The ghost of Ravenclaw - 056

7. 新年度のはじまり

――Harry――



 マルフォイ、クラッブ、ゴイルのことが気になりながらも、ハリーはハグリッドの話をよく聞こうとした。まず、誇り高いヒッポグリフを相手にする時には必ず、ヒッポグリフの方が先に動くのを待つのだそうだ。ヒッポグリフのそばまで歩いて行き、それからお辞儀をし、相手の反応を待つ。お辞儀を返して貰えたら触ってもいいという合図で、もし返されなかった時は素早く離れなければならない。

「よーし――誰が一番乗りだ?」

 ハグリッドが訊ねると、みんなヒッポグリフが怖いのか後退りした。ハリーとロン、ハーマイオニーではえ、ヒッポグリフを相手にするのは難しいのではないかと思った。なぜならヒッポグリフは繋がれているのが気に入らず、首を振りたて、羽をバタつかせて暴れていたからだ。

 しかし、このままではハグリッドの初めての授業が失敗に終わってしまう――ハリーはそう考えると「僕、やるよ」と言って前に進み出た。途端にラベンダーとパーバティが「お茶の葉を忘れたの!?」と囁いたが、ハリーは聞こえないフリをして、放牧場の柵を乗り越えた。

「偉いぞ、ハリー! よーし、そんじゃ――バックビークとやってみよう」

 ハリーが放牧場の中へ入ると、ハグリッドはそう言って柵に繋いでいた鎖を1本だけ解き、灰色のヒッポグリフを群れの中から連れ出した。バックビークと呼ばれた灰色のヒッポグリフは、ハリーの目の前までやって来ると革の首輪も外され、ハリーと少し距離を置いて向かい合った。オレンジ色の猛々しい瞳がハリーを睨みつけている。

「さあ、落ち着け、ハリー。目を逸らすなよ。なるべく瞬きするな――ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな……」

 言われた通り、ハリーは瞬きしそうになるのを耐えながらバックビークを見つめた。それからハグリッドに促され軽くお辞儀をすると、目線だけを上に向け、再びバックビークを見た。バックビークはお辞儀を返す気配がなく、未だにハリーを睨んだままだった。

 そんなハリーの様子をクラスの全員がハラハラしながら見守っていた。グリフィンドールの何人かはハリーが今にもヒッポグリフに殺されてしまうのではないかという様子で息を止めていたが、視界の隅でマルフォイ達は意地悪く目を細めていた。きっとハリーが失敗すればいいとでも思っているのだろう。ハリーはマルフォイにバカにされるのを想像して、そんなことには絶対なって欲しくないと思ったが、バックビークはまだ動かなかった。開きっぱなしの目が乾燥してどうにも痛い――いや、我慢だ。瞬きはしないぞ。

 しばらくすると、ハグリッドが心配そうな声を出した。

「あー。よーし――さがって、ハリー。ゆっくりだ――」

 バックビークがなかなかお辞儀を返してくれなかったので、もうダメだと思ったのだろう。ハグリッドはそう言ってハリーに下がるよう促したが、ちょうどその時、どういう訳か突然バックビークが鱗に覆われた前脚を折った。その仕草はまるでお辞儀をしているかのようだ。

「やったぞ、ハリー!」

 一転して、ハグリッドが大喜びで声を上げた。

「よーし――触ってもええぞ! 嘴を撫ぜてやれ、ほれ!」

 ハリーは威厳たっぷりに自分を睨みつけていたバックビークを撫でるのはちょっと気が引けたが、ハグリッドに促されるままにバックビークに歩み寄り嘴を撫でた。何度か撫でてやると先程睨みつけていたのが嘘のようにバックビークは大人しく撫でられている。これは成功と言っていいのではないだろうか。全員が拍手をする中、ひどくガッカリしたようでこちらを見ているマルフォイとクラッブ、ゴイルの3人を見てハリーは思った。

 それから、ハリーは嘴を撫でるばかりかバックビークの背中に乗り、放牧場の上空を一周することにも成功した。どこに掴まればいいのかもわからなかったし、すぐそばで大きな翼が羽撃はばたくので快適とは言えず、乗り心地は圧倒的にニンバス2000の方が良かったが、ハリーが空から戻るとマルフォイ達以外は歓声を上げて出迎えてくれた。

 ヒッポグリフを怖がっていた生徒達もハリーが無事に成功を収めると、きちんと言われた通りにすれば怖い生き物ではないと理解したのか、恐る恐る放牧場に入ってきて解き放たれたヒッポグリフ達を相手に各々お辞儀を始めた。ネビルはヒッポグリフがなかなかお辞儀をしないので何度も逃げる羽目になったが、ロンとハーマイオニーは栗毛のヒッポグリフを、マルフォイ達はバックビークを撫でることに成功した。

「簡単じゃあないか」

 マルフォイが尊大な態度でハリーに聞こえるようにバックビークに話しかけた。

「ポッターに出来るんだ、簡単に違いないと思ったよ。……お前、全然危険なんかじゃないなぁ? そうだろう? 醜いデカブツの野獣君」

 最初に侮辱してはならないと説明があったはずなのに――マルフォイの言葉にハリーだけでなく他の生徒達もハッとして振り向いた。その瞬間、ハリーは一瞬だけ鋼色の鉤爪が光ったのを見た気がしたが、一体何が起こったのかさっぱり分からなかった。気が付いた時にはマルフォイは悲鳴を上げ、ハグリッドが暴れるバックビークに首輪をつけようと格闘しているところだったからだ。

 クラスは騒然となっていた。マルフォイの方を見るとローブが見る見るうちに血に染まっていくのが分かって、それを見た女子生徒の誰かが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。

「死んじゃう!」

 襲われないように地面に蹲りながら、マルフォイが叫んだ。

「僕、死んじゃう。見てよ! あいつ、僕を殺した!」

 あれこれ喚いているマルフォイが死んでいないことは明らかだったが、それでもなんとか成功しそうだった授業が失敗に終わったことは明らかだった。折角のハグリッドの初授業をマルフォイが台無しにしたのだ。授業は中止だった。

 ハグリッドはバックビークになんとか首輪をつけ鎖に繋ぐと、蒼白になってマルフォイを抱え上げて大急ぎで城へと走って行った。残された生徒達はこの事態にとてもショックを受け、ほとんどの人達がトボトボとハグリッドのあとを追って城へと歩いたが、スリザリン生達はしきりにハグリッドの悪口を言っていた。

 真っ直ぐに医務室に向かったハグリッドやマルフォイがどうなったのか、ハリーは分からなかったが、マルフォイの怪我だけはマダム・ポンフリーが綺麗に治してくれると分かっていた。なぜなら、もっとひどい怪我をマダム・ポンフリーに治してもらったことがあるからだ。骨を生やすことに比べたら、あんな傷なんてことはないだろう。

 しかし、最初の授業でこんなことが起こって果たしてハグリッドが大丈夫なのか心配だった。授業で生徒が怪我をしてしまったことは明らかに問題だからだ。この事態にロンとハーマイオニーも口論をしていたことをすっかり忘れてハグリッドを心配していて、ハリー達は夕食の時に様子を見てみようと話し合い、時間になると早めに大広間に向かったが、そこにハグリッドの姿はなかったのだった。