The ghost of Ravenclaw - 076

10. 満月とセドリックの誕生日



 玄関ホールでセドリックと別れると、私は一旦ふくろう小屋へと戻り、そこからシリウスの元へ向かうことにした。ふくろう小屋へ行くと、大勢のふくろう達がなんだまたお前かとばかりに止まり木の上からこちらをジロジロと見つめている。先程鷲の姿で驚かせてしまったので、少し警戒されているのかもしれない。

「ごめんなさい。また少しビックリさせてしまうかもしれないけど、許してね」

 私は一言告げると、誰もいないことを確認してから窓辺に寄った。寮に戻っておらずポシェットを持ってきていないのでこのまま持っていくしかないが、鷲の姿でも持てるだろうか――パンパンに詰め込まれたバスケットを見て少し心配になったが、なんとかなるだろうと私は窓辺にバスケットを置くとポンッと鷲の姿になり、持ち手を鉤爪でしっかりと掴んだ。意外と大丈夫そうである。

 再び空へと飛び出すと私は大きく羽を広げ森へと向かって羽撃はばたいた。シリウスには先程ポリジュース薬が完成したとメッセージを送ったのできっと私が向かうことを分かってくれているだろう。案の定シリウスは私がやってくると分かっていたようで、目くらまし術の外側で、犬の姿をして待っていてくれた。その隣にはなんと赤毛の猫がどっしりと座っている。あれは、間違いなくクルックシャンクスである。ここで会うのは初めてだが、シリウスの勧誘が上手くいったのか、どうやら朝から遊びに来ているらしい。

 クルックシャンクスはゆらゆらと不機嫌そうに尻尾を揺らしながら、私の方をじっと見ていた。きっと得体の知れない鷲が飛んでいると分かったのかもしれない。そんなクルックシャンクスの様子に気付いたシリウスが何やら話し掛けていたけれど、生憎犬の言葉なので何を話しているのかはさっぱり分からなかった。クルックシャンクスには分かるのだろうか? なんて賢い猫なのだろう。

「クルックシャンクス!」

 地上へと近付き、ポンッと元の姿に戻って声を掛けると、どうやら得体の知れない鷲は敵ではないと分かったらしい。クルックシャンクスは不機嫌そうな様子から一転して「ニャー」と機嫌良く鳴いた。

「貴方、こんなに朝早くにどうしたの? ハーマイオニーが心配するわよ」
「彼も男同士で話したいことがあるってことさ」

 同じくポンッと元の姿に戻ったシリウスがニヤッと笑って言った。

「それに忍びの地図がないと分かった以上、ワームテールの情報は彼から得るしかない。先程聞いたんだが、どうやら男子寮に篭っているらしいな」
「シリウス、クルックシャンクスが話していることが分かるの?」
「なんとなくだがね――動物もどきアニメーガスの姿になると動物の感性に近くなるから、その影響かもしれないな。人の姿になると分からなくなる」

 そう話しながら私はシリウスを先頭に目くらまし術に隠された場所へと入って行った。目くらまし術を掛けるとまったく見えなくなるけれど、ブレスレットで連絡を取りさえすればシリウスが出迎えてくれるので私達は何の不自由もなく会うことが出来た。

 目くらまし術の内側は、テントが届く以前までシリウスが根城にしていたウロがある場所だった。そのウロの目の前に新しい根城であるテントがひと張り張られている。テントは外から見た限りではせいぜい2人用ほどの大きさで、コンパクトなタイプだ。

 テントの中に入ると、そこには1人で生活するには十分な空間が広がっていた。外観の何倍も広く、ダイニングも兼ねたリビングがあり、その奥にはキッチンやシャワールーム、トイレ、洗面所までついている。端の方には階段があり、2階は屋根裏部屋のような雰囲気の部屋が広がっていた。魔法界のテントは持ち運べる家なのである。これが届いてからすっかりレジャーシートの出番はなくなり、私達はテントの中であれこれ話をするようにしている。その方がより安全なのだ。

「貴方がこんな暮らしをしてると知ったら魔法省の人達は愕然とするでしょうね」

 入ってすぐのリビングの中央にあるテーブルの上にバスケットを置きながら私は言った。

「このテント、いつ見ても感動するわ」
「私も時々恵まれ過ぎてるんじゃないかと思うよ。もう少し逃亡犯らしくした方がいいかもしれないな」
「うーん、貴方ちょっとハンサム過ぎるわよね」
「それは褒めてるのか? それともけなしてるのか?」
「もちろん褒めてるわ」

 私達と一緒にテントの中に入ってきたクルックシャンクスは、ソファーの中央に陣取っていた。シリウスに聞くとクルックシャンクスはこのソファーがお気に入りのようで、遊びに来るといつも同じ場所に座るのだそうだ。

「そういえば、リーマスの様子はどうだった?」
「脱狼薬を飲んでいたから落ち着いていたと思うわ。変身後は理性があることに戸惑ってたみたいだけど、少しは眠れたみたいだし、今朝はいつものように傷がなかったの」
「そうか、良かった。安心したよ」
「でも、脱狼薬の副作用が少しあるみたいね。体調が良くなさそうだったわ」
「君も今日は寝不足だろう? 碌に寝ないままポリジュース薬の調合もしたようだったしな。朝食は?」
「まだなの。それで貴方とポリジュース薬が完成を祝いたいと思って、厨房で多めに食事を詰めて貰ったのよ」
「そりゃいい。一緒に食べよう」

 私達はテーブルを挟み向かい合って座るとカボチャジュースで乾杯し、バスケットの中から悪くなりやすいものを選んで食べ始めた。比較的長持ちするものはシリウスが何日かに分けて食べるのだ。クルックシャンクスはソファーで丸くなったままだったけれど、少しだけレタスをあげると微妙な顔をして食べていた。レタスはお気に召さなかったらしい。

 朝食のあと、完成したポリジュース薬をシリウスに手渡した。シリウスは先月マグルの女性にわざと目撃された際、何人かのマグルから髪の毛を取ってきているので何かあった際には自由に変身出来、魔法省の目を掻い潜れるし、ワームテールを追い詰めるのにも役立つだろう。

「ポリジュース薬が完成したのなら、いよいよ守護霊の呪文と目くらまし術だな。それにそろそろ2回目の作戦を計画しなければならない。前回新聞に載ってからしばらく経っている」

 受け取ったポリジュース薬を巾着袋にしまいながらシリウスが言った。その顔は今すぐにでも行動したくてたまらないといった感じだ。元来、彼はじっとしていることが苦手なのだ。だからだろうか、

「グリフィンドール寮に乗り込もう。私に狙われているということを篤と実感させてやる」

 シリウスはその灰色の目にギラギラと熱い炎を燃やしながら、大胆なことを口にしたのだった。