The ghost of Ravenclaw - 055

7. 新年度のはじまり

――Harry――



 昼食が終わると、ハリーは魔法生物飼育学の授業を受けるために校庭へと出た。もちろん、同じく魔法生物飼育学を選択しているロンとハーマイオニーも一緒だったが、2人はまだ喧嘩していて口を聞いていなかった。ハリーは一刻も早く死神犬グリムなんて忘れたかったが、どうやら2人は忘れるつもりはないらしい。

 そんなわけでハリーも黙って2人の脇を歩き、禁じられた森の端にあるハグリッドの小屋を目指した。魔法生物飼育学の先生は今年度からハグリッドになったので、授業の集合場所はハグリッドの小屋の前になっているのだ。しかも、ハリー達の授業がハグリッドの初授業らしい。

 ハリーはハグリッドに先生としていいスタートを切らせてあげたかったが、校庭を横切っている時に嫌というほど見覚えのある3人の背中を見つけて自分の不運さを嘆いた。なんと、マルフォイ、クラッブ、ゴイルがハリー達の少し先を歩いているのだ。ハリーは知らなかったが、どうやら魔法生物飼育学はスリザリンとの合同授業らしい。

 小屋が近付いてくると、マルフォイ達の背中越しに既に外で待っているハグリッドの姿が見えた。モールスキンのオーバーを着込み、足元にはボアハウンド犬のファングを従えている。どうやら授業をするのが楽しみなようで、ウズウズとした様子だ。

「さあ、急げ。早く来いや!」

 生徒達が近付いてくるのが見えるとハグリッドが呼び掛けた。

「今日はみんなにいいもんがあるぞ! 凄い授業だぞ! みんな来たか? よーし。ついてこいや!」

 全員が集まったのを確認すると、ハグリッドはハリー達を引率して森の縁に沿ってどんどん歩き始めた。ハリーは一瞬森の中に入るのではないかと心配になったが、辿り着いた場所は柵に囲われた放牧場のような場所だった。ハリーも初めて来る場所だ。

 放牧場にはまだ何の魔法生物もいなかった。もしかしたらこれから連れて来るのかもしれない。凄い授業だと言っていたけれど、一体どんな授業をするつもりなのだろう――そう思いながら、ハリーは他の生徒達と共に柵の手前までやって来たが、ここで早速問題が発生した。ハグリッドが教科書を開くように言ったのだ。

 魔法生物飼育学の教科書といえば、ハリーが誕生日プレゼントに貰った『怪物的な怪物の本』である。スマートな緑の表紙をしているが、動くし噛み付く厄介な本でハリーは一度も開いたことがなかった。それは他の人達も同じようで、ハリーのようにベルトを巻いている人や紐でぐるぐる巻きにして縛っている人、他にも袋に入れていたり、大きなクリップで挟んでいる人もいたりした。

 この事実にハグリッドはガックリときたようだった。まさか誰も正しい開き方を知らないなんて思いもしなかったのだろう。ハグリッドは「撫ぜりゃー良かったんだ」と言って、スペロテープでぐるぐる巻きにしてあったハーマイオニーの教科書を手に取ると背表紙を撫でて見本を見せてくれた。

「ああ、僕達って、みんな、なんて愚かだったんだろう!」

 マルフォイが鼻で笑いながら大袈裟な口調で言った。

「撫ぜりゃーよかったんだ! どうして思いつかなかったのかねぇ! 僕達の手を噛み切ろうとする本を持たせるなんて、まったくユーモアたっぷりだ!」

 ハグリッドの初授業を成功させてあげたいハリーに対し、マルフォイはぶち壊したいように見えた。ハリーはそうはさせまいとすかさず「黙れ、マルフォイ」とマルフォイを睨みつけたが、ハグリッドはすっかり自信を失くしたようだった。

「えーと、そんじゃ」

 明らかに元気のない様子でハグリッドが言った。どうやらマルフォイの言葉に動揺して段取りを忘れてしまったらしい。

「そんで……えーと、教科書はある、と。そいで……えーと……こんだぁ、魔法生物が必要だ。ウン。そんじゃ、俺が連れてくる。待っとれよ……」

 なんとか段取りを思い出したハグリッドが魔法生物を連れて来るために森の中へと入っていくと、マルフォイがこれ見よがしに「まったく、この学校はどうなってるんだろうねぇ」と冷ややかな声を出した。ハリーはもう一度「黙れ、マルフォイ」と睨みつけたが、マルフォイは意地悪く鼻で笑っただけだった。

 やがてハグリッドが奇妙な生き物を何頭も引き連れて森の中から戻って来た。下半身は馬で、上半身は鳥のようになっている不思議な生き物だ。鋭い鋼色の嘴に、大きなオレンジ色の目はギラギラとしている。前脚の鉤爪は大きくて、なんでも切り裂いてしまいそうだった。

 半鳥半馬の生き物は、どうやらホグワーツで飼育されているらしかった。その証拠にどの生き物も分厚い革の首輪をしていて、鎖で繋がれている。普通の大きさの人なら何本もの鎖を纏めて持つのは大変だろうが、ハグリッドはその大きな手で鎖の端を全部纏めて握っていた。半鳥半馬の生き物の後ろから駆け足で放牧場に戻ってくる。

「ヒッポグリフだ!」

 ハグリッドはハリー達の方へと怪獣を追いやり、鎖を柵に繋ぐと言った。

「美しかろう、え?」

 初めて見る半鳥半馬の生き物に、みんな怖がって後退りしていたが、よくよく見てみると、確かにヒッポグリフは美しかった。羽毛から馬毛へと変わっていくところなんて素晴らしいし、灰色や赤銅色、栗色、漆黒などそれぞれ色が違うのも見どころだ。

「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねえことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対、侮辱してはなんねぇ。そんなことをしてみろ、その行いがお前さん達の最後の行いになるかもしんねぇぞ」

 ハリーがチラリとマルフォイ達を見ると、彼らはハグリッドの話を聞きもせず、何やらひそひそと話し込んでいた。なんだか悪巧みをしているような顔だ。ハリーはマルフォイ達がこれ以上ハグリッドの授業をぶち壊しにしないよう、密かに祈ったのだった。