The ghost of Ravenclaw - 046

6. アズカバンの看守



 私とハリーが吸魂鬼ディメンターの影響で倒れたと分かると、マダム・ポンフリーはその場ですぐさま診察を始めた。診察と言っても額に手を当てて熱を測ったり、手首で脈を取ったりの簡単なものだ。その間マクゴナガル先生とハーマイオニーは心配そうにしていたし、マダム・ポンフリーは不満げだった。ホグワーツに吸魂鬼ディメンターが配備されたことが気に入らないのだ。

 マダム・ポンフリーと同じくらい不満そうだったのはハリーだった。ただでさえ倒れたのがたった2人しかいなかったのに、こんなに騒がれていることが恥ずかしかったのだろう。年ごろの男の子ならそう感じるのも無理はないかもしれない。倒れたことを揶揄からかう人も少なからずいるだろうからだ。ドラコ・マルフォイなんてこのことを知ったら放っておかないだろう。

 ハリーが「大丈夫です!」と何度も主張したおかげか、それとも事前にチョコレートを食べていたおかげか、私達は最終的には入院せずに済んだ。どうやら、吸魂鬼ディメンターの影響を受けた時、チョコレートを食べるのが正しい治療法らしいのだ。私やハリーがリーマスからそのことを教えられたのだと話すと、終始不満気だったマダム・ポンフリーは「それじゃ、闇の魔術に対する防衛術の先生がやっと見つかったということね。治療法を知っている先生が」と満足そうな表情を見せた。

 私達の診察が終わると、次はハーマイオニーの番だった。マクゴナガル先生はハーマイオニーと時間割のことで話があるらしく、2人が話をしている間、私とハリーは廊下で待つことになり、マダム・ポンフリーは医務室へと帰っていった。

「こんなに大騒ぎされるなんて思わなかった」

 廊下に出てしばらくすると、ハリーが言った。

「それだけ吸魂鬼ディメンターが危険な生き物だからよ。どんな人でも気が狂ってしまうわ」
「でも、倒れたのは僕達だけだった」
「ええ、そうね。でも、だからと言って情けなくなんかないと思うわ。喜ばしいとも言えないけど……私が思うに悲しいことを経験してきた人達がより吸魂鬼ディメンターの影響を受けやすいんだと思うの」

 私達がそう言うと、ハリーはこちらを見て何か訊きたそうな顔をした。それから下を向くとぽつりと呟いた。

「僕、叫び声を聞いたんだ」
「叫び声?」
「うん。僕、その人を助けたかったんだ――」

 ハリーの言葉を聞いて私は何とも言えない気持ちになった。私がジェームズ達と別れた最後の日の声を聞いたのなら、ハリーもそうかもしれないと思ったからだ。ジェームズとリリーの最期の日の叫びを――。

「ハナは叫び声を聞いた?」
「私は――そうね、名前を呼ばれたの」
「名前?」
「大切な友達に」

 言って、私が自嘲気味に笑うとハリーは俯いていた顔を上げてこちらをじっと見つめた。ハリーはやっぱり何か訊きたそうな顔をしていたけれど、ハリーが何か言う前にマクゴナガル先生となぜか嬉しそうな顔をしているハーマイオニーが事務室から出てきて、会話は強制的に打ち切られることとなった。

 マクゴナガル先生と共に大広間に戻ると、もう既に組分けの儀式は終了していた。私達以外の生徒は全員それぞれの寮のテーブルに腰掛けていて、1番奥――教職員テーブルの目の前――では、ちょうどフリットウィック先生が組分け帽子とスツールを片付けているところだった。

 マクゴナガル先生はそのまま教職員テーブルの方へと向かい、ハリーとハーマイオニーはグリフィンドールのテーブルへ、私はレイブンクローのテーブルへ向かった。大広間の隅を通りレイブンクローのところまで行くと、1番端っこにルーナが座っていて、私の席を空けておいてくれた。お礼を言ってそこに座ると、タイミングを見計らったかのようにダンブルドア先生が立ち上がった。

「おめでとう!」

 生徒達に笑いかけながらダンブルドア先生が言った。

「新学期おめでとう! 皆にいくつかお知らせがある。1つはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でぼーっとなる前に片づけてしまうほうがよかろうの……ホグワーツ特急での捜査があったから、皆も知っての通り、我が校は只今吸魂鬼ディメンター達を受け入れておる。魔法省のご用でここに来ておるのじゃ」

 やはりあれはシリウスの捜査の一環だったらしい。とはいえ子ども達しか乗っていないホグワーツ特急に吸魂鬼ディメンターを送り込むなんて正気の沙汰ではない。夏休み中、ダンブルドア先生は魔法省に私のことを話さないと言っていたけれど、魔法省のこういうところがダンブルドア先生の完全なる信頼を得られない所以なのだろうと思った。

吸魂鬼ディメンター達は学校への入口という入口を堅めておる。あの者達がここにいる限り、はっきり言うておくが、誰も許可なしで学校を離れてはならんぞ。吸魂鬼ディメンターは悪戯や変装に引っかかるような代物ではない――“透明マント”でさえ無駄じゃ」

 まるでハリーに注意を促すかのように、ダンブルドア先生はさらりと付け足した。グリフィンドールのテーブルでは、ハリーとロンが顔を見合わせているのが僅かに見える。

「言い訳やお願いを聞いてもらおうとしても、吸魂鬼ディメンターには生来できない相談じゃ。それじゃから、一人ひとりに注意しておく。あの者たちが皆に危害を加えるような口実を与えるではないぞ。監督生よ、新任のヘッドボーイ、ヘッドガールよ、頼みましたぞ。誰一人として吸魂鬼ディメンターといざこざを起こすことのないよう気をつけるのじゃぞ」

 ダンブルドア先生は言葉を切り、大広間をぐるりと見渡した。ホグワーツ特急での恐ろしさを思い出しているのか、誰一人身動きせず、声