪い日も増えたが、私はシリウスの元に出来る限り通い詰めた。

 シリウスとは2度目の作戦についてはもちろんのこと、最近ではこれまでの2年間で起こった出来事を話して聞かせる余裕も出てきた。シリウスはこれがひどくお気に入りで、まるで勇者の冒険譚を聞く幼い子どものような反応を見せた。中でも私がレイブンクロー寮から飛び降りて動物もどきアニメーガスになる話が大のお気に入りのようで、「君がグリフィンドールでないことが不思議だな」と何度も話した。

「組分け帽子は私をレイブンクローかグリフィンドールで迷ったのよ。でも、私が戦うための知識が欲しいって言ったらその気持ちを汲んでくれたの」

 私がそう語ると、シリウスはリリーの組分けの時も帽子はレイブンクローかグリフィンドールで迷ったらしいと教えてくれた。ジェームズやリーマス、それにシリウスは比較的時間も掛からずに終わったようだが、ワームテールの時はやたら長く、5分以上は結論が出なかったと教えてくれた。しかし、ワームテールは帽子がどの寮と迷っていたのか絶対に話そうとしなかったのだという(シリウスは「レイブンクローと迷っていたのではないことは確かだ」と断言していた)。


 *


 10月も半ばになるといよいよセドリックの誕生日が迫ってきていた。私は既にふくろう通信販売でこっそり注文を済ませ、届いたプレゼントはバースデー・カードと共に丁寧に包装して鞄の中に忍ばせている。5年生になってからというもの監督生にクィディッチのキャプテンにO.W.L試験とセドリックは驚くほど忙しくなったので、会えたらすぐにでも渡せるようにしようと思ったのだ。因みにセドリックはO.W.L試験を全科目受けるらしく、私はギョッとしてしまった。通りで図書室で会う度に大量の本を抱えているはずである。

 そして、誕生日プレゼントを手渡すチャンスは前日の夕方にやってきた。10月になりクィディッチの練習も本格的に始まったので、図書室で会う機会もめっきり少なくなっていたのだけれど、この日は練習がなかったようでいつもの席にセドリックがやって来たのである。相変わらず大量の本を抱えている。

「こんにちは、セドリック」

 明日、渡す機会があるかどうかも分からないから、渡すならきっと今しかないだろう。それにここならプレゼントを渡しているところを誰かに見られてニヤニヤ揶揄からかわれる心配もない。私は少しだけソワソワしながらセドリックに声を掛けた。

「あー……、明日、誕生日ね」

 友達に誕生日プレゼントを渡す機会なんてこれまで生きてきた中でたくさんあったけれど、私は私に好意を寄せてくれている相手に誕生日プレゼントを渡したことは今まで1度もなかった。普段はあまり意識しないようにしているのだけれど、渡すと決めたらどうにも意識せずにはいられなくて、私は本当に13歳の女の子に戻ったような気分になった。相手は年下よ――相手は、年下――。

「あの――1日早いけれど、誕生日おめでとう」

 緊張しているのを気取られないように気を付けながら、私は言った。セドリックはこちらを見て優しく微笑んでいる。

「ありがとう。覚えていて貰えて嬉しいよ」
「それで、プレゼントがあるのだけれど、今渡してもいいかしら? 当日渡す方がいいでしょうけど、貴方はとても忙しいから、今日渡すのが一番いいと思って」
「もちろん。じゃあ、今年僕の誕生日を祝ってくれたのは君が一番ってことだね、ハナ」

 セドリックが嬉しそうに頷くのを見て、私は鞄の中に忍ばせていたプレゼントを取り出した。ハッフルパフ・カラーのカナリアイエローの包装紙に包まれた箱はそこそこの大きさで、それを見たセドリックは一体何を用意したのかと驚いた表情をした。

