The ghost of Ravenclaw - 070

9. 忍びの地図の行方



 シリウスが魔法をかけたブレスレットは、私の左手首に収まることとなった。普段は当然、プレートは表となる5本の杖のデザインにしているが、時々1人になるとコツコツと叩いて裏面を眺めるのが私の新たな日課となった。不思議なことに裏面に描かれた動物達は見るたびに違う動きをしていて、この前はみんなで整列していたし、昨夜見た時にはみんなで寄り添って眠っていた。

 新しい連絡手段でもあるこの魔法のブレスレットは、どちらかが連絡するとブレスレット自体が熱を持ってもう一方に知らせてくれるので、私はシリウスの元に行く時は必ずブレスレットを使って連絡を入れるようになった。因みに、メッセージを送ることも可能で、相手にメッセージを送ろうとすると5本の杖が器用に動いて文字を作るのがなんだか面白かった。

 ブレスレットを手に入れたことにより、私達は本格的にフィルチさんの事務室に侵入する計画を立てたけれど、中々それを実行するには至っていなかった。どこかで騒ぎを起こしてフィルチさんを向かわせている間に忍び込むのがいいだろうと言うことになったが、フィルチさんの事務室の前を誰も通らないとは限らないので、実行のタイミングがとても難しいのだ。

 そうしてもたもたとしている間に9月も下旬を迎えることとなった。このころになると、ようやくハグリッドも以前のように大広間に姿を見せるようになっていたけれど、一連のことですっかり自信を喪失したままだった。ハリー達に聞いたところ、魔法生物飼育学はとてつもなくつまらないものになったらしい。なんでも毎時間レタス食い虫フロバーワームという魔法生物の世話を学ぶのだそうだ。

 レタス食い虫フロバーワームというのはM.O.M分類でも一番最低ランクのXとされている魔法生物だ。『幻の動物とその生息地』によると、じめじめしたどぶに生息しているらしい。褐色の太い虫で、大きくなると25センチ程まで成長するけれど、ほとんど動かないそうだ。因みに好物はレタスでハリー達は毎時間レタスを食べさせているらしい。ロンは「あいつら、どっちが頭かさっぱり分からないんだ」とぼやいていた。

 そんなつまらない授業の原因となったマルフォイは、退院してから何日も経った今でも右腕を包帯で巻いたままだった。最早誰もが怪我したフリをしていると分かってしまうレベルで、私の知る限り、怪我を信じているのはパンジー・パーキンソンくらいのものだった。

 この状況にグリフィンドール生は特に腹を立てていたけれど、誰もマルフォイの怪我が完治していることを証明出来ず、先生達に訴えられずにいるようだった。ハグリッドのためにもこの一連のマルフォイの行動をどうにか上手く収めたかったけれど、マルフォイは怪我を装うことをいつまでもやめないばかりか、私と顔を合わせるといつも以上に警戒して睨み付けるようになってしまった。

 あの日、マルフォイが私の父親がアズカバンの囚人だと言ったことについて、その場にいたジョージはまったく信じていなかった。それどころかジョージは私の評判を貶めるためにマルフォイが嘘を言っていると解釈したようでひどく怒っていて、あれ以来、度々マルフォイに変な噂を流されていないか心配してくれるようになった。

「マルフォイは言いふらしてないみたいだな」

 この日の夕方も、ジョージは廊下ばったり会うとそう言って安心したような表情をした。隣にはフレッドもいて、あの日のことをジョージから唯一聞いている彼は「もしあることないこと言いふらしたら、マルフォイに糞爆弾を浴びせてやるよ」と今にも浴びせたいという顔をして言った。

「ありがとう、2人共。大丈夫よ」
「それにしても噂が絶えないな。一昨年はダンブルドアが後見人だと噂され、去年はスリザリンの継承者、今年はアズカバンの囚人の娘だ」
「私の記憶が確かなら、ダンブルドア先生が後見人だという噂は貴方達が広めたと思うのだけれど」
「まあ、それは俺達の若かりしころの話だ」
「夏休みの終わりに君に説教されてから僕達は心を入れ替えたのさ」
「俺達は考えた――多くの人々を笑顔にするためにはどうすればいいかってね。そうして、まずはあらぬ疑いを掛けられている君を笑顔にするべきではないかという結論に至ったのさ」
「また元気を出したい時は僕達がパーッと連れ出してやるからいつでも言ってくれ。一緒に悪戯でもいい」
「心を入れ替えた貴方達との悪戯は楽しそうね」

 冗談っぽく話すフレッドとジョージに私も同じように冗談っぽく言ってクスクス笑った。2人は時折悪ふざけをすることもあるけれど、以前から周囲を気遣う優しさを持っているように思う。1年生の時も私を元気付けようとあれこれ構ってくれたし、2年生の時もあらぬ噂を気にしなくて済むようにわざとふざけて楽しませてくれた。あれから度々私のことを「女王陛下」と呼ぶけれど、私は女王陛下と家臣ごっこが結構気に入っていた。

 そんなフレッドとジョージと一緒にする悪戯ならとても楽しいだろうと私は思った。彼らは驚くほどいろいろな抜け道や隠し通路を知っているから、きっと悪戯しても簡単に捕まりはしないだろうし安心だ。とはいえ、悪戯するなら可愛いユーモアのある悪戯がいいけれど。ドアノブがお花になってしまう、とか――そうだ。

「ねえ、フレッド、ジョージ」

 ピンと閃いて、私はフレッドとジョージに呼び掛けた。もしかして、彼らなら特に理由を話さずともフィルチさんの事務室に侵入するのを手伝ってくれるのではないかと思ったのだ。彼らの協力があれば、私はフィルチさんの事務室にもっと簡単に忍び込むことが出来る。

「私が本当に悪戯をしたいって言ったら協力してくれる?」

 私が訊ねると、フレッドとジョージは驚いた表情をしてお互いに顔を見合わせた。それからニヤッと笑うと目の前で跪き、それぞれ私の手を片方ずつ取った。恭しく頭を下げ、口を開く。

「「女王陛下の御心のままに」」