The ghost of Ravenclaw - 069

9. 忍びの地図の行方



「はははは! それは傑作だ!」

 マルフォイとの件から6時間後――真夜中を迎えた禁じられた森の中にはシリウスの笑い声が響いていた。シリウスは今日の夕食からこっそり拝借してきたチキン片手に大笑いをしている。夕方、マルフォイとの間に起こった出来事を話したところ、このように大爆笑してしまったのだ。

 私はこの声が森全体に聞こえてしまうのではないかと気が気ではなくて、辺りをキョロキョロと見渡した。真っ暗な森の中はしんと静まり返っていて、誰もシリウスの笑い声には気付いていないようだった。ホッと胸を撫で下ろすと、それに気付いたシリウスが言った。

「そう心配しなくてもいい――音が漏れないような魔法を掛けている」
「そんな呪文があるの?」
「ああ、今度教えよう。便利な呪文だ。それにしても、そのマルフォイ家の子はどうして私達を夫婦や親子だと勘違いしたりしたんだ?」
「きっと父親が吹き込んだのよ」

 私は去年の出来事を思い返しながら言った。去年のクリスマス休暇の初日の朝、私がスリザリンの継承者だと勘違いをしたマルフォイは純血の魔法使いが私のことを捜していて、ルシウス・マルフォイが手紙を貰ったと話していた。しかもその人物は聖28一族に名を連ねる家系の生まれらしい。

 あの時リーマスが話してくれたようにそれが本当にレギュラス・ブラックからの手紙だったのなら私――マルフォイは母親だと勘違いしていたが――とシリウスの関係を疑っても無理はないのかもしれない。兄と深く関係のある人物だから捜していると考えるのが普通だからだ。

 そのことをシリウスに話すと、先程までのご機嫌な様子とは打って変わって、彼は盛大に嫌そうな顔をした。もしかしたら、レギュラスに私のことを探られた時のことを思い出したのかもしれない。

「あいつがなぜ君に執着していたのか、当時もあまり理解出来なかったが、まさかルシウス・マルフォイに手紙を書いていたとは知らなかった。もしかすると君のことをヴォルデモートに報告するつもりだったのかもしれない。あいつはヴォルデモートのファンだった」
「ファン……?」
「ほとんど心酔していた。それもあって若くしてヴォルデモートの配下である死喰い人デス・イーターに加わったが、怖気付いて逃げ出したところを殺された」

 ブラック家の人間をシリウスしか知らないからか、レギュラスが怖気付いて逃げ出したというのが俄かに信じられなくて私は顔をしかめた。そもそもヴォルデモートの残虐さに憧れてファンになったのではないのだろうか? マグルを一掃して魔法族だけの世界を作りたくて加担したのではないのだろうか? それともレギュラスが考えているよりもずっとヴォルデモートは残忍だったということだろうか。

「レギュラスはヴォルデモートより優しい性格だったのかもしれないわね。ダークヒーローのように憧れていたけど、現実は恐ろしいものだった――とか」
「闇の魔法を好む奴等の考えていることなんか分かりたくもない」

 吐き捨てるようにシリウスが言った。

「ただ、私の愚弟のせいで君の立場が危うくならないか心配だ。マルフォイ家の子が私と君の関係を言いふらせば、君は周りから孤立してしまうだろう」
「私は大丈夫よ。そういうのには慣れてるもの。ヒソヒソ噂されたり、遠巻きにコソコソされたりね。去年も似たようなことがあったし、元の世界でもあったの。ほら、私は家族が亡くなって1人だったから――」
「そういう不躾な奴はどこにでもいるものだな」
「貴方も何かと噂の的だったでしょうね」
「私は噂に困らない人間だったからな。ブラック家で唯一のグリフィンドール生だったし、女子生徒の半分は私の“顔と家柄”が好きだった。ホグワーツに入学してから何年もの間、信頼出来た異性は君だけだった」
「あら、光栄だわ」

 私が澄ました感じで言うとシリウスはこちらを見てニヤッと笑った。

「君は私の素行の悪さや外見だけを褒めようとはしなかったし、猫撫で声で話しかけて来たりはしなかった」
「どうかしら。私、貴方のこととってもハンサムだって思ってるけど。芸術的だわ」
「そりゃ光栄だ。君も芸術的な美しさだ」
「あら、ありがとう。まったくときめかないのはどうしてかしら」
「おい。私がこんなことを言えば何人かは悲鳴を上げるくらいだったんだぞ」
「キャー、シリウスステキー」
「棒読みはやめてくれ」

 お互いに顔を見合わせると私達は笑った。そうするとなんだか私がまだ夢の中なのだと思っていたころに戻れた気がして、少しだけ目の前に迫る問題の数々を忘れられることが出来た。

「そうだ、頼んでいたものが届いたんだ」

 ひとしきり笑い合うと、シリウスがそう言って巾着袋を取り出した。どうやらふくろう通信販売で頼んでいたものが届いたらしい。実はリーマスに大量の食料やテントなどを購入したと知られると困るので、シリウスの元に届くようにしていたのである。

「それで、君を待っている間にブレスレットに魔法を掛けておいた。君が気にいるか分からないが――アクシオ、ブレスレット」

 巾着袋の中に杖を突き付けて呪文を唱えると、深紅と濃紺のレザーベルト調のブレスレットが中から飛び出して、シリウスの手の中に収まった。ブレスレットにあしらわれているシルバーのプレート部分には既に事前に話していた通りの装飾が施されていて、5本の杖が放射線状に描かれている。

「これ、貴方が1人でデザインしたの? 素敵」

 「気に入らないわけないわ」と言うとシリウスは得意気に笑いながら、濃紺のレザーのブレスレットを私に手渡してくれた。魔法の炎の明かりにかざしてよくよく見てみると、杖は1本1本デザインが違っていて、右端からシリウス、私、ジェームズ、リリー、リーマスの杖だとシリウスが教えてくれた。

「それだけじゃない」

 私のブレスレットに杖を向けてシリウスが言った。こちらを見てニヤッと笑ったシリウスが杖先でプレートをコツコツと叩くと、プレートがまるで生き物のようにブルッと震えてあっという間にひっくり返った。

「シリウス、貴方って本当に素敵」

 途端に現れたものを見て、私はありったけの感情を込めて言った。

「本当に本当に――」

 プレートの裏側には牡鹿と雌鹿、犬、狼、鷲が並んで歩いている姿が描かれていたのだった。