The ghost of Ravenclaw - 051
7. 新年度のはじまり
――Harry――
夏休み最後の夜、ハナと一緒にウィーズリー夫妻の口論を盗み聞きしてからというものハリーはとことんついていなかった。アズカバンを脱獄したシリウス・ブラックがハリーを狙っているというだけでも最悪なのに、そのせいでホグズミードに行けなことが確定したし、ブラックの捜査のために
気を失ったのがハリーだけではなかったのが唯一の救いだったが、倒れたことがあのドラコ・マルフォイの耳に入ってしまったのは最悪中の最悪と言っても良かった。どうやらマルフォイはネビルが話しているのを聞いてしまったらしく、ホグワーツに到着した時には既にそのことを知っていたのだ。去年もなかなかな出だしだったが、今年はもっと最悪な出だしだ、とハリーは思った。
一夜明け、9月2日の朝になってもマルフォイはハリーが気を失ったとこを忘れていなかった。朝食を食べるために大広間に行くと、マルフォイはバカバカしい仕草で気絶する真似をして、周囲のスリザリン生を沸かせていた。どうやら、一晩の間にハリーが気を失ったことがスリザリン生の間に広まったらしい。パグ犬にそっくりなパンジー・パーキンソンにまでバカにされる始末だ。
「あーら、ポッター!
ハリーの気分は朝からどん底だった。もしかしたらハナもマルフォイ達にこうやって
でも、もしハナのことまであんな風に揶揄っていたとしたら何か呪いを掛けてやらないと気が済まない。想像しただけで腑が煮え繰り返る思いがしながらハリーがドサッとグリフィンドールの席に座ると、そこは偶々ジョージの隣であった。
「3年生の新学期の時間割だ」
どうやらグリフィンドールでも既に時間割が配られていたらしい。ハリー達の分を預かってくれていたジョージは時間割表を手渡しながら、ハリーの機嫌が悪いことに気付いて訊ねた。
「ハリー、何かあったのか?」
「マルフォイのやつ」
ハリーと同じように不機嫌丸出しな顔でマルフォイを睨みつけながらロンが言った。振り返ると、またしてもマルフォイが恐怖で気絶する真似をしているところだった。
「あの、ろくでなし野郎。昨日の夜はあんなに気取っちゃいられなかったようだぜ。汽車の中で
「ああ。ほとんどお漏らししかかってたぜ」
それを聞いてハリーは少しだけ気分が良くなったものの、すぐに肝心なことを思い出した。マルフォイはお漏らししかかったと言うだけで本当にお漏らしした訳でもなければ、気を失ったりもしなかったということだ。
「忘れろよ、ハリー」
ジョージが励ますように言った。
「親父がいつだったかアズカバンに行かなきゃならなかった。フレッド、覚えてるか? あんなひどいところは行ったことがないって、親父が言ってたよ。帰ってきた時にゃ、すっかり弱って、震えてたな……。やつらは幸福ってものをその場から吸い取ってしまうんだ。
「ま、俺達とのクィディッチ第一戦のあとでマルフォイがどのくらい幸せでいられるか、拝見しようじゃないか」
フレッドが言った。
「グリフィンドール対スリザリン。シーズン開幕の第一戦だ。覚えてるか?」
これにはハリーを元気にさせる力があった。なにせ、去年ハリーがマルフォイと対戦した時、マルフォイは完全に負けだったのだ。ハリーは少し気を良くして、朝食を食べることが出来た。
*
朝食のあとは早速授業のスタートだった。時間割表を見てみると、3年生初日となる今日は1時間目から新しい科目が始まり、午後にはハグリッドの授業も入っている。なんと、ハリー達の授業がハグリッドの初授業となるらしく、あれから大広間にやって来たハグリッドは5時から早起きして準備をしたのだとハリー達に教えててくれた。
ハリーもロンもハーマイオニーも、ハグリッドが一体どんな授業をするのか気になったものの、それより先に占い学の授業がハリー達には迫っていた。しかも占い学はハリーが行ったことのない北塔のてっぺんでやるらしい。ハリー達は遅れないように大急ぎで朝食を済ませて大広間を出たが、いくら階段を上がろうと占い学の教室に辿り着く気配がなかった。
「どっか――ぜったい――近――道が――ある――はず――だ」
7つ目の長い階段を上りきると、ロンが息も絶え絶え言った。そこはハリーだけでなく、ロンもハーマイオニーも一度も来たことがない踊り場だった。辺りを見渡してみてもそこには何もなく、壁に草原が描かれた大きな絵が1枚飾ってあるだけだった。ハーマイオニーは、右の方の通路を覗いて言った。
「こっちだと思うわ」
3人共、どちらの方向が北で、占い学の教室があるのかさっぱり分かっていなかった。しかし、ロンがハーマイオニーが見ていた右側の通路にある窓からちょっとだけ湖が見えると言ったので、少なくとも右に行くと南に向かってしまうだろうということが分かった。ホグワーツの湖が南側にあることだけはハリーもロンもハーマイオニーも知っていた。
その時、目の前にある壁に掛けられた絵の中に、太った灰色葦毛の仔馬がのんびりと草地に現れ、草を食べはじめた。魔法界ではこうして絵画や写真の中身が動いたり、額を抜け出して互いに訪問し合ったりするのだ。入学当初は驚いたものだったが、ハリーはすっかり慣れっこになっていた。
馬が現れてから間も無くして、ずんぐりした小さい騎士が、鎧をガチャガチャさせながら絵の中に現れた。鎧の膝のところに草がついているところを見るに、どうやら落馬して仔馬を追ってきたらしい。
「ヤー! ヤー!」
ハリーとロン、ハーマイオニーが絵を見ていたことに気付くと、騎士が叫んだ。どうやらハリー達を侵入者だと勘違いしたらしい。騎士は「わが領地に侵入せし、ふとどきな輩は何者ぞ!」と言って荒々しく剣を振り回したが、剣があまりにも長かったため、一度振り回しただけで騎士は顔から草原に突っ込んでしまった。
彼の名前はカドガン卿と言った。控え目に言ってもちょっと変な人だったが、ハリー達が北塔を探しているのだと話すと道案内を勝手出てくれた。ハリーは額縁から額縁へ移動していくカドガン卿を追いながら、ハナはこういうちょっと変な人ともすぐに仲良くなってしまうのだろうと思った。なんたって、ハナはみんなが仲良くしたがらない嘆きのマートルとも友達なのだ。
カドガン卿を追い、目の回るような螺旋階段を上りきると、そこがどうやら北塔のてっぺんらしかった。ハリー達と同じように占い学を選択したグリフィンドール生達が螺旋階段の一番上に集まっていた。
「さらば、わが戦友よ!」
カドガン卿が来た道を引き返しながら高らかに言った。
「もしまた汝らが、高貴な魂、鋼鉄の筋肉を必要とすることあらば、カドガン卿を呼ぶがよい!」