「今回は趣向を変えてみたのよ」

 プレゼントを手渡しながら私は言った。セドリックはお礼を言いつつ包みを受け取ると、まず、包みを破るのが勿体ないとでもいうようにじっくりと眺めていた。それからしばらくして、ようやく包装紙に手を掛けると丁寧に剥がしていく。包装紙の下に現れたものを見て、セドリックが目を輝かせた。

「すごい! これ、欲しかったんだ」

 欲しかったおもちゃが手に入ったような幼子みたいにセドリックは言った。それを見て私は胸の奥底から喜びが溢れるような気分になりながら、ニッコリ笑った。

「クィディッチ競技場の模型なの。貴方は勉強を頑張っているから息抜きが必要だと思って。前回行われたクィディッチ・ワールドカップの会場なんですって。決勝戦で対戦した国の選手達のミニチュアがついていて、実際に飛ぶのよ。飛び方の名前とか言ったらそれを披露してくれたりもするんですって」

 箱を開けて現れた模型を夢中で眺めるセドリックに教えると、彼は早速杖を取り出して模型に向けると、周りに気付かれないように小声で「ウロンスキー・フェイント」と言った。すると競技場を飛び回っていたミニチュア・シーカーの1人が地面に向かって急降下を始め、激突寸前で上昇するという技を披露した。対戦チームのシーカーは慌てて自分も急降下し始めたが、方向転換が上手くいかず、地面に激突してしまった。

「ありがとう、ハナ!」
「喜んで貰えて嬉しいわ」
「今年ハッフルパフが強くなったら君のお陰だね」
「私、レイブンクローの人達に怒られないかしら」
「そうならないように、秘密にしておくよ」

 小さく笑って、セドリックは大事そうに箱を閉じると今度はバースデー・カードを手に取った。3段重ねのバースデー・ケーキの形をしたカードは、蝋燭の炎と「セドリック、誕生日おめでとう」の部分がピカピカと光っている。セドリックは、そんなカードを満足いくまで眺めていたけれど、しばらくすると僅かにこちらに身を寄せて、不意にカードを差し出してきた。

「ハナ、来年はここを“セド”ってするのはどうかな?」

 自分の名前の部分を指差してセドリックは言った。その瞬間、ふわりと甘く爽やかな香りが鼻腔を擽るのが分かって私はクラクラとするのがわかった。心臓が早鐘のように打っている。

「つまり、今、この瞬間から僕のことを“セド”って呼ぶのは?」

 それは愛称で呼んで欲しいという要求だった。セドリックがなぜ、愛称で呼んで欲しいのか流石の私でも分からないわけはなくて、私は体中から火が出るのではないかというほど熱くなるのを感じた。昨年度末からセドリックと一緒にいると、なんだかフワフワとぼうっとしてきて、時々私は他のことが一切考えられなくなるような気がした。

「セ、セド……?」
「そう、嫌かな?」
「いいえ……いいえ、セド……」
「うん、ハナ」

 嬉しそうに笑って、セドリックは指先まで真っ赤になっている私の手を握った。途端に心臓が口から飛び出しそうになって、ぎゅっと唇を閉じた。

「その様子じゃ、ようやく僕にデートの誘いを受ける姿を想像出来たみたいだね」

 私の様子にセドリックは上機嫌に言った。その言葉に私はちょうど1年前の今ごろ、「デートの誘いをたくさん受けてる自分をあまり想像出来ない」という私に「じゃあ、僕にデートの誘いを受ける姿は?」とセドリックが訊ねたことを思い出した。

 あの時、あれはデートの誘いを受けたことのない私への慰めのようなものだと思っていたけれど、セドリックは違ったのだ。あの時からずっと、もしかするとそれよりも前から、彼は本気でそう思ってくれていたのかもしれない。そうと気付いてしまえば、嬉しさと気恥ずかしさが共存しているような不思議な気持ちになった。でも、そんな中で私はどこかでこのままでいいのだろうかという不安があるのも事実だった。

「ハナ、僕とデートしよう」

 なぜなら、私は普通の女の子ではないのだから。