The ghost of Ravenclaw - 074

10. 満月とセドリックの誕生日



 翌朝、明かり取りの窓から差し込む朝日で私は目を覚ました。眠い目を擦ろうとして中途半端に羽を広げたところで、今はまだ鷲の姿のままだったことに気付いた。動物もどきアニメーガスの状態は保てたままだったようだ。

 ホッとして隣を見てみると、ロキはまだ眠っていたけれど、リーマスはもう既に起きていて、ベッドの縁に腰掛けて高い位置にある窓をぼんやり見上げているところだった。どうやら、満月が終わり、元の姿に戻ったらしい。ちょこちょこと歩み寄るとこちらに気付いたリーマスが「やあ」と朗らかに挨拶をした。昨夜は暴れていないからか傷は出来ていないようである。

「昨晩はありがとう――しかし、驚かせただろうね。私は狼人間で、満月の夜になるとあの姿になるんだ」

 リーマスは、顔色はまだ良くなかったものの、いつもと変わらない口調でそう言った。こんな風に何でもないように自分が狼人間だと言えるのは、目の前にいるのがただの鷲だと思っているからだろうか。

「昔、父がフェンリール・グレイバックという狼人間だった男を侮辱してしまったことがあってね。当時彼はマグルの子どもを殺した罪で逮捕されていたが、自分はただの人間だと言い張っていた。しかし、本当は狼人間だった彼は父の侮辱が許せなかったのだろう。復讐心から私を咬んだんだ。父は亡くなるその時までそのことを後悔していた」

 こんな話を聞いてしまってもいいのだろうか。私はそう思いながら、リーマスを見上げた。リーマスはこちらを見て小さく微笑んだけれど、その先にある感情を読み取ることは出来なかった。

「私は父と自分の悲運を恨んだが、恨みきれなかった。父は自分の行いを後悔し続け私のために手を尽くしてくれたし、私自身もこの体でなければ手に入れられなかった幸運も確かにあるんだ。その幸運のほとんどが手から零れ落ちてしまったがね――さあ、君達はそろそろ帰る時間だ。窓を開けてあげよう」

 話はここまでだとばかりにリーマスは杖を取り出して立ち上がった。それから唯一板が外された窓の方へと歩み寄ると、何やら呪文を唱える。昨晩掛けていた魔法を解いたのかもしれない。カラカラと窓が開くとその音でロキも起きたのか、スーッとリーマスの方へ飛んでいって、まるで挨拶するように指を甘噛みした。

「ありがとう、ロキ。君もね――私はもう少しここに残ることにするよ」

 リーマスと別れ、ロキと共に開けられた窓から朝空へと飛び立つと、途端に冷たい風を感じて目が覚めていくような気がした。もう少しだけこの夜に感じた気持ちのままでいたかったけれど、今朝はポリジュース薬の仕上げをしなければならなかった。一旦寮に戻るかどうしようか考えてから、私は感傷に浸る間もないまま、ロキと共にふくろう小屋に向かうことにした。ふくろう小屋は西塔のてっぺんにあるのでそこから必要の部屋に行く方が近道なのだ。

 やがて、ふくろう小屋が見えてくると、私はロキに続いて鷲の姿のまま降り立った。ふくろう小屋では、多くのふくろう達が身を寄せ合って眠っていたが、見知らぬ鷲が突然現れると何羽かは驚いてギャーギャー羽をばたつかせていた。

「驚かせるつもりはなかったの、ごめんなさい」

 ポンッと元に戻って謝ると私はこれ以上眠っているふくろう達の邪魔をしないように、急いでふくろう小屋をあとにした。階段を降り、誰もいない早朝の廊下を進み、バカのバーナバスのタペストリーを目指す。

 早朝だからだろう。タペストリーへは誰にも会うことなく辿り着くことが出来た。今日も今日とてトロールに棍棒で打ち据えられているバーナバスのタペストリーの前を往復する。

 ――私だけしか入れない部屋が欲しい。魔法が思いっきり練習出来る部屋。私だけが入れる部屋。

 廊下の端からその反対側にある花瓶まで、3度往復するとタペストリーの向かいの石壁にピカピカに磨き上げられた扉が現れた。私は周りをもう一度確認してから現れた扉の中にサッと入り込むと、通い慣れた部屋へと入って行った。

 1年生の時から呪文の練習に使っているこの広々とした部屋は、今日も明々とした松明で照らされていた。読書スペースであろう場所にはたくさんの本が詰まった本棚があり、休憩スペースも兼ねているのか毛足の長い濃紺の絨毯が敷かれ、ふかふかのクッションやブランケットが置いてある。奥の絨毯が敷かれていない場所は呪文の練習スペースで、杖を持った甲冑が今日もピンと背筋を伸ばし、グリフィンドールのタペストリーの前に立っていた。

 その読書スペースと呪文の練習スペースの間に魔法薬の調合スペースはあった。大鍋や様々な材料が仕舞われた棚があり、その中には貴重な材料がたくさん入っている。その横には作業台が置かれ、その中央に今は真鍮の大鍋が鎮座している。中を覗くとゴポゴポと怪しく音を立てる泥のような液体が入っている。作り途中のポリジュース薬だ。臭いは――よくない。

「上出来ね」

 ポリジュース薬の出来に私は頷いた。先日ニワヤナギを2束入れ、80分醸造したところなので、あとはしっかり21日間煮込んだクサカゲロウをペースト状にし、それを2計量入れて弱火で30分煮込むばかりである。これで失敗しなければ、ポリジュース薬はもっと黒い泥のように変化し、原液が完成する。

 私は薬棚の中からクサカゲロウとすり潰すためのすり鉢を取り出すと、早速ペースト状にし始めた。この薬棚はとても優秀で、ダイアゴン横丁で私が買えないような材料があったりもする。必要の部屋の力でそうなっているのかは分からないが、ある程度はジェームズ達が揃えたのではないかと私は薄っすらと思っていた。この部屋は以前、ジェームズ達が使っていたからだ。その証拠に甲冑の後ろにあるグリフィンドールのタペストリーには、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズと落書きしてある。

 しっかりとクサカゲロウをペースト状にすると、今度はそれをきっちり2計量、大鍋に入れて弱火で30分煮込み始めた。この火加減を間違うと魔法薬は途端に効力を発揮しなくなる。スネイプ先生が魔法薬のことを「微妙な科学と厳密な芸術」と表現するのだけれど、正にそれで、魔法薬はとても繊細なものなのだ。因みにポリジュース薬は作るのに1ヶ月だけれど、もっと複雑なものになると6ヶ月も掛かったりする。気の遠くなるような作業だ。

「出来たわ!」

 そうして30分後、ようやくポリジュース薬が完成した。大鍋の中に入っている魔法薬は今や見覚えのある黒っぽいドロドロとした泥のようになっていて、恐らく成功と言っていいだろう。私は遂に一人でやり遂げたのだ。

 私は達成感でいっぱいになりながら完成したばかりのポリジュース薬を瓶詰めにした。完成の報告がてら久し振りにこの時間からシリウスに会いに行くのもいいかもしれない。昨晩はシリウスに会いに行けなかったから、久し振りに厨房にも寄ってバスケットいっぱいの料理も持たせて貰おう。

 そうと決まれば善は急げだ。みんなが起きてくる前に急いで厨房へ行かなければならない。私は杖を取り出し呪文を使ってサッと後片付けをすると、次にその杖を左手首に巻かれているブレスレットに向けた。

 “ポリジュース薬が完成!”

 現れた文字にニッコリ笑うと私は早々に必要の部屋をあとにしたのだった。