The ghost of Ravenclaw - 067

9. 忍びの地図の行方



 新年度が始まって以来、なんだかんだと続いていた慌ただしい日々が落ち着いてくると、次第に嬉しいことも増えてくるようになった。中でも一番嬉しかったことはリーマスのD.A.D.Aの教師としての評価がぐんと上昇したことである。1週間も経つとどの寮のどの学年の子も一度はリーマスの授業を受けていたので、彼が私の保護者代わりだと知っている人達はこぞって私に授業の素晴らしさを教えてくれた。

「ハナ! 私達、今日やっとD.A.D.Aの授業だったの!」

 ハーマイオニーもその中の1人だった。
 木曜日の授業が終わり、図書室に向かっているところで出会したハーマイオニーは先程授業を終えたばかりだったのか興奮気味で、その瞳はキラキラ輝いている。一緒にいたロンもリーマスの授業は楽しかったようで、「僕達ついさっきルーピン先生の授業だったんだ!」と嬉しそうに教えてくれた。

 しかし、ハリーだけはどこか浮かない顔をしていて、私はもしかするとハリーもみんなの前ではボガートと対決させてもらえなかったのではないかと思った。リーマスはその理由を話しただろうか――あとでさりげなくフォローしておいた方がいいかもしれない。

「最初の授業ってことはボガートだったのね。どうだった?」

 ハリーのことは気掛かりだったけれど、リーマスが褒められるのは自分のことのように嬉しかった。ニッコリ微笑みながら訊ねると、今度はロンがハーマイオニー負けず劣らずの興奮っぷりで言った。

「それが、ネビルが凄かったんだ! スネイプが面白いのなんのって――」

 授業のことを思い出したのか、ロンはプッと吹き出した。

「ネビルはスネイプが怖かったからボガートはスネイプに変身したんだ。けど、そのスネイプ・ボガートが呪文を唱えた途端ネビルのおばあちゃんの格好になって――禿鷹の剥製がついてる帽子に、緑色の長いドレス、狐の毛皮の襟巻きに赤い大きなハンドバッグ姿のスネイプ! もう傑作だよ!」

 言い切るや否や耐えきれないとばかりに盛大に笑い出したロンにハーマイオニーが「笑ったら失礼よ、ロン!」と注意していたが、そのハーマイオニーの口許もニヤニヤとしていた。ネビルのお祖母さんの格好をしたスネイプ先生なんてシリウスが大喜びしそうだが、これは教えない方がいいだろう。そもそも私はスネイプ先生が教師をしていることをシリウスに話していないのだ。

「でも、私とハリーはボガートと対決出来なくてとても残念だったわ」

 本当に残念そうにハーマイオニーが言った。なんとハーマイオニーも対決させて貰えなかったらしい。恐らくハリーだけでは可哀想だと思ったリーマスが敢えてそうしたのだろう。ハーマイオニーを選んだのは、彼女がボガートと対決しなくても十分点数を取れると考えたからに違いない。

「私も授業の時にボガートとは対決出来なかったの」

 少し考えてから私は言った。まさか私もそうだとは思っていなかったようで、ハリー達は驚いた表情でこちらを見ている。

「私達が対決出来なかったのは、単に時間の問題もあるだろうけれど、ルーピン先生に何か考えがあったからに違いないわ。別に恐怖に勝てない臆病者だと考えたとかそういうことではないと思うから気にしないでね。もし、ボガートと対決したければ、声を掛けてみるといいかも。そうすれば、またボガートが見つかった時にきっと対決させてくれるわ」

 私の言葉にハーマイオニーは「なら今度頼んでみるわ!」とやる気出たようだったし、ハリーも少し元気が出たようだった。ハリーは「僕も機会があったら頼んでみるよ」と頷いた。

 どうやらハリー達も図書室に行く途中だったようで、私達は珍しく一緒に向かうことにした。廊下を歩きながら、すっかりリーマスのD.A.D.Aの授業がお気に入りになったロンが言う。

「あーあ、他の授業も同じくらい楽しかったらいいのに。魔法薬学なんて最悪だよ。スネイプは相変わらずだし、マルフォイが戻って来たんだ」
「あれから1週間よね。ようやく戻ってきたの?」
「そうなんだ。マルフォイのやつ、まだ腕を包帯でぐるぐる巻きにして、材料が扱えないからって僕やハリーに手伝わせたんだ」
「しかも、父親が理事会や魔法省に訴えたって言うんだ。だからあいつは怪我が長引いてるフリをしている」
「マルフォイはハグリッドを辞めさせようとしているのよ、ハナ。父親が魔法省の中でも影響力があるからって――」
「そんなことにはならないわ。私、貴方達から聞いた話をまとめて手紙を書いてダンブルドア先生に送ったの。きっと、ハグリッドが辞めなくて済むように取り計らってくださるわ」

 それからハリー達は魔法薬学での授業の様子を聞かせてくれた。スネイプ先生は縮み薬を上手く調合出来なかったネビルに話を聞いていないと辛く当たって、調合し直したものをネビルのペットのヒキガエルに飲ませると言ったり、ネビルを手伝ったハーマイオニーから5点減点したりしたらしい。

「それだけじゃないんだ」

 声を潜めてハリーが言った。

「マルフォイが授業の途中で僕に言ったんだ。ブラックについて――自分が僕の立場ならブラックを探しに行ってるだろうって。追い詰めて復讐してやりたいって」

 その時、廊下の先にパーキンソンを連れたマルフォイが通り掛かって、私達は話をやめた。マルフォイはベッタリと自分の傍らに張り付いているパーキンソンに大袈裟に痛がるフリをしながら私達の目の前を横切り、歩いて行く。向かっているのは医務室だろうか。あちらは、医務室がある方向だ。

「ああやって痛いフリをしてるんだ」

 ロンが顔をしかめて言った。

「ハリーにもデタラメを言ってバカなことをさせようとしたに違いないんだ。1年生の時からそうだった。決闘を申し込んだのに現れなかったり……」

 私はハリー達になんと言ったらいいのか分からず、黙りこくった。きっとマルフォイは、ハリーとシリウスの関係を知っているに違いない――今回ははっきりとは言わなかったようだけれど、もし今後ハリーが知ることになったらどうなるのだろう。嘘の情報を信じ、シリウスを恨むのだろうか。

 そう考えると急に胃がキリキリと痛むような気がして、私は無意識にお腹を抑えた。魔法界には胃薬はあるだろうか――先程マルフォイが医務室に向かって行ったことを考えながら私は思った。今行くとマルフォイと鉢合わせしてしまうかもしれないけれど、あれば分けて貰った方がいいかもしれない。少なくともこれに1年間耐えなくてはならないのだ。

「ごめんなさい、3人共」

 私は何気ないフリをして言った。

「私、図書室の前に行かなくちゃいけないところを思い出したの。またあとで会いましょう」