The ghost of Ravenclaw - 054

7. 新年度のはじまり

――Harry――



 占い学の次はマクゴナガル先生の変身術の授業だった。ハリー、ロン、ハーマイオニーは無言で梯子を下り、螺旋階段も下りていくと、変身術の教室まで急いだ。慣れない北塔から向かったので、途中また道に迷って、占い学の授業が早めに終わった割には変身術の教室に着いたのはギリギリだった。

 教室に入るとそこには早々と授業の準備を終えてチャイムが鳴るのを待っているマクゴナガル先生や占い学以外の授業を選択したグリフィンドール生達の姿があった。ハリーはロンやハーマイオニーと一緒に運良く空いていた一番後ろの席を選んだが、席に向かう途中も座ってからもグリフィンドール生全員から注目を浴びているような気がした。

 そんなハリーにとって居心地の悪い雰囲気中、変身術の授業は始まった。3年生で最初に学ぶのは「動物もどきアニメーガス」についてである。これは自由に動物に変身出来る魔法族のことを指す言葉で、変身呪文で動物に変身するのとは厳密にいうと違うらしい。

 説明のあと、動物もどきアニメーガスであるマクゴナガル先生がトラ猫に変身する様子を見せてくれたけれど、ハリーにそれを見る余裕はまったくなかった。なぜなら、授業が始まったというのに、今にもハリーがバッタリ倒れて死ぬのではないかとみんながチラチラ振り返るからだ。

「まったく、今日はみんなどうしたんですか?」

 流石にマクゴナガル先生もこれは変だと思ったらしい。マクゴナガル先生はポンッという軽い音と共に元の姿に戻ると、教室中を見渡した。

「別にかまいませんが、わたくしの変身がクラスの拍手を浴びなかったのはこれが初めてです」

 みんなが一斉にハリーの方を振り向いたが、誰も何も言おうとはしなかった。すると、ハーマイオニーが手を挙げた。

「先生、私達、占い学の最初の授業を受けてきたばかりなんです。お茶の葉を読んで、それで――」
「ああ、そういうことですか」

 皆まで言わないうちにマクゴナガル先生は不快だと言わんばかりに顔をしかめた。どうやらマクゴナガル先生には聞かなくても何があったのかが分かるらしい。その証拠に先生は「今年は一体誰が死ぬことになったのですか?」とクラスを見渡して訊ねた。

「僕です」

 渋々ハリーが答えた。すると、マクゴナガル先生はキラリと目を光らせハリーを見据えると「トレローニー先生が死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎える時のあの方のお気に入りの流儀」だとはっきりとした口調で答えた。なんでも着任してからというもの、1年に1人の生徒の死を予言しているらしいが、未だに誰も死んではいないらしい。

「占い学というのは魔法の中でも一番不正確な分野の1つです」

 鼻の穴を大きく膨らませながらマクゴナガル先生は言った。

「わたくしがあの分野に関しては忍耐強くないということを、皆さんに隠すつもりはありません。真の予言者は滅多にいません。そしてトレローニー先生は……」

 マクゴナガル先生はそれ以上何も言わなかったけれど、ハリーには何が言いたいのかはっきりと分かった(「トレローニー先生は真の予言者ではありません……」)。

「ポッター、わたくしの見るところ、貴方は健康そのものです。ですから、今日の宿題を免除したりいたしませんからそのつもりで。ただし、もし貴方が死んだら、提出しなくても結構です」

 マクゴナガル先生が大真面目にそう言うと、ハーマイオニーはプッと吹き出したし、ハリーもちょっぴり気分が軽くなった気がした。そもそも、紅茶の残滓ざんしごときに恐れを成すなんてバカバカしいのだ。それにハナもフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に行った時に言っていたけれど、黒い犬なんて珍しくない。大きい犬種だっているが、あれらはすべて死神犬グリムではない。

 変身術の授業が終わると、ハリーと同じように気分の軽くなったグリフィンドール生達がガヤガヤと昼食を摂るために大広間へと向かって行ったが、みんなが心配しなくなったわけではなかった。ロンはまだ元気がなかったし、ラベンダーもトレローニー先生がネビルのカップを言い当てたのを引き合いに出し、本当にデタラメなのかと囁いていた。

 ハーマイオニーが「マクゴナガル先生の仰ったこと、聞いたでしょう」と励ますように言っても、ロンは元気がないままだった。大広間に辿り着き、美味しそうな昼食を前にしてもロンは食べる気になれないようで、小皿に取り分けフォークを手にしたものの、一切口をつけようとはしなかった。

「ハリー、君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりしなかったよね?」

 フォークを持ったまま、小皿に取り分けた料理を見つめロンが深刻そうな顔で訊ねた。ハリーはあれはどこにでもいるただの黒い犬なんだと自分自身に言い聞かせると、なんでもない風を装って答えた。

「ウン、見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜、見たよ」

 次の瞬間、ロンが蒼白な顔をしてフォークを取り落とした。テーブルの上に落ちたそれがカタカタと音を立てている。

「たぶん野良犬よ」

 すぐさまハーマイオニーが答えた。しかし、ロンはハリーが見たものが死神犬グリムだと信じて疑わないようだった。ロンは野良犬で片付けるなんてどうかしていると言わんばかりにハーマイオニーを見た。

「ハーマイオニー、ハリーが死神犬グリムを見たなら、それは――それはよくないよ。僕の――僕のビリウスおじさんがあれを見たんだ。そしたら――そしたら24時間後に死んじゃった!」
「偶然よ!」

 ロンとハーマイオニーはお互い一歩も譲らなかった。ロンは「死神犬グリムと聞けば、たいがいの魔法使いは震え上がってお先真っ暗」と主張したし、ハーマイオニーはハーマイオニーで「死神犬グリムを見ると怖くて死んじゃうのよ。死神犬グリムは不吉な予兆じゃなくて、死の原因だわ!」と主張した。

「占い学って、とってもいい加減だと思うわ」

 ハーマイオニーが数占い学の教科書を出しながら言った。数占い学はマグル学と共に、1時間目の占い学と同じ時間に最初の授業が行われたのだが、ハーマイオニーは占い学に出ていてまだ数占い学とマグル学の授業を受けたことがなかった。

「言わせていただくなら、当てずっぽうが多すぎる」
「あのカップの中の死神犬グリムは全然いい加減なんかじゃなかった!」

 ロンとハーマイオニーの口論はまだ続いていた。

「ハリーに“羊だ”なんて言った時は、そんなに自信がおありになるようには見えませんでしたけどね」
「トレローニー先生は君にまともなオーラがないって言った! 君ったら、たった1つでも、自分がクズに見えることが気に入らないんだ」

 これには終始冷静に言い返していたハーマイオニーも頭に来たようだった。数占い学の教科書をテーブルの上に勢い良く叩きつけると、立ち上がった。

「占い学で優秀だってことが、お茶の葉の塊に死の予兆を読むフリをすることなんだったら、私、この学科といつまでお付き合いできるか自信がないわ! あの授業は数占いの授業に比べたら、まったくのクズよ!」

 ハーマイオニーは怒りながら鞄を引っ掴むと足早に大広間を出て行った。ハリーはここにハナがいてくれたらきっと2人を上手く宥められただろうにと思ったが、あいにくハナはグリフィンドールではなくレイブンクローだった。

「あいつ、一体何言ってんだよ!」

 ロンが負けず劣らずの怒りっぷりでハリーに話しかけた。

「あいつ、まだ一度も数占いの授業に出てないんだぜ」