The ghost of Ravenclaw - 048
7. 新年度のはじまり
「食べるものを持って来たわ。ついさっき、厨房に忍び込んで来たばかりだから出来立てよ」
禁じられた森の奥、私はローブに詰め込んで来たサンドイッチを取り出しながら言った。チョコレートが詰まったポケットの中に押し込んで来たので少し形は崩れているけれど、まあ、大丈夫だろう。そうしてポケットから4つのサンドイッチを取り出す様を、パッドフットはウロの中からポカンとしたまま見つめていた。
「パッドフット、私に
苦笑いしながらパッドフットに呼び掛けると、彼はようやく正気を取り戻したようだった。ウロから飛び出してくると、サッと元の姿に戻りながら私の目の前にやってくる。1ヶ月前に会った時より、どうやら顔色はいいようである。私は内心ホッと胸を撫で下ろした。
「まさか鷲だったとは思わなかったんだ」
シリウスは少しだけバツが悪そうに言った。
「もちろん、君なら成し遂げるだろうことは分かってたさ。なんと言っても我らが知己だからな」
「あら、ありがとう。でも、私がなんの動物になると思ってたの?」
「ユニコーンだ。因みにジェームズは猫じゃないかと言っていた。そのヘーゼルアイが闇夜に光る猫の目みたいだってね」
「それは予想が外れて残念だったわね。私は貴方達が考えるよりずっと逞しい性格をしていたみたいよ」
悪戯に笑いながらサンドイッチを手渡すとシリウスは「そのようだな」と言ってクツクツと喉を鳴らした。それから腰のベルトに括り付けてある巾着袋を取り出すと、中をゴソゴソと漁って小さなビニール製のレジャーシートを取り出した。野宿に役立つのではと思って入れておいたものだ。
「これは非常に便利だ」
木の根元に敷きながらシリウスが言った。
「特にこんな雨上がりにはね。尻が濡れなくて済む」
「マグルはこれをピクニックの時に使うのよ。この上に座ってランチを楽しんだりするの」
「なら、これは正しい使い方だって訳だ」
満足気にそう話すとシリウスはレジャーシートの右端に座り、サンドイッチの包みを開け始めた。包みの中からサンドイッチが現れると待ちきれないとばかりに齧り付く。私はそんなシリウスの隣に座ると、彼が1つめのサンドイッチを食べ終わるのを待ってから口を開いた。
「ホグワーツに
「魔法省は私の逮捕に躍起になっているという訳だ」
「ええ――貴方がまだ会っていないようで良かったわ。ずっと森の中にいたの?」
「ああ、こちらに来てからはずっとね。しかし、
2つ目のサンドイッチに取り掛かりながらシリウスは苦々しい顔をして言った。
「あれは大人の魔法族でも対処が難しい。アズカバンでは
「私、あれは苦手だわ……汽車に乗り込んで来たんだけど、倒れてしまったの」
「なら、君はより影響を受けやすいのかもしれないな。1番手っ取り早い対処法は
「それが出来ればいいけれど、今のところ難しいわね。私が鷲の
「あるにはある。守護霊の呪文だ」
シリウスはそう言って、守護霊の呪文がどんなものかを教えてくれた。守護霊の呪文とは、もっとも強力な防衛呪文のうちの1つだそうだ。部分的に実体のある良いエネルギーを生み出すもので、
「問題は守護霊――パトローナスというが、それを呼び出すのが非常に複雑で難しいということだ。自分の幸福を力に変えて魔法を発動する」
「貴方は使える?」
「使えたが、今は難しいだろう――今の私が幸せだと言えるか?」
「そうね……確かにそうだわ……」
「ただ、教えることは出来る。君が必要とあれば手解きしよう」
「ありがとう。今度是非教えてほしいわ」
それから2つ目のサンドイッチを食べ終えると、シリウスは私と別れてからどのように過ごしていたかを教えてくれた。当初話していた通り、シリウスは犬の姿でプリペッド通りに潜伏してしばらくはハリーの様子を見守っていたらしい。手紙にも書いてあったけれど、シリウスはマージョリー・ダーズリーが特にお気に召さないようで「クソババア」から「救いようのないクソババア」に呼び方が進化していた。
「あの一家は昔からああなのよ。でも、今年は少しマシな方ね。去年、私が地の果てまで追いかけてやるって脅してやったのが効いたみたい」
「そりゃいい。その時は私も加勢しよう。あの時何度呪いを掛けようと思ったことか……」
プリペッド通りで「救いようのないクソババア」に腹を立てまくったシリウスだったが、なんとか我慢して家出をするハリーが
シリウスは、禁じられた森に来てからはあまり動かないようにしているとのことだった。というのも、森の中には様々な魔法生物がいるからだ。なので、ハグリッドがペットにしていたアクロマンチュラが森の中にいると教えてあげると、シリウスは思いっきり顔を
「それで、ワームテールはどうしてる?」
3つ目のサンドイッチを手に持ち、食べるかどうしようか迷いながらシリウスが訊ねた。
「貴方の脱獄のニュースを知ってからすっかり怯えきってるわ。自分を追って脱獄したのだと分かってるのね。しかも、一昨日からは猫からも逃げなくちゃいけない羽目になったから尚更ね」
「猫?」
「ニーズルとの交配種の猫よ。友達のペットになったの」
「その猫に追いかけられてるって訳か。いい気味だ」
「クルックシャンクスという名前なのだけど、その子、どうも普通のネズミと
「是非その猫をスカウトしたいものだな」
「ダメよ。ただでさえ猫が原因で喧嘩が起きそうなんだから……」
話をしているうちに次第に東の空が明るくなり、朝日が辺りを眩しく照らし始めた。もっとゆっくりシリウスと話したいところだが、もうそろそろ寮に戻るべきだろう――時計を見るともう7時になろうかという時間帯だった。みんなが動き出す時間だ。シリウスを見ると3つ目と4つ目は食べずに巾着袋に仕舞っているところだった。
「そろそろ戻らなくちゃ」
立ち上がりながら私は言った。シリウスも立ち上がってレジャーシートを片付け始める。
「時間が経つのは早いな。次に来る時は何か連絡手段を考えよう。そうしたら、私が目くらまし術を使っていても君には居場所を教えることが出来る」
「分かったわ。そうしましょう」
「何かいい方法を考えておくよ」
「それじゃあ、近いうちにまた来るわ。そうだ、チョコレートを少し持っていて。役に立つかもしれないわ」
私はポケットに入っていたチョコレートの半分をシリウスに手渡すと、ヒラリと手を振ってから鷲に姿を変えた。空に飛び立ち森の上で大きく旋回すると、ホグワーツ城に向かって戻っていく。森を離れる直前、シリウスを振り返ると、そこには黒い犬が1匹佇んでいた。