The ghost of Ravenclaw - 071

9. 忍びの地図の行方



 廊下で話すと人目につくだろうと話し合って、私はフレッドとジョージと共に近くにあった誰もいない教室に入ることにした。1日の授業を終えた教室はガランとしていだけれど、私達は入口という入口を念入りに確認してから教室の隅に集まった。こういう時にシリウスが使っていた呪文が役に立つのではと思ったけれど、生憎私はまだその呪文が使えなかった。シリウスが「呪文を教えるのはポリジュース薬が終わってからだ」と譲らなかったからだ。

「で、ハナ はどんな悪戯がしたいんだ?」

 教室の隅に丸くなって座り、額を突き合わせるとフレッドが言った。私が珍しく悪戯がしたいと言い出したことが嬉しいのか、それとも単に悪戯が出来ることが嬉しいのか、フレッドの顔はワクワクしている。

「私、フィルチさんの事務室に入りたいの」

 声を潜めて私は言った。まさか私がフィルチさんの事務室に入りたいなんて言うとは思わなかったのか、フレッドもジョージも驚いた顔をした。やや間が空いた後、フレッドがヒューッと口笛を吹いた。

「驚いたぜ。大胆な提案だ」

 一方ジョージの方は心配そうにこちらを見ている。フレッドとジョージはこういうところにお互いの性格が出るからとても面白いと思う。双子なので基本的にはそっくりなんだけれど、フレッドはより快活な感じで、ジョージは少し穏やかなのだ。それから、よく見てみるとジョージの方が少し垂れ目がちであと首元にホクロがあったりする。

「君がフィルチの事務室に入りたいなんて、何か事情でもあるのか?」
「それが大事なものを取られてしまったの」
「大事なもの?」
「ええ――詳しくは言えないんだけど、私、フィルチさんがそれをまだ持っているか確認したいの。それで、まだ持っていたら取り返したいとも思ってる。本当に大事なものなの」
「なるほど。それでフィルチのところに忍び込みたいって訳か」
「1人で忍び込もうかと思ったんだけど、タイミングが難しくて。騒ぎを起こしてその間にと思ってたんだけど、フィルチさん以外の人が来ないとも限らないでしょう?」

 私が言うとフレッドとジョージはそう言うことならとフィルチさんの事務室に忍び込むことを手伝ってくれることになった。基本的には当初シリウスと話していたものと変わらず、どこかで騒ぎを起こしてフィルチさんを引きつけ、その間に私が侵入する計画である。騒ぎを起こすのはフレッドが担ってくれ、見張りはジョージがすることとなった。

 このことは早速その日の夜にシリウスに報告をした。シリウスはフレッドとジョージが協力してくれることを喜んでいるようだった。どうやらいくら考えても透明マントもなく目くらまし術も覚えてない私1人では難しいのではないかと思っていたらしい。大変失礼な話だけれど、その通り過ぎて私は言い返せなかった。

 シリウスといえば、クルックシャンクスに会うことをまだ諦めていなかった。しかも最近ではクルックシャンクスの特徴とよく似た猫と遭遇することに成功したらしくシリウスはひどくご機嫌で「私も今その猫を協力者に勧誘しているところだから君にも協力者は必要だ」と話していた。私は勧誘が上手くいって欲しくもあり失敗して欲しくもある複雑な気持ちになったけれど、口を出さないと約束したので話を聞くだけにとどめた。

 そもそもクルックシャンクスとどこでどのようにして遭遇したのか――うーん、これも聞かないでおくことにしよう。


 *


 悪戯の実行日は9月最後の日曜日に行うこととなった。なぜこの日を選んだのかというと、1週間後に満月が迫ってきたからだった。この日から1週間、リーマスは毎日脱狼薬を服用しなければならず、あまり自分の事務室から出てこないだろうと踏んでのことだった。因みに満月の日にしなかったのは、その日はリーマスと一緒にいたかったからである。やっと動物もどきアニメーガスになれ、満月の日に一緒にいることが出来るのにその機会を逃すようなことはしたくなかった。

 実行の日の朝も私はいつも通り起きて、ルーティンをこなし、必要の部屋でポリジュース薬の様子を見てから、少し遅い時間に朝食に向かうことにした。恐らくみんな大広間にいる時間帯だろう。廊下は人がまばらで、眠そうに目を擦りながら歩く生徒が何人かいるばかりだ。

 すると、あといくつか階段を下りたら玄関ホールに出るというところで、どこか遠くからバーン! と何かが爆発する音が聞こえてきた。近くを歩いてい生徒もこれには目が覚めたようで、なんだなんだと辺りを見渡している。

「なんの騒ぎだろう?」
「あっちだ! 行ってみよう!」

 ワラワラと生徒達が廊下を走っていくのを見送ると私はくるりと方向転換をして走り出した。大急ぎで階段を下り、フィルチさんの事務室へと向かう。そう、先程何かを爆発させたのはフレッドだったのだ。あの爆発音が計画の開始の合図だ。私とフレッドそれからジョージは共謀していることがバレないように別々の場所で待機し、その合図と共に行動を開始する計画になっていたのである。

 私が走り出すのとほぼ同時に左手首が熱くなって見てみると「Good luck」とメッセージが入っていた。そのメッセージに「Thanks」と短い返事を返すと、私はフィルチさんの事務室がある廊下に飛び出した。

「ハナ、こっちだ! 今なら誰もいない!」

 ジョージは既にその場に待機をしていた。私がやってくるとサッとドアを開けてくれて、私は「ありがとう、ジョージ!」とお礼を言いながらフィルチさんの事務室の中に入った。ジョージがバタンと扉を閉めると、フレッドの騒ぐ音はそれほど気にならなくなった。僅かに上の階で何やらドタバタする足音が聞こえているくらいだ。

 初めて入るフィルチさんの事務室は窓のない部屋だった。低い天井から石油ランプが1つぶら下がっていて、魚のフライのような臭いが微かに辺りに漂っている。周りの壁には木製のファイル棚が並び、ラベルを見るとフィルチさんが処罰したであろう生徒の名前が書かれてあった。比較的新しいファイルが並んでいる棚でさフレッドとジョージが丸々1段を占領していたし、更に別の棚ではジェームズとシリウスもそれぞれ1段ずつ占領していた。

 こぢんまりとしたデスクの後ろの壁には、ピカピカに磨き上げられた鎖や手枷が一揃い掛けられていた。噂によるとフィルチさんは生徒の足首を縛って天井から逆さ吊りにすることを許して欲しいと頻繁にダンブルドア先生に懇願しているそうだが、どうやらそれは本当らしい。

 シリウスが話していた「没収品・特に危険」と書かれた引き出しはそんなフィルチさんのデスクのすぐ近くにあった。急いで駆け寄り引き出しを開けると、中には何に使うのかさっぱり分からないものから明らかに危なそうなものまで、さまざまなものが入れられている。しかし、

「ない――ない――ないわ」

 忍びの地図らしき羊皮紙は一切見当たらなかった。どんなに探しても羊皮紙の切れ端すら見当たらない。もしかしても違う棚の中に入れ替えられたのだろうかと思い、没収品と書かれたあらゆる引き出しを開けて見たけれど、それらしいものは何一つ見つからなかった。

 マローダーズが残した忍びの地図は既に消えていたのだった。