The ghost of Ravenclaw - 077

10. 満月とセドリックの誕生日



「グリフィンドール寮に乗り込むって本気なの?」

 先程シリウスの口から発せられた言葉に私はビックリしながら訊ねた。グリフィンドール寮に乗り込むというのは、シリウスらしい大胆な提案で、ワームテールを追い込むには抜群の効果を発揮するだろうけれど、決して安全な作戦とは言い難かった。いくら今のシリウスに杖があると言えども、だ。

「危険だわ。貴方が見つかってしまえば、どうなるか。ホグワーツの周りには吸魂鬼ディメンターがたくさんいるのよ」
「君は少々保守的過ぎる」

 焦ったそうにシリウスが言った。

「このような計画には常に危険は付き物だ。ある程度の危険なくしてどうやってワームテールを捕まえられると言うんだ?」
「でも、ホグワーツには常に大勢の子どもや先生方がいるのよ。逃げ損ねたらどうなってしまうか……」
「ハナ、どうやら君はハロウィーンがあることを忘れてしまっているらしいな」
「ハロウィーン……あ!」

 シリウスの考えていることが分かって、私は思わずハッとして両手で口元を覆った。ハロウィーンの夜、ホグワーツではパーティーが行われ、ほとんどすべての生徒と教師が大広間に集まる。その時間、ホグワーツ城は実質もぬけの殻だと言えた。更にホグズミード村から隠し通路を使って城内に入れば、シリウスは誰にも見られることなくパーティー中にグリフィンドール寮に向かうことが出来る。

 しかもハロウィーンはジェームズとリリーの命日である。これほどワームテールを追い込むのに適した日は他にはないだろう。そして、それに気付いてしまえば、私はもうシリウスを止めることなど出来なかった。出来るはずがないのだ。

「パーティーが始まったら、私が連絡するわ。貴方はどこから侵入したらいいかしら?」

 クルックシャンクス以外、誰も聞いてはいないというのに私はシリウスに顔を近付けると声を潜めて言った。そんな私に釣られてか、シリウスの声も自然と低くなった。

「一番いいのは5階の鏡の裏だ。君が知っているかは分からないが……」
「知っているわ。その通路を見つけた子がいて、教えて貰ったことがあるのよ。通ったこともあるわ。違う通路も使ったことがあるけれど、私は5階の鏡の裏が一番好きね。明るいし歩きやすいもの」
「あの通路は素晴らしい」

 シリウスは大きく頷いた。

「私が知ってる中では唯一整備されていた。もしかするとレイブンクローの卒業生の誰かがそうしたのかもしれない。しかし、忍びの地図のこともそうだが、リーマスは隠し通路の1つも教えなかったのか?」
「ええ。きっと私が悪さをするって思ったんだわ」
「リーマスは君に手を焼いているらしいな」

 そう言ってシリウスはクックッとおかしそうに喉を鳴らして、私は苦笑いした。私は今までリーマスが忍びの地図のことを話さないことを都合良く思って深く考えたことはなかったけれど、きっとリーマスは地図のことを話せば私が取り戻しに行くことを分かって話題に出さなかったのだと思った。彼はいつでも私のことを心配してくれる人だからだ。つい先日その危険を冒した訳だが……これはすべてが終わってから怒られることにしよう。

「それで、5階の通路を使うのはいいけれど、問題は私以外にその通路の存在を知っている人がいることね」
「君にその通路を教えたという子か?」
「ええ、そうよ。双子なのだけど、その人達の話ではフィルチさんや先生方はその通路を知らないらしいの。ダンブルドア先生は分からないけれど……」
「なら、天井が崩れたと見せ掛けて通路が使えなくなったと思わせた方がいいだろう。そうすれば、通路をその子達に見られたとしても私が使ったとは思うまい」
「そうね。そうしましょう」

 寝不足だということもすっかり忘れて、私はシリウスと話し合った。問題は侵入と脱出経路の確保ではなく、どうやってグリフィンドール寮内に入り込むのかだった。しかし、これは合言葉を知らなければ難しいと言わざるを得なかった。レイブンクロー生の私は当然ながらグリフィンドール寮の合言葉を知らないのだ。

「寮に侵入することより重要なのは、無理矢理押し入ろうとしたという事実を作ることかもしれないわね」

 考え込みながら私は言った。

「太った婦人レディの絵画をこじ開けようとしたという証拠を残せばいいんだな? それなら合言葉がなくてもワームテールを追い込むのに役立つだろう」
「ただこれをするといよいよ後がなくなるわね。貴方は不法侵入の上、器物破損するわけだから……ワームテールの存在を世に知らしめられなければ、貴方は永遠に凶悪殺人鬼だわ」
「侵入するなら何をしても同じことだ。それを気にしていたら私達は何も出来ないことになる」
「そうね……そうだわ……。いいわ、やってやりましょう。その上で必ず貴方の無罪を証明してみせる」

 そう言うと私達は静かに頷き合った。すると今までソファーで大人しくしていたクルックシャンクスが「僕もいるよ」とばかりにピョンとテーブルの上に飛び乗った。存外、彼もやる気らしい。

「彼は自分の飼い主のそばに裏切り者がいるのが許せないそうだ」

 シリウスがクルックシャンクスのどう喉元を撫でながら言った。まるで、そう言ってしまえば、私が2度とクルックシャンクスの協力を仰ぐことを渋らないと分かっているかのようだった。苦笑いして、私はクルックシャンクスを見る。

「クルックシャンクス、これから先、私達は貴方の飼い主を困らせることになるかもしれないわ。でも、私達、最後には絶対訳を打ち明けるから。これが終われば必ず……」

 ハーマイオニーを苦しめてしまうであろう罪悪感に苛まれながら、クルックシャンクスに話すと、彼は「ニャー」とのんびりと鳴いて私の掌に頬を擦り寄せたのだった。