The ghost of Ravenclaw - 066

9. 忍びの地図の行方



 新年度が始まってから1週間が経過した。
 私は、朝は必要の部屋でポリジュース薬、日中は授業、夕方は宿題、夜はシリウスの元に通うという生活にようやく慣れてきたところで、最初のころに感じていた疲れも今ではほとんど感じなくなってきたように思う。同室の子達は朝から姿の見えない私のことを去年と同じようにランニングに行っているのだと思っているようで、毎朝寝室にいなくても誰も不審がらなかった。

 あれからシリウスとは、ふくろう通信販売のカタログの中から良さそうなものを選んでいろいろと注文した。食料に飲み物、ブレスレット、おまけにテントもだ。魔法界のテントは検知不可能拡大呪文が掛けられていて普通のテントと違って中がとても広く、まるで家のようになっているそうだ。ダンブルドア先生の金庫の中身をどんどん使ってしまうのはちょっと申し訳ない気もするけれど、これはもう出世払いしようと思う。今からいい就職先を探しておいた方がいいかもしれない。

 ブレスレットはユニセックスなデザインのものを選んだ。本革製でやや太めのベルトを模したデザインで、シルバーのプレートがあしらわれている。プレートは真っ新だけれど、届いたらこれに魔法を掛ける予定だ。シリウスが杖を5本入れようと提案してくれて、私はそれに手放しで賛成した。因みに私が濃紺のレザーベルトを選んで、シリウスは深紅である。

 前に話した忍びの地図のことは、このブレスレットが届いたら本格的に計画を立てることになっている。これで連絡を取り合いながら作戦を実行しよう、というわけだ。シリウス曰く、見張りなどをしてくれる協力者がいてくれた方が成功率が上がるらしいのだが、それは難しいだろう。

 そういえば、シリウスはまだクルックシャンクスを協力者にすることも諦めていないらしい。私が授業を受けている間にこっそり森の手前に出てきてはそれらしい猫を探しているようだ。これについては口を出さない約束をしてしまっているけれど、リーマスの授業の予定だけはシリウスに教えることにした。いくら犬の姿でも見られてしまえばリーマスにはすぐに分かるだろうからだ。

 リーマスといえば、ボガートのことがあった翌日は私のことを心配してお茶に誘ってくれたのだけれど、一晩経ったら落ち着いて今はとっても元気だと伝えたらホッとしたようだった。どうして落ち着いたのか理由をはっきりと言えなくて申し訳ない気持ちになったけれど、シリウスの無実を証明出来た時にはリーマスにも5本の杖の話をしようと思う。

 それからセドリックの誕生日が10月に迫ってきていた。ふくろう通信販売で選ぼうと思っていたので、一瞬シリウスに相談してみようかと考えたけれど、それはすぐに諦めることにした。なぜなら私がセドリックの話題を持ち出すと誰も彼もがニヤニヤ笑いをするからだ。シリウスにはセドリックの話をしたことはないけれど、彼の反応もおおよそ似たようなものに違いない。彼には初恋だのなんだのと言って私やジェームズを揶揄からかった前科があるのだ。

「またシリウス・ブラックだわ」

 新年度が始まってちょうど1週間後の木曜日の朝――日刊予言者新聞を届けてくれた配達ふくろうから新聞を受け取っていると、向かいの席に座っていたリサがうんざりしたように言った。見れば、一面には今日も今日とてシリウスの手配写真が載っている。手配写真のシリウスは今と比べると病的に痩せこけていて、私は折り畳まれた新聞を広げながら彼は随分健康的になったものだと思った。

「“シリウス・ブラック、マグルが目撃す”」

 目に飛び込んできた文字を私は淡々と読んだ。

「“9月8日の夜遅く、スコットランドのセントラル地方の中心都市であるスターリングにて、アズカバンから脱獄し逃亡中の凶悪殺人犯、シリウス・ブラックが目撃された。目撃したのはマグルの女性で、彼女はマグルが特設している捜査ホットラインに通報した。しかし、ホットライン経由で連絡を受けた闇祓いオーラー達が到着した時には現場はもぬけの殻で、ブラックは逃走したあとだった。マグルの女性は『手配写真で見るよりも遥かにハンサムで驚いたが間違いなくあれはブラックだった』と語っている。魔法省は引き続き逃げたブラックの足取りを追っている”」

 「手配写真で見るよりも遥かにハンサム」という部分に思わず笑いそうになるのを耐えながら読み切ると、同室の子達は誰もが不安気な顔をした。私はシリウスが無実だと知っているけれど、私以外の人々は凶悪犯が近くをウロウロしているとしか思えないのだから無理もない。スターリングといえば、ホグワーツの南にある都市で、ここからは少し離れているけれど十分離れているとも言い難かった。

 しかし、これは私とシリウスが立てた計画のうちの1つだった。この間話していた「わざとマグルの前に姿を現し、意図的にニュースにさせる」という作戦を実行したのだ。シリウスは久し振りに森から出られるとあって大張り切りで、帰ってきた時にはなんだか満足気だった。

「魔法省はどうしてブラックを捕まえられないのかしら」

 私の横から新聞を覗き込んでマンディが言った。

「いくら凶悪犯とはいえ相手は丸腰でしょ? 杖がなくても姿くらましは出来るから難しいのかしら……」

 周りを見れば、同じように日刊予言者新聞を読みながら何やら話をしている生徒の姿がところどころで見受けられた。全員ではないものの、私のように日刊予言者新聞を定期購読している生徒は何人かいるのだ。新聞を読んでいる全員が――いや、読んでいなくとも――シリウスが早く捕まればいいと思っているに違いない。

 うんざりしながら密かに溜息をつくと、不意にスリザリンのテーブルが目に入った。クラッブとゴイルが朝からモリモリと朝食を食べているのが見えたが、そこにはまだマルフォイの姿はなかった。実はあれから1週間もの間マルフォイは医務室に入院していたのだ。ハリーがなくなった骨を再生する時でもそんなに長くは入院していなかったにもかかわらず、だ。

 教職員テーブルの方を見るとハグリッドの席はまだ空席になっていて、私は複雑な気分になった。あんなに教師をすることに張り切っていたハグリッドは、あれ以来食事の席に顔を出さないままだった。こちらもまだまだいろいろ起こりそうだ――私はそう考えて、また1つ溜息を零したのだった。