The ghost of Ravenclaw - 049

7. 新年度のはじまり



 城の物陰で元の姿に戻ると私は、何食わぬ顔をして樫の木の玄関扉から玄関ホールへと入り、大広間へと向かった。大広間に行くともう既にたくさんの生徒達が朝食を食べていて、レイブンクローの2つ隣のスリザリンのテーブルでは、何やらドラコ・マルフォイを中心に一際盛り上がっている。

 チラリと見てみるとどうやらマルフォイが気絶する真似をして他のスリザリン生を沸かせているみたいだった。私かハリーが倒れた噂を聞いて、真似しているのだろう。2年生の学年末にルシウス・マルフォイがホグワーツの理事を外された時には彼の立場に同情したりもしたのだけれど、どうやら元気なようである。

 そんなすっかり元の調子を取り戻しているマルフォイの隣には女子生徒が1人、べったりと張り付いていた。彼女は確か同じ3年生のパンジー・パーキンソンだっただろうか。確か『賢者の石』の時に出てきた気がするけれど――うーん、思い出せない。

 1人首を捻りながらレイブンクローのテーブルに行くと、同室の子達が揃って朝食を食べているところだった。マンディの隣が空いていたので、そこに座ると彼女達は「おはよう、ハナ」とにこやかに挨拶してくれた。去年1年間、私が朝ランニングをしていて部屋にいないことが多かったので、私がどこへ行っていたか訊ねる人は誰もいなかった。

「おはよう、3人共」
「ハナ、気分はどう?」
「もうすっかり大丈夫よ。ありがとう、パドマ」
「私は気分最悪だわ。スリザリンの連中ったら……」
「リサ、怒ったら可愛い顔が台無しよ。私は気にしていないわ」
「ハナはもっと怒った方がいいわよ」
「そうよ。ぶん殴ってやれば良いんだわ」
「ダメよ、マンディ。でも、そうね、ハリーを傷つけるならこっそり呪いでも掛けてやるわ――タラントアレグラ、踊れ! ってね」

 しばらくすると、フリットウィック先生が時間割表を手にレイブンクローのテーブルを回り始めた。フリットウィック先生はゴブリンと人間のハーフで小柄だったので、生徒達の間に埋もれるようにしてテーブルの間を進んでいる。

「君達は3年生の時間割だね」

 私達のところまでやってくると、フリットウィック先生は時間割表を4枚差し出しながら言った。

「それから、ミス・ミズマチ、調子はどうかね?」
「バッチリです。昨夜はご心配をお掛けしました」
「それは良かった。ただ、無理は禁物だ。何かあったらすぐ医務室に行くように」
「ありがとうございます、フリットウィック先生」
「先生、ハナは今朝も早くから走りに行くくらい元気なんですよ。でも、無理しないか私達3人がよーくみておきます!」

 マンディとリサとパドマが胸を張って言うと、フリットウィック先生は満足気に何度か頷いてから次の生徒の元へと進んで行った。私達はそれを見送ってから受け取った時間割表を確認することにした。どうやら今日から早速新しい科目がはじまるらしく、1時間目に古代ルーン文字学が入っている。

「今日から早速新しい科目があるわ!」

 時間割を見たパドマが嬉しそうに声を上げた。

「私達、古代ルーン文字学はみんな揃って取ってるから嬉しいわ。それ以外はバラバラだけど」
「マンディは魔法生物飼育学だし、パドマは占い学、ハナは数占い学で私はマグル学だものね」

 よくよく見てみると、占い学と数占い学、それにマグル学は同じ曜日の同じ時間帯に入っていた。グリフィンドールの時間割がどうなっているのか分からないけれど、私はそれを見てハーマイオニーが心配になった。授業が被っているのに一体どうやってすべての授業に出るのだろう。某猫型ロボットのタイムマシンのようなものがあるなら別だろうけれど……。

「今日は木曜日だから……残念、D.A.D.Aは来週だわ。夏休みに貰った手紙に書いてあったけど、新しいルーピン先生ってハナが休暇中一緒に暮らしている人なのよね?」
「ええ、そうよ。間違いなく今までで1番いい先生だわ」
「楽しみだわ。貴方がいい先生だって言うなら、間違いなくそうだもの」

 朝食を終えると、私達は一度寮に戻って教科書を用意してから古代ルーン文字学の授業へと向かった。古代ルーン文字学はバスシバ・バブリングという魔女が先生だった。年齢は分からないがマクゴナガル先生とあまり変わらないように見える。驚いたことに、レイブンクロー生のほとんどが古代ルーン文字学を選択していた。

「古代ルーン文字学を担当するバスシバ・バブリングです」

 教室の前に立ち、ぐるりとレイブンクローの3年生を見渡すとバブリング先生は言った。ハキハキとして、厳格な話し方である。

「3年生の秋学期ではまず、それぞれの文字毎の象徴的な意味や色について正しく理解することから始めます。これをきちんと学べば、クリスマス休暇明けの春学期からは簡単な文章を理解出来るようになるでしょう――では、古代ルーン文字とは一体何か。誰か分かる人は?」

 バブリング先生が問い掛けると、途端に多くの生徒の手が挙がった。これは教科書の最初に書いてある内容だ。私も同じように手を挙げると、バブリング先生の視線がこちらに向いた。

「では、ミス・ミズマチ」
「はい。古代ルーン文字とは、3世紀から14世紀にかけて使われていた文字です。アルファベットのように日常の文字として使われていた一方、魔法や神秘的な儀式にも使われていました。25からなるルーン文字には、それぞれに象徴的な意味や色との関係性があり、ルーン占いにも利用されます」
「よろしい。きちんと予習していますね。レイブンクローに5点」

 古代ルーン文字学の最初の授業は古代ルーン文字にとっつきやすいルーン占いからだった。ルーン占いにはいくつかの方法があるようだけれど、今回行ったのは1番簡単なもので、25個のルーンストーン――ルーン文字が刻まれた石――を袋の中に入れ、占いたいことを頭に思い描きながら1つだけ石を取り出すというものだ。取り出した石は上下を意識しながらテーブルの上に置かなければならない。2つ取り出し、石を比べる方法もあるらしいのだけれど、今回は1つだけのやり方を学ぶことになった。

 私達は2人1組になって、ルーン占いをすることになった。私とペアになったのは、パドマだ。紫色のベルベットの巾着袋と石が配られ、私達は順番に占いをすることにした。

「じゃあ、私からするわね」

 パドマは25個の石が入った巾着袋を手に持つと、真剣に占いたいことを考えながら中に手を突っ込んだ。カチャカチャと石同士がぶつかる音がしばらく続いて、1分後、1つの石を取り出し、テーブルの上に慎重に置いた。アルファベットのMに似た文字だ。

「えーっと、これは“マン”の正位置ね」

 私は教科書と見比べながら言った。

「この意味は……“信頼し協力し合う人間関係“。パドマ、何を占ったの?」
「私達4人がこれからもずっと仲良く出来るか、占ったの。私達、とってもいい関係みたいね」

 ニッコリしてそう話すパドマに私も笑みを返すと、石を巾着袋に戻して今度は私が占うことになった。占うのはシリウスの無罪の証明が出来るかどうか、である。巾着袋の中に手を入れて、どの石にしようかとカチャカチャとかき回していく。

「これにするわ――あ!」

 これだ! と思ったものを掴んで取り出した瞬間、別の石が一緒についてきて、私は思わず声を上げた。テーブルの上を見ると、そこにはアルファベットの「P」を逆にしたような文字が刻まれた石が転がっている。

「一緒についてきてしまったのね。とりあえず、ハナが手に持っている石を見てみましょう」

 パドマに言われて、私は掴んでいた石を慎重にテーブルに置いて教科書を開いた。私が掴んだ石は“フェオ”という文字の正位置で、意味は「地道な努力が豊かな財産となる」のようだった。つまり、地道な努力をすればシリウスの無実は証明されるということだ。

「いい意味ね! 何を占ったの?」
「私も貴方と同じようなことを占ったの。大事な友達と一緒にいられるようにって。でも、こっちの石は何かしら?」

 いい意味で良かった。そう思いながら私は一緒についてきてしまった石の方を見た。教科書と見比べてみるとそれは“ウィン”という文字の逆位置らしかった。しかし、その意味を見て私は顔をしかめた。なぜなら教科書には、

「“失望や落胆などの不運な出来事”」

 そう書いてあったのだから――。