The ghost of Ravenclaw - 050

7. 新年度のはじまり



 初めての古代ルーン文字学の授業が終わってからというもの、私はその日ほとんどの時間をモヤモヤとした気持ちで過ごした。ルーン占いで思い掛けず飛び出してきた石の意味が気になって仕方がなかったのだ。ただの占いにすぎないと言ってしまえばそれまでだけれど、マグルの占いと魔法使いの占いが同じだとは限らない。「失望や落胆などの不運な出来事」とは一体どういうことなのだろう? 何かが起こり、結局シリウスの無罪は証明出来ないということだろうか。

 しかし、夕方になるとそのことを考えている時間はほとんどなかった。初日から宿題がたくさん出たのでそれをこなさなければならなかったからだ。まずは古代ルーン文字学の宿題を終わらせてしまおうと、1日の授業か終わると真っ直ぐに図書室に向かうことにした。今年度も変わらず、同室の子達は各々宿題をするようで、図書室に向かっているのは私1人だった。

 古代ルーン文字学の宿題はルーン占いで出てきた石について各々調べてくるというものだった。私は「フェオ」という文字について調べなければならない。参考になりそうな本をいくつか手に取り、お決まりとなっている1番奥の席へと向かう。すると、奥へと向かっている途中でスリザリン生の話し声が聞こえて私は足を止めた。

「あんな野蛮人、クビにするべきよ」
「ヒッポグリフはM.O.M分類はXXXだ。有能な魔法使いのみが対処するべきだと『幻の動物とその生息地』にもはっきりと記載がある。それなのに3年生の、しかも、初めての授業でそいつを扱うのは正気じゃない」
「そもそもあんな人が教師になったことがおかしいのよ」
「ダンブルドアは一体何を考えているのやら」
「ダンブルドアがどう考えているにしろ、ホグワーツの理事達には既に連絡が入っている。今日中にクビになるだろうさ」

 書棚の影に隠れてこっそり覗き見てみると、朝食の席で見かけたパンジー・パーキンソンの他にスリザリンの3年生が何人か集まってコソコソと話をしていた。あれは確かセオドール・ノットとダフネ・グリーングラス、ザビニ・ブレーズだっただろうか。どうもハグリッドの文句を言っているらしいが、珍しくこの集団の中心にマルフォイの姿はなかった。

「ドラコが可哀想だわ」

 パーキンソンが悲劇的な声を出して言った。

「私、医務室までついて行ったけれどひどい怪我だった。ずーっと傷が疼くって言うの。しばらくは入院だって言ってたわ」

 その話を聞いて私は顔をしかめた。彼女達の話では、どうもハグリッドの授業でヒッポグリフを取り扱ってマルフォイが怪我をしたと聞こえたからだ。どういう状況でそうなったのかは分からないけれど、初日から生徒に怪我をさせてしまったとあっては大問題だ。しかも、聞き間違いでなければ理事に連絡が行き、クビになるという。私は宿題をしている場合ではないと、大急ぎで手にしていた本を借り出し、図書室を出た。

 教師になれてみんなに拍手で迎えられたことを泣いて喜んでいたのに、1日でクビになるだなんてあんまりである。私はバタバタと廊下を走り、玄関ホールを抜け、まだ雨が完全に乾き切っていない校庭の芝生の上を突き進んでハグリッドの小屋へ急いだ。怪我をしたのがマルフォイだったのが泣きっ面に蜂というものだろう。理事から外されたとはいえ、ルシウス・マルフォイがこの事態を黙って見ている訳がない。

「ハグリッド! 私よ、ハナよ」

 ハグリッドの小屋に辿り着くと、中に明かりがついていることを確認してから私はドンドンと乱暴に扉を叩いた。いつもならハグリッドは「おお、よく来たな!」とにこやかに私を出迎えてくれるのだけれど、今日は「入ってくれ」とどんよりとした声が返ってくるだけだった。

 扉を開けて中に入ると、丁寧に使い込まれた白木のテーブルの前にハグリッドは座っていた。テーブルにはバケツほどもある大きなジョッキが置いてあり、強いお酒の匂いが部屋の中に充満していた。ハグリッドの足元には主人を心配そうに見上げているファングの姿がある。

「ハナ、俺はもうダメに違いねぇ」

 泣いていたからか、それとも結構な量のお酒を飲んでしまっているからか――私がそばまでやって来ると、ハグリッドは真っ赤な目をしていた。

「マルフォイに怪我を負わせちまった……折角ダンブルドア先生が俺にチャンスをくださったってぇのに……」
「ハグリッド、一体何があったの? 私、スリザリン生達が話しているのを聞いて飛んできたの」
「俺はヒッポグリフをみんなに見せてやろうって思ったんだ――ヒッポグリフは対処法だけきちんとしていれば、ひとっつも怖いことはねぇ。俺はそれを分かって貰いたかったんだ」

 ハグリッドはそう言って、今日何が起こったのかを涙ながらに話してくれた。どうやらハグリッドにとって、午後に行われたグリフィンドールとスリザリンの3年生の授業が教師として初めての授業だったらしい。そこでハグリッドはみんなに喜んでもらいたいと早起きをしてヒッポグリフ達の世話をしていたそうだ。それを聞いて私は今朝見かけた魔法生物はヒッポグリフだったのだと分かった。

「ヒッポグリフは気高い生き物だ。決して侮辱しちゃなんねぇ。それなのにマルフォイはバックビークを侮辱しちまったんだ。けど、ホグワーツの理事達はみんな俺が初めから飛ばし過ぎだって考えちょる。ヒッポグリフを取り扱うには早すぎたってな……俺が悪かったんだ……」
「それは侮辱したマルフォイがいけないわ。でも、そうね……こういう時教師の立場ってとっても難しいのよね。生徒が悪くてもそれを想定していなかった教師が悪いとか、生徒をちゃんと見ていなかったからだとか、大人はみーんなそういうの」
「そうだ。理事達もそう言うちょった……ダンブルドア先生だけが味方をしてくれて、なんとか初日でクビになることは免れたが時間の問題だ……」
「ハグリッド、ダンブルドア先生は貴方をクビにしたりはしないわ。貴方がスリザリンの継承者ではないと50年間信じてくださっていたように、初めての授業に貴方がどれだけ準備をして取り組んだか、分かっていてくださるわ。それに、ハグリッド、貴方の味方はダンブルドア先生だけじゃないわ。私だって貴方が大好きよ。貴方が教師を続けられるよう、出来る限り力になるわ」

 ハグリッドはポロポロと涙を溢して、大きなハンカチでその涙を拭った。このころにはすっかり夕食の時間になっていて、私はジョッキの中に残っていたお酒を水と取り替えると、小屋にある小さなキッチンを借りてハグリッドのために夕食を作った。

「ハグリッド、お酒ばかりだと体に良くないわ。一緒に夕食を食べましょう。久し振りに作ったからあまり美味しくないかもしれないけど」
「驚いた。お前さんはなんでも出来るんだな……」
「ありがとう、嬉しいわ。さあ、食べて、ハグリッド。元気がない時はね、美味しいものを食べて、兎に角一旦寝るに限るわ」

 ハグリッドは何度も頷きながら水をグイッと飲むと、夕食を食べ始めた。私はそれを見てニッコリ笑うと、味付け前のお肉をファングにお裾分けしてから夕食を食べ始めた。お肉を焼いて味付けをしただけの、ちょっぴりワイルドな夕食だ。

「あとで城まで送っていこう。暗くなって来たら危ねぇからな」

 夕食を食べて少しだけ元気を取り戻したハグリッドがそう言って、私は「ありがとう、ハグリッド」とお礼を言ったのだった。