The ghost of Ravenclaw - 058

8. キャビネットのボガート



 9月3日の朝も私は誰よりも早くに目を覚ました。
 2日連続でいろんなことが起こったせいでなんだか完全に疲れが取れていない気がしたけれど、シリウスを飢えさせるわけにはいかない。私はまだ眠っている同室の子達を起こさないように気をつけながら起き上がると、いつものルーティンをこなし、着替えを済ませ、ローブのポケットにお菓子を大量に詰めてから寝室の窓から飛び出した。

 一般的にどんな動物に変身するのか選べないとされる動物もどきアニメーガスで、私が鷲になれたことは本当に幸運だと言えた。鷲の姿であれば誰にも見つからずに寮の部屋から外に出ることが出来るし、森に隠れているシリウスを上空から探すことも出来る。それに何より私は風を切って飛ぶのが気に入っていた。

 禁じられた森に向かって飛んでいると、ハグリッドの小屋には既に明かりがついていた。昨日あんなことが起こってゆっくり寝ていられなかったのかもしれない。私は小屋の上空を通り過ぎ、森の奥へと進んでいきながら、ハグリッドが無事に教師を続けられることを祈ったけれど、マルフォイ父子が黙っていないことは明らかだった。息子の方は怪我をしたことを大袈裟に訴えるだろうし、父親であるルシウス・マルフォイもそれに便乗するに違いない。昨年度の学年末に受けた屈辱を晴らす機会がやってきたのだ。みすみす逃したりはしないだろう。

 ハグリッドの小屋を通り過ぎてから間もなく、昨日シリウスを見つけた辺りにやって来ると黒い犬がこちらを見上げて座っているのが見えた。どうやら待っていてくれたらしい。私はひと鳴きするとゆっくりと高度を下げていき、地上に降り立つ寸前で元の姿に戻った。

「やはり君だったか」

 地面に降り立つなり、同じように元の姿に戻ったシリウスが言った。

「小型の鷲が飛んでるからハナじゃないかと思って見ていたんだ。けど、やはりふくろう以外の連絡手段が必要だな。遠くからだと普通の鳥なのかハナなのかさっぱり分からない」
「魔法族の連絡手段ってどんなものがあるのかしら。ふくろうと……あとは暖炉に首を突っ込んだり……」
「昨日話したパトローナスも連絡手段の1つになる。それから、私とジェームズは学生時代、鏡を使って連絡を取り合っていた。両面鏡という手鏡の形をした魔法道具なんだが、対になっていて、顔を見ながら話が出来る」
「それ、白雪姫に出てくる魔法の鏡みたいだわ!」
「白雪姫?」
「マグルのおとぎ話よ。とっても有名なの」

 話をしながらシリウスが手早くレジャーシートを広げてくれ、私はその左端に座るとシートの上に持ってきていたお菓子を全部出した。マグルのお菓子から汽車の中で買ったお菓子まで、さまざまだ。本当は今日も厨房に行きたかったのだけれど、流石に頻繁に忍び込むと怪しまれるので今日はお菓子である。本当は温かい食事を食べたいだろうにシリウスは何も文句を言わず「ありがとう、助かるよ」と言って、それらを巾着袋の中に全部仕舞い込むと、代わりにサンドイッチを取り出して食べ始めた。どうやら昨日の分を1つ残していたらしい。

「鏡は今、手元にないが、他にも物に魔法を掛けて連絡手段に使えたりもする。組織にはよくある連絡手段だ」
「それって具体的にはどんな物を使うの?」
「いろいろだ。でも、大抵は持っていてもおかしくないものにする。コインやペン、指輪やブレスレットなどのアクセサリーだったり……同じ魔法を掛けた物すべてに一斉に連絡が行くようにする。中にはただ熱を持たせて招集を知らせるだけのものもあるが、変幻自在術を応用すれば、もっといろんな情報を使えるようになる」
「日付や時間、場所だったりを表示出来るようになるのね?」
「そうだ。細かなやり取りをするならブレスレットがいいだろう。長文のやり取りも出来る」

 話し合った結果、ブレスレットに魔法を掛けて連絡を取り合うのが一番いいだろうということになった。とはいえすぐにブレスレットが手に入るわけではないので、これは通信販売で手に入れようということになった。魔法界にも通信販売というものがあり、日刊予言者新聞に広告が出ているのだ。

「通信販売では食べ物も買いましょう。いつも食べ物を持ち出せるとは限らないし、もしかすると来られない日があるかもしれないもの。昨日もいろいろあったのよ。ハグリッドの初授業でマルフォイ家の子が怪我をしちゃって……」
「ハグリッドの初授業?」
「ハグリッドは今年から魔法生物飼育学の教師になったのよ」

 それから私はシリウスに昨日の午後に起こった出来事を話して聞かせた。シリウスはマルフォイの行動に「いつの時代もスリザリン生は陰湿だ」と言って嫌悪感を示していたし、怪我が疼くと言っているのもやはり嘘だろうと話した。けれども同時に思っていた以上にハリーの行動が制限されてしまっていることも知り、シリウスは申し訳なさそうにしていた。

「そうか、あの子は――ハリーは私のせいでホグズミードにも行けないのか……」

 落ち込んだ様子でシリウスは呟いた。

「何とかしてやりたいが……」
「難しいでしょうね。ハリーと約束をしているから、一応ダンブルドア先生に訊いてみるつもりではいるんだけれど、貴方がハリーを狙っていないと証明出来ないことには許可はされないと思うわ」
「それは難題だな……私が直々にハリーを狙っていないと宣言しても、君以外は誰も信じはしないだろう。ホグワーツから離れた場所で一度目撃されてみるのはどうだろうか」

 シリウスが狙っているのはハリーではないと知っている身としては、ハリーに堂々とホグズミードを楽しんでもらいたいのは山々だが、今年度はどうしたって難しいのは明らかだった。シリウスがどう行動しようと、みんながシリウスはハリーを狙っていると思って行動を制限したがるだろうからだ。私は少し考えながら「いい案とは言い難いわね」と返した。

「ワームテールを捕まえて貴方の無実を証明しないことには、ハリーはずっとこのままだと思うわ」
「じゃあ、今すぐ捕まえよう」

 一瞬にして灰色の瞳をギラつかせながらシリウスは急いたように言った。あまりに強く握り締められた拳は指先が白くなっている。

「捕まえて八つ裂きにしてやればいい――あいつが今までハリーのそばでぬくぬくと暮らしていたのかと思うと私は気が狂いそうだ」

 私はシリウスになんと声を掛けていいのか思わず迷った。今すぐにでもシリウスの無実を証明したいのに出来ないことがもどかしくて、私はただ握り締められた拳に手を重ねた。

「シリウス、貴方は1人ではないわ」

 慎重に言葉を選びながら私は言った。

「貴方を決して1人で戦わせたりはしない。私が知っていることを出来るだけ詳しく話すわ。だから、作戦を立てましょう。そして必ず、ピーター――ワームテールを追い詰めるのよ」

 それから私は知り得る限りのことをシリウスに話して聞かせた。まず一番重要なのはワームテールを捕まえるチャンスがやってくるのは、今から約9ヶ月後となる6月の満月の日だということだ。ロンがワームテールを連れて校庭にいるところをシリウスが見つけて、犬の姿になってロンごとワームテールを暴れ柳の下に引き摺り込み、叫びの屋敷に連れて行くのだ。

「6月の満月の日か――それが確実なんだな?」

 話を聞いたシリウスは9ヶ月も待たなければならないことにもどかしそうな表情をしつつ言った。

「そこまで待たなければならないわ。シリウス、私達は6月の満月のその日、必ずそういう状況になるように仕組まなければならない」
「なら、君はある程度私の好きにさせなければならないな」

 すかさずシリウスが言った。

「それが一番の近道だと、賢い君になら分かるだろう」