The ghost of Ravenclaw - 068

9. 忍びの地図の行方



 ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人と別れると、私は医務室に向けて歩き始めた。必然的にマルフォイとパーキンソンのあとを追うような形になってしまうが致し方ない。寧ろこの際なので、直接怪我の具合を確かめてみるのもいいかもしれない。彼らが本当に医務室に行くなら包帯の下がどうなっているのか分かるだろう。

 少しだけ歩く速度を早めて廊下を進んでいくと、少し先にマルフォイとパーキンソンが立ち止まっているのが見えて私はそばにあった石像の陰に隠れた。マルフォイはやはり医務室へ向かう予定だったようで、2人はその前の廊下で何やら話をしているところだった。パーキンソンがべったりとマルフォイの左腕に張り付いている。

「心配だわ、ドラコ。ほら、傷がまだひどく痛むって言っていたでしょう?」
「ああ、ひどい怪我なんだ。それにいろいろ不便が多い――図書室で魔法薬学の宿題に使える本を探したいけどこの腕だし、僕はこれから包帯を変えてもらわないといけない」
「なら、私が代わりに借りてきてあげるわ!」
「ああ、助かるよ」

 マルフォイにお礼を言われると、パーキンソンは満面の笑みを浮かべて大張り切りでその場をあとにした。マルフォイに好意を寄せているパーキンソンにしたら可哀想だけれど、上手く厄介払いされてしまったようだった。父親の影響だろうか。こういう時、彼はとても口が上手いらしい。

 パーキンソンが離れてからもマルフォイはその場から動く気配がなかった。しばらくの間彼女が歩いて行った先を眺めていたかと思うと、徐ろに自分の右腕を見て鼻で笑った。吊られた状態だった腕を解放するとプラプラと振ったり、しげしげと包帯を眺めたりしている。痛む様子がないところを見るにやはり、怪我を装っているだけのようだった。

「――滑稽だな」

 やがて、マルフォイがそう呟く声が廊下に響いて私は眉根を寄せた。自分自身を滑稽などと言うなんて予想外だったからだ。私は父親の影響はあれど、マルフォイが自ら進んで怪我を装っているとばかり考えていたけれど、違うのだろうか。そういえば、リーマスが前に「スリザリンは非常に繋がりを重視する」と話してくれたことがあった。

 もし、マルフォイが自分の父親のためにやっているとしたらどうだろう? 自らがそれを進んでやりたいかどうかは別として、名誉を著しく傷付けられた父親や自分の家系のためにと行動しているとしたら――そこまで考えて、私はハッとして石像の陰に顔を引っ込めた。マルフォイがこちらを振り向いたからだ。

 しかしどうやら隠れるのが遅かったらしい。こちらに歩み寄ってきたマルフォイが薄ら笑いを浮かべて私の前に現れた。私は石像と壁に挟まれてどこにも逃げ場がなくて、端から見るとまるでマルフォイに追い詰められているようである。

「覗き見とはいい趣味をしてるな、ミズマチ」
「あー……偶然ね。ミスター・マルフォイ」
「何が偶然だ。大方、僕のあとをつけて来ていたんだろう。そういう趣味があるとは思わなかったな――今覗き見たことをダンブルドアにでも言うのか? それともポッターか? 愛しのディゴリーか? 君が一言言えば誰もが信じるだろうな。それで満足か?」

 マルフォイの言葉に私は口籠った。私が話せば確かにダンブルドア先生もハリーもセドリックも、彼が大怪我を装っていると信じるかもしれない。嘘をついて相手をおとしめようとすることは決して許されない行為だ。けれども、そうなった時、彼の家での立場はどうなるのだろう。もし、父親に言い付けられての行動だったとしたら――ルシウス・マルフォイは息子にひどく失望するだろう。それは13歳の子どもが受けるにはあまりに残酷だ。

「貴方はどうなるの?」

 私は思わず訊ねた。

「貴方の怪我が大したことないって分かったら、貴方のお父様は……」
「父上は、当然悲しまれるだろう。だが、それがお前に何の関係がある? この僕にまで優等生面か、ミズマチ。八方美人もいい加減しろ」
「そんなんじゃないわ。ただ、私は――」

 こういう時なんて言ったらいいのかさっぱり分からなくて、私は俯いた。マルフォイのような特殊な立場の子どもにどう対応するのが正解なのか私は答えを持っていなかった。何を言っても彼のプライドを傷つけてしまうし、下手をすれば家族からもスリザリン生からも冷たい目で見られるかもしれない。そんなことはあってはならない。マルフォイはまだ13歳の子どもなのだ。けど、マルフォイがしていることも許されるべきではない……私はどうすることが最善なのだろう?

「おい、そこで何してるんだ!」

 必死に考えを巡らせていると誰かが叫ぶ声が聞こえて私もマルフォイも振り向いた。いつの間にやって来ていたのか、そこには怒った顔をしてこちらに走ってくるジョージの姿があった。そばまで来るとジョージはサッと私とマルフォイの間に割って入り、マルフォイを睨んだ。

「ハナに何してる」
「話をしていただけだ――失せろ、ウィーズリー」
「女の子を物陰に追い詰めてるやつは見過ごせないな。それにその右腕は怪我をしてたんじゃないのか? 包帯が巻かれてあるのに随分と元気じゃないか」
「ジョージ、私が無理に頼んで怪我の具合を見せて貰っていたのよ」

 咄嗟に私はジョージのローブを掴んで言った。どうしてだか、今はマルフォイを庇わなければなならないと思ったのだ。まさか、私がマルフォイを庇うような発言をするとは思わなかったのだろう。こちらを振り返ったジョージだけでなく、マルフォイまでもが驚いた顔をして私を見ていた。

「それに話をしていただけなのは本当よ」
「ハナ、こんなやつ庇う必要はないんだ」
「いいえ、庇っていないわ。本当に――さあ、行きましょう、ジョージ」

 納得がいかない顔をしているジョージの背中を押して、私は無理矢理この場から離れることにした。マルフォイを見れば、不満そうな表情でこちらを睨みつけている。

「僕は君に庇われる必要はない」

 マルフォイの横を通り抜け物陰から出たところで彼は言った。

「誰の助けも必要ない。昔からそうだったように、今もこれからも――君も自分の心配だけしていたらどうだ? お前の本当の父親がもうすぐそこまできているぞ。アズカバンの囚人が――」

 一体、何のことだろうか。私がマルフォイを見ると彼はフンッと鼻で笑って医務室へと消えて行った。