The ghost of Ravenclaw - 052

7. 新年度のはじまり

――Harry――



 占い学の教室の入口は、天井にあった。見上げてみると丸い撥ね扉があり、「シビル・トレローニー占い学教授」と真鍮の表札が付いている。占い学を受講するグリフィンドール生達は一体どうやってあの天井の撥ね扉から占い学の教室に入るのだろうと訝ったが、やがて撥ね扉がパッと開くとそこから銀色の梯子が下りてきた。どうやらこの梯子を使って教室まで行くらしい。

 梯子を登ってみると、そこはホグワーツの中でも見たことがないほど奇妙な部屋だった。どこかの屋根裏部屋と老舗の紅茶専門店を掛け合わせたような部屋で、とても授業を行う部屋だとは思えない。小さな丸いテーブルが20卓以上並べられていて、それぞれのテーブルの周りには肘掛け椅子やふかふかした小さな丸椅子が置かれていたりした。

 太陽の光が嫌いなのか、それとも開け忘れただけなのかは分からないが、目につく窓という窓のカーテンがきっちりと閉め切られていた。深紅の仄暗い灯りが部屋を満たし、ランプのほとんどが暗赤色のスカーフで覆われている。もしかしたら、占いとはこういう暗いところでやるものなのかもしれない、とハリーは思った。

 とはいえ、この息苦しいほどの暑さはどうにかならないものだろうか。モワッとなんとも言えない蒸し暑さを感じて、ハリーは部屋を見渡した。見れば暖炉には火が焚かれ、その上に大きな銅のヤカンが置かれている。しかも、お香でも焚いているのか、頭がぼうっとなりそうな濃厚な香りが辺りに漂っていた。

 円形の部屋の壁面一杯に備え付けられた棚の中には、さまざまなものが雑多に詰め込まれていた。その中には占いに使うであろう水晶玉があったが、何に使うか分からない埃をかぶった羽根、蝋燭の燃えさし、何組ものボロボロのトランプ、それから紅茶のティーポットやカップも置かれている。

「占い学にようこそ。あたくしがトレローニー教授です」

 占い学のシビル・トレローニー先生はひょろりと痩せた女性で、キラキラとした大きな昆虫のようだった。大きな眼鏡を掛けているのだが、そのレンズが先生の目を実物より数倍も大きく見せていた。スパンコールで飾ったショールをゆったりと纏い、折れそうな首にはネックレスを何本もぶら下げ、腕や手はブレスレットや指輪で地肌がほとんど見えない。

 トレローニー先生はハリー達に座るよう促すと、自らも暖炉のそばにある背もたれの高い肘掛け椅子に座りながら言った。

「たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの“心眼”が曇ってしまいますの」

 同じ丸テーブルの周りに座ったハリーとロンとハーマイオニーは、思わず顔を見合わせた。トレローニー先生は嫋やかにショールを掛け直し、話を続ける。

「みなさまがお選びになったのは、占い学。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。“眼力”の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの……」

 書物があまり役に立たないと聞いて、ハリーとロンはニヤッとして同時にハーマイオニーを見た。ハーマイオニーはまさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、ショックを受けたような顔をしていた。

「世の多くの魔法使いや魔女達は、騒々しい音をたてたり嫌な臭いを出したり、突然消え失せたりすることはお得意のようですが、神秘のベールに覆われた未来の謎を見通すことは出来ません。限られたものだけに与えられる、“天分”とも言えましょう。貴方、そこの男の子」

 突然、トレローニー先生がネビルに声を掛けた。ネビルは驚きのあまり座っていた椅子から危うく転げ落ちそうになった。

「貴方のお祖母様は元気?」
「元気だと思います」
「あたくしが貴方の立場だったら、そんなに自信ありげな言い方は出来ませんことよ」

 トレローニー先生に指摘されて、ネビルは不安そうに先生を見返した。暖炉の火が、先生の長いエメラルドのイヤリングを輝かせている。

「1年間、占いの基本的な方法をお勉強いたしましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう。ところで、貴方」

 今度はパーバティ・パチルを見据えて、トレローニー先生が言った。

「赤毛の男子にお気をつけあそばせ」

 パーバティは目を丸くして後ろにいるロンを振り返り、椅子を引いて少しロンから離れた。それを見て、ロンは「心外だ」という顔をしたが、トレローニー先生は構わず話を続けた。

「夏学期には、水晶玉に進みましょう――ただし、炎の呪いを乗りきれたらでございますよ。つまり、不幸なことに、2月にこのクラスは性質の悪い流感で中断されることになり、あたくし自身も声が出なくなりますの。イースターのころ、クラスの誰かと永久にお別れすることになりますわ」

 それからトレローニー先生の話はようやく今日の授業の内容に移った。最初に話していた通り、クリスマス休暇までの秋学期はお茶の葉を読む占いである。占いの方法はそれほど難しくない。まず、カップに注がれた紅茶を飲む。ここで重要なのは綺麗に飲み切らず、ちょっとだけカップの底におりが残った状態にしておくことだ。それから、そのカップを左手に持ち、滓をカップの内側に沿って3度回してソーサーに伏せる。そして、最後の1滴が落ちるのを待ち、カップに残った葉の模様を飲むのだ。

 しかし、占いの準備を始めてもトレローニー先生の予言は止まらなかった。ラベンダー・ブラウンに巨大なポットを取りに行かせた際には、「貴方の恐れていることですけれど、10月16日の金曜日に起こりますよ」と言ったし、ハリー達に紅茶のカップを取りに行かせた際には、ネビルに「1個目のカップを割ってしまったら、次のはブルーの模様の入ったのにしてくださる?」と言った。

 すると、ネビルが棚に近寄った途端、カチャンと陶磁器の割れる音がして、予言が当たったことにグリフィンドール生の誰もが驚いた顔をしていた。トレローニー先生が箒と塵取りを持って来て、すーっとネビルのそばにやってきた。

「ブルーのにしてね。よろしいかしら……ありがとう……」

 それからハリー達はトレローニー先生から紅茶を注いで貰うと、火傷するような熱いお茶を急いで飲み、言われた通り滓の入ったカップを回し、ソーサーに伏せると水気が切れるのを待ったのだった。