The ghost of Ravenclaw - 062

8. キャビネットのボガート



 ダンブルドア先生からの手紙について話をすると、ハリーは3年生の中で1人だけホグズミードに行けないことが確定したことに落ち込んでいるようだった。本当はそうする必要はないのにと思うと、私はつい抜け道を教えてあげたくなる衝動に駆られたけれど、ぐっと堪えた。周りの人々がハリーに対して意地悪をしているのならまだしも、これはハリーの命を心配してのことだからだ。そんな心配してくれる人々の気持ちを無碍にしていいとは教えたくなかった。とはいえ、ジェームズはちょっとの冒険は必要だ、と教えそうだけれど。

 ハリーのホグズミード行きの許可が出なかったことにショックを受けていたのはハリーだけではなかった。シリウスは自分のせいでこうなってしまったとひどく落ち込んでいたし、今すぐにワームテールを捕まえられないことにもどかしさを感じているようだった。それでも少し落ち着いて物事を考えられているのは、空腹ではないからだろうか。飢えは身も心も蝕んでいくだろうから。

 月曜日の朝になると、ふくろう通信販売のカタログが届いた。カタログは結構な厚みがあり、パラパラと捲っただけでもさまざまなものが載っている。飲み物や食事、お菓子はもちろんのことプレゼントに良さそうなもの――私はシリウスと一緒に必要なものを選んだあとはセドリックへのプレゼントをこれで選ぼうと思う。実はもうすぐセドリックの誕生日なのだ。

 とはいえ、まずは授業である。私は届いたばかりのカタログを鞄の中に入れ、いつもより早めに1時間目の授業に向かった。月曜日の最初の授業は数占い学である。

 時間割表によると、数占い学の教室は7A教室で行われるらしかった。実はどの教室にも同じように数字とアルファベットを組み合わせた符号が振り分けられているのだけれど、これがまた曲者で、8階にある呪文学の教室は99教室というように、必ずしも数字と階数が一致するわけではない。

「7A教室がどこにあるのか誰かに聞いておけば良かったわ……セドリックは知っているだろうし、フレッドとジョージも知っていたかも。古代ルーン文字が他の子達と一緒だったから油断してたわ」

 私はキョロキョロと辺りを見渡した。誰かに聞こうにもどうしてだか近くに人はおらず、同室の子達も別の科目を選択しているので一緒ではなかった。1年生の時、こんなことがあると決まってどこからともなくひょっこりとフレッドとジョージが現れたものだけれど、流石に3年生にもなるとそれはすっかりなくなっていた。

 さて、どうしたものか――教室を確認しながら歩いていると前方にようやくゴーストを見つけて私は駆け寄った。あれはレイブンクロー寮憑きの灰色のレディだ。

「ご機嫌よう、レディ。会えて嬉しいわ」

 声を掛けると、灰色のレディの勝ち気な視線がこちらに向いた。それに合わせてレディの腰まで届かんばかりの長い髪と、同じく足首まである長いローブがふわりと動く。彼女は、生徒達はもちろんのこと他のゴースト達ともあまり会話をしない人なのだけれど、レイブンクロー生にだけは親切でこうして迷っている時には道案内をしてくれたりするのだ。

「私、教室がどこだか分からなくて、とっても困っていたの。7A教室がどこにあるのか知らないかしら? 数占い学の授業があるの」
「その教室なら3階です」

 レディが静かに答えた。

「職員室や闇の魔術に対する防衛術の教室のすぐ近くです。行けばすぐに分かるでしょう」

 レディはそれだけ言うとこれ以上話すことはないとばかりに近くの壁を通り抜けてどこかへ行ってしまった。私はレディに声が届かなくなる前にお礼を言わなければと慌てて大声で「ありがとう、レディ!」と言うと早足で3階へと向かった。7A教室なのに3階にあるとは詐欺である。

 数占い学が行われる7A教室は、壁にさまざまな数列が描かれた一風変わったところだった。机と椅子はもちろんのこと、教室の中にあるものすべてが規則正しく並べられている。きっときっちりした先生なのだろう。席には既に何人かのレイブンクロー生達が座っていて、私は空いている席に腰掛けると先生が来るのを待った。

「皆さん、ご機嫌よう」

 やがて、始業時間になると深紅のローブに身を包んだ老齢の魔女がやってきて黒板の前に立った。彼女はローブと同じ色の深紅の山高帽子を被っている。

「私がこれから皆さんに数占い学を教えるセプティマ・ベクトルです。数占い学――数秘学とも呼ばれますが――その本質は世間一般的に知られる“占い”とは異なります。数占い学は相談者の性格を当てたり、相性を見たり、未来を予測したり、運命を断定したりするためのものではありません。では、数占い学とは、一体何か。分かる人は?」

 ベクトル先生がそう言って教室を見渡したが誰も手を挙げる人はいないようだった。私がスッと手を挙げるとベクトル先生がこちらを向いて「では、ミス・ミズマチ」と私を指名した。

「数占い学とは、万物の根源は数であるという考え方のもと、あらゆる事象を“数”から読み解いていこうとする学問です。人間を“数”から読み解くこともするのでしばしば占いと混同されがちですが、数占い学はあくまで知恵とされ、それをいかに活用していくかが重要となります」
「大変よろしい。レイブンクローに2点」

 数占い学では、クリスマス休暇までの秋学期は歴史をしっかりと学び、春学期からは1から9までの数字が持つ性格について、復活祭イースター休暇明けからの夏学期は実際に数字を使って読み解く方法を学ぶとのことだった。ホグワーツで学ぶ科目でいくと変身術が魔法を扱うのに結構理論的だけれど、数占いもその理論的な学問の1つと言えるようだった。難しいだろうけれど、やりがいがありそうである。

 数占い学の成り立ちをしっかりと学んだあとは、待ちに待ったリーマスのD.A.D.Aの授業だった。3年生の授業であるものを探していると言っていたけれど、果たしてどんな授業をするのだろうか――ワクワクしながらD.A.D.Aの教室へ向かうとリーマスは既に教室の中で私達が来るのを待っていた。思わずニッコリして駆け寄ると、私が来たことに気付いたリーマスもニッコリと微笑んだ。

「こんにちは、ルーピン先生!」
「やあ、ハナ。選択科目はどうだったかな。確か1時間目は数占い学だっただろう?」
「とっても面白そうな科目だったわ。でも、貴方のD.A.D.Aの授業の方がもーっと楽しみだわ。探しているものは見つかった?」
「ああ。昨日の夜なんとかね。空き教室のキャビネットの中にいるところを発見したんだ。だから今日は実地練習にする予定だよ。杖さえあればいい」
「楽しみだわ。早く始業時間にならないかしら」
「あと5分だ。さあ、席に座って――」

 ウキウキしているのが伝わったのだろう。おかしそうに笑うリーマスにそう促されると、私は教室の一番前の席に陣取った。そんな私を見てリーマスが更に笑うとこっそりこちらに顔を近付け、

「一度の贔屓は許されるだろう――やる気に満ちているレイブンクロー生に3点」

 悪戯っ子のようにそう言ったのだった。