The ghost of Ravenclaw - 072

10. 満月とセドリックの誕生日



 9月が終わり、10月になった。
 イングランド島北部のスコットランドに位置するホグワーツには早くも冬の気配が近付いて来ていて、同室の子達は「あともう少ししたらハナが厚着をし出す季節ね」とクスクス笑っていた。そんな中、私とシリウスは忍びの地図の奪還どころか発見にも至らなかったことで、1週間くらいはずっと落ち込んでいた。あれからもシリウスとブレスレットを使って可能性のある場所を探したものの見つからず、シリウスは「羊皮紙の切れ端のような見た目だったから捨てられたのかもしれないな」と悲しげに語っていた。

 フィルチさんの事務室に忍び込むのを手伝ってくれたフレッドとジョージは、探し物が見つからなかったのだと話すと私が落ち込んでいたのを察したのか、その日の夕方にエクレアやシュークリームなどの大量のスイーツを抱えてやって来てくれた。恐らく厨房に忍び込んで貰ってきてくれたのだろう。その気持ちが嬉しくて、私は有り難くそのスイーツを受け取ってシリウスと分けて食べた。

 忍びの地図がない私達にとって、ワームテールの動向を探る唯一の手立てはクルックシャンクスだけだった。私は前に廊下で遭遇して以来クルックシャンクスとは会っていなかったけれど、シリウスはこの間それらしき猫と会ったと話して以降度々会っているようで、勧誘ももうすぐ上手くいきそうだと話していた。これがまた賢過ぎるためかなかなか警戒を解いてくれず勧誘に手こずっているらしい。

「リーマス、さあ、飲まないと」

 10月最初の土曜日――私はすべての予定をキャンセルしてリーマスの事務室の隣にある私室にやって来ていた。今夜は満月で、この1週間脱狼薬を飲みながら乗り切ったリーマスの顔色は最悪だ。どうやら脱狼薬には多少なりとも副作用があるらしい。リーマスから聞いた話では、これは軽いもので、改ざんしたレシピで作るとこれよりももっとひどい副作用が待っているらしい。

「砂糖を入れたら効果がなくなるのは残念だよ」

 テーブルの上に置かれているゴブレットを見て、心底残念そうにリーマスが言った。このゴブレットは先程スネイプ先生が持ってきてくれたもので、中には脱狼薬が注がれている。スネイプ先生は私とリーマスを見て不快そうに顔を歪めたあと「ミズマチ、きちんと飲み干したのを確認して我輩の研究室に報告に来るように」と言い残して去って行った。

 ゴブレットに注がれている脱狼薬からは僅かに煙が立ち昇っていた。今まで授業で調合した薬やポリジュース薬、去年ハリーが飲んでいた骨生え薬などもそうだが、魔法界にある薬は飲みづらいものが特に多いように思う。どれもこれも味が最悪で、ドロドロとした液体なのだ。

「これを粉末出来たら、マグルの薬のようにカプセルに入れられるんだけれど……」
「カプセル?」
「簡単に飲み込めるくらいの小さい容れ物よ。胃の中で溶ける素材で作られているから、飲み込むと体内でカプセルが溶けて中に入った薬が出てくる仕組みになってるの」
「それはいいな。これを飲み干すのは一苦労なんだ」

 ゴブレットを手に持ち、臭いを嗅ぎながらリーマスは言った。それから一口飲むと、美味しくないのかぶるっと身震いをする。

「どの魔法薬でも粉末状に出来る技術が開発されたら、魔法薬学の分野では激震が走るだろう」
「魔法界ってそういうのに特許のような制度あるの?」
「もちろん。呪文だとそうはいかないが、魔法薬なんかだと画期的なものを開発し商品にすれば売れるたびに利益を得られるようになる。確か、ジェームズの父親のフリーモントさんも魔法薬を開発していたはずだよ」

 そう言って、リーマスはまた一口飲んだ。

「フリーモントさんが魔法薬を開発していただなんて知らなかったわ」
「“スリーク・イージーの直毛薬”という薬だ。ポッター家は優秀な魔法薬学者が多くてね。骨生え薬も確かポッター家の祖先が発明者だ」
「知らなかったわ。でも、あれがなければ、ハリーは去年どうなっていたことか――」

 それからリーマスは脱狼薬をすべて飲み干すと、口直しにチョコレートを齧ってから夜まで横になっていると言ってベッドに向かった。どうやら副作用でまた少し体調が悪化したようである。私はそれを見届けると、空のゴブレットをスネイプ先生に返却しに行き、ちょっと嫌味を言われたあと、またリーマスに付き添った。

 眠っているリーマスの横で、私は勉強道具を広げて宿題をすることにした。リーマスの話では生徒達が夕食を食べている間に暴れ柳の下から叫びの屋敷に向かうそうで、私はそれまでは一緒にいる予定だった。その後、就寝時間を過ぎてからいつものように寮の寝室を抜け出して、私も叫びの屋敷に向かう予定である。

 シリウスは事情をよく分かっているので、今夜は遠慮なくリーマスに付き添うつもりだった。寧ろ「私の代わりにムーニーをよろしく頼む」と言われている。とはいえ、私が動物もどきアニメーガスであることはリーマスにはまだ内緒にしているので、鷲の姿でこっそり付き添わなければならないけれど。

 それから明日の日曜日には必要の部屋に籠らなければならない。そう、ポリジュース薬の仕上げである。睡眠時間が短くなるだろうが仕方ない。これが完成すればシリウスの行動の幅はもっと広がるだろうし、絶対役に立つに違いない。一緒にホグズミードでランチを食べるくらい許されるだろうか。いや、知らない男の人と歩いていたら怪しまれるだろうか。私はチラリと眠っているリーマスを見て、

「本当に浮気してるみたいね」

 そう言って苦笑したのだった。