The ghost of Ravenclaw - 053

7. 新年度のはじまり

――Harry――



 ソーサーに伏せていたカップの水気が切れると、ハリーはロンと互いのカップを交換して底に残った茶葉の模様を読むことになった。カップの中を覗き込むと茶色のふやけたものがいっぱい残っている。ハリーとロンは『未来の霧を晴らす』の5ページと6ページを開くと、どんな模様か見比べ始めた。

「よーし。なんだか歪んだ十字架があるよ」

 教科書を見ながらハリーが言った。

「ということは、“試練と苦難”が君を待ち受ける――気の毒に――でも、太陽らしきものがあるよ。ちょっと待って……これは“大いなる幸福”だ……それじゃ、君は苦しむけどとっても幸せ……」
「君、はっきり言うけど、心眼の検査をしてもらう必要ありだね」

 真面目くさってロンがそう言って、2人は顔を見合わせて吹き出しそうになったが、トレローニー先生かじっとこちらの様子をうかがっていたのでなんとか押し殺した。それからトレローニー先生が違う生徒を見始めるお、今度はロンがハリーのカップを覗き込み、あちこち回しながら模様を読み始めた。

「なんか山高帽みたいな形になってる。魔法省で働くことになるかも……。だけど、こう見ると寧ろどんぐりに近いな……これはなんだろなぁ? たなぼた、予期せぬ大金。すげえ。少し貸してくれ。それからこっちにもなんかあるぞ」

 ロンはカップを回しながら次の模様に移った。

「なんか動物みたい。ウン、これが頭なら……カバかな……いや、羊かも……」

 葉の模様をカバか羊だと読み取ったのがなんだか面白くて、ハリーが思わず笑ってしまうと、再びトレローニー先生がこちらを振り向いた。もしかしたら、ふざけていると思われたのかもしれない――トレローニー先生はこちらにスーッとやって来ると、ロンの手からハリーのカップを素早く取り上げた。

「あたくしが見てみましょうね」

 トレローニー先生はそう言うと、カップを反時計回りに回しながら中をじっと覗いた。すると、今まで自分達の葉の模様を読み合っていた他のグリフィンドール生達も、今度は一体どんな予言が飛び出すのだろうとばかりにしんとなってトレローニー先生に注目した。

「ハヤブサ……まあ、貴方は恐ろしい敵をお持ちね」

 しばらくして、トレローニー先生が口を開いた。ハリーが一体どの模様がハヤブサに見えたのだろうと考えていると、横からツンとした声が聞こえてそちらを見た。

「でも、誰でもそんなこと知ってるわ。だって、そうなんですもの。ハリーと例のあの人のことはみんな知ってるわ」

 驚いたことに、それはハーマイオニーだった。不機嫌を隠そうともせず、ハーマイオニーはトレローニー先生にわざと聞こえるように言っている。ハリーはハーマイオニーが先生に対してこんな口の利き方をするところを見たことがなかった。

 トレローニー先生はキッとハーマイオニーを睨みつけたが、敢えて反論はせず、再びカップに視線を戻した。

「棍棒……攻撃。おや、まあ、これは幸せなカップではありませんわね……髑髏どくろ……行く手に危険が」

 カップを回しながら、トレローニー先生は次々に不吉なことを言い出した。そうして、最後にもう一度カップを回すと、ハッと息を呑み、悲鳴を上げた。

「まあ、貴方……」

 ほとんど悲劇的な声を出して、トレローニー先生はそばにあった空いている肘掛椅子に身を沈めて胸に手を当てて目を閉じた。

「おお――かわいそうな子――いいえ――言わないほうがよろしいわ――ええ――お聞きにならないでちょうだい……」
「先生、どういうことですか?」

 すぐさま、ディーン・トーマスが訊ねた。気が付けば、みんなが立ち上がってハリーのカップの中をよく見ようと集まっている。トレローニー先生はほんの僅かな間目を閉じたままだったが、やがて大きな目を大袈裟に見開くとハリーを見て言った。

「貴方にはグリムが取り憑いています」

 ハリーにはそれが何のことだかさっぱり分からなかったが、周りを見渡してみるとほとんどの生徒は恐怖の表情を浮かべ、両手で口を覆っていた。しかし、ハリーだけが分かっていないのではなかった。ディーンは肩を竦めてハリーを見ていたし、ラベンダーも訳が分からないという顔をしていた。トレローニー先生は伝わらなかったことにショックを受けたような表情で叫んだ。

「グリム、貴方、死神犬です! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です! かわいそうな子。これは不吉な予兆――大凶の前兆――死の予告です!」

 ハリーは胃がひっくり返る思いがした。死の予告と聞いた途端、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にあった『死の前兆』という本の表紙に描かれていた犬やマグノリア・クレセント通りの暗がりにいた犬のことを思い出したのだ。一緒に書店に行った際、ハナは「黒い犬はどこにでもいる」と言っていたけれど、あれはやっぱりただの犬ではなかったのだろうか?

死神犬グリムには見えないと思うわ」

 いつの間にかトレローニー先生の椅子の後ろに回っていたハーマイオニーがカップを覗き込みながらはっきりと言った。すると、トレローニー先生は嫌悪感を隠そうともせずハーマイオニーをジロリと見つめた。

「こんなことを言ってごめんあそばせ。貴方にはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」

 トレローニー先生が話をしている間、シェーマス・フィネガンは首を左右に傾けて、どうやったら葉の模様が死神犬グリムに見えるかと考えていた。しかし、「こうやって見ると死神犬グリムらしく見えるよ」とシェーマスが言った時には、彼はほとんど目を閉じていた。

 シリウス・ブラックや吸魂鬼ディメンターの次は死神犬グリムまで出て来た――ハリーはほとほと嫌気が差しながらそう思った。どうして自分ばかりがこんなに嫌な思いしなければならないのか、分からなかった。

 ハリーがそう考えている間にも周りの人達は葉の模様が死神犬グリムかそうでないかと議論を続けている。シェーマスは首を左に傾けて「こっちから見るとロバに見える」と言っているところだった。

「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」

 自分でも驚くほどの大声でハリーは叫んだ。みんなが気まずげにハリーから視線を逸らし、間もなく、トレローニー先生が「今日の授業はここまでにしましょう」と言ったのだった。