The ghost of Ravenclaw - 061

8. キャビネットのボガート



 9月最初の週末は慌ただしく過ぎていった。
 まず土曜日は、朝早くにふくろう小屋へ行くところから始まった。そこでダンブルドア先生とふくろう通信販売のカタログを注文する手紙を出し、朝食を食べたあと、例年通り図書室にこもって宿題をこなし、昼食を挟んでまた宿題をした。

 シリウスに会いに行ったのは就寝時間を過ぎてからだった。私は眠るフリをして寝室へ向かい、夕食の時にこっそり持ち出していた食事を持って窓から森へと向かった。窓の鍵さえ開けておけばこっそり出入り出来るので、鷲の姿はとても便利だと言えた。

 シリウスとは、クルックシャンクスの件についてもう一度よく話し合うことになった。シリウスは私が渋っていることが理解出来ないようで、いい顔をしなかった。「ワームテールが具体的にグリフィンドール寮内のどこにいるのかもはっきりと分からない私達には猫の力が必要だ。最終的にワームテールを捕まえられるのなら、その過程で子ども達が喧嘩になることはある程度無視するべきだ。そこまで構っていられない」というのがシリウスの主張である。

 この件について私は危うくシリウスと大喧嘩しそうになったのだけれど、最終的に「私が直接手引きしない代わりに、シリウスが偶然クルックシャンクスと出会ったらどう行動しようと文句は言わない」という条件でお互い納得した。私達が目指す未来への本当の「近道」とは、私が完全にシリウスに口出しもせず手助けもしないことだとお互い考えたのだ。

 ただこれではこれまでの2年間のように運任せになってしまうので、1年を掛けて計画的にワームテールを追い込む必要があるだろうと私達は話し合った。そこで手始めに、シリウスが確実にホグワーツに近付いているということを日刊予言者新聞を通じて知らせてみるのはどうか、ということになった。シリウスがわざとマグルの前に姿を現し、意図的にニュースにさせるのである。シリウスがホグワーツから離れた場所で目撃されることでハリーのホグズミード行きが許可されることはないだろうが、ワームテールには十分影響を与えられるだろうというのが私達の考えだった。

 話し合いの中で、私は忍びの地図の在処についてもようやく確認することが出来た。シリウス曰く地図はもしかするとホグワーツに通うことになるかもしれないからと、元々私のために残しておくつもりで、ホグワーツの卒業後はメアリルボーンの自宅のリビングにあった木箱の中に入れる予定だったらしい。それがちょっとしたミスをしてしまい、卒業を間近に控えたころ、地図を見てしまったスネイプ先生に告げ口され、フィルチさんに奪われてしまったのだそうだ。

「それじゃ、フィルチさんの事務室にあるの?」

 その因縁の相手が今ホグワーツで魔法薬学の先生をしていることは聞かれるまで教えない方がいいかもしれない。シリウスが心底嫌そうな表情をするのを思い浮かべながら私は訊ねた。

「奴が捨てていなければあるいは――私とジェームズが最後に確認した時は書類棚の中にある“没収品・特に危険”と書かれた引き出しに入れられていた。取り戻そうとしたんだが失敗に終わったんだ。フィルチは私達が取り戻すことを分かっていて没収品を徹底的に守ったんだ。再度挑戦しようかとも思ったんだが、私達は当時そればかりを考えている余裕がなかった。ヴォルデモートの存在があったからね。それで、結局諦めることにしたんだ」
「それ、まだあるのか確認する必要があるわね。貴方達が作ったものだもの。私、取り返したいわ」
「私もその意見には賛成だが、問題は君1人でそれをやらなければならないということだ」

 少しだけ心配そうにしながらシリウスが言った。

「フィルチに見つかれば罰則が待っている。それに、そのことがリーマスの耳に入るのもマズイ。リーマスは君が何のためにフィルチの事務室に忍び込んだのか、すぐに気付くだろう」
「そうね……計画を練りましょう」
「ああ。なるべく君が見つからなくて済むようにしよう」

 気が付けば随分と遅い時間になっていたので、忍びの地図については日を改めて計画を練ろうということになり、その日は解散となった。シリウスの言うように、リーマスに黙って計画を進めるのなら確実に誰にも見つからないように行動しなければならないだろう。バレたら問い詰められることは必至である。

 日曜日になると、今度は早朝から必要の部屋にこもり、私は早速ポリジュース薬の調合に取り掛かった。付きっきりになる必要はないけれど、これからは定期的に様子を見にいかなければならない。まずしなければならないことは、クサカゲロウを21日間煮込むことだ。この21日間煮込む作業があるのでポリジュース薬は制作に1ヶ月を要するのだ。

 材料は、夏休みの間に購入していたものを使う予定だった。他にも、必要の部屋にはある程度の材料が揃っていたので、入手に困ることはなさそうだった。うっかりしていたのだけれど、あの部屋には元々様々な材料が置かれていたのだ。お陰で難しくない魔法薬ならある程度調合が可能なようだった。因みに何もかも同時に進行するのは難しいだろうと言うことで、目くらまし術と守護霊の呪文は、ポリジュース薬が完成してから練習する予定となっている。

 1日中大鍋の前に座っていると、あっという間に夕方になった。時間が経過するのは恐ろしく早いものである。これからは毎朝早くに鍋の様子を見にいかなければならないと考えつつ夕食のために大広間に行くと、席に着いたところでダンブルドア先生から昨日の手紙についての返信が届いた。手紙にはハグリッドの授業の様子をまとめたことに対するお礼と共に、一言だけハリーにホグズミード行きの許可は与えられない旨が書かれていた。やはり、そう簡単に許可は下りないらしい。

 ダンブルドア先生がシリウスに対してどう考えているにせよ、イギリス魔法界全体が「シリウス・ブラックはハリー・ポッターの命を狙っている」と考えている今、ハリーは自由に出歩くべきではないと考えていることは明らかだった。つまり、ハリーをホグズミードに行かせたいのであれば、シリウスの無罪を証明しなさい、ということである。

 分かりきったことだったとはいえ、この結果にきっとハリーは落ち込んでしまうだろう――私は落ち込むハリーを想像して、真実を言えないもどかしさに1人溜息をついたのだった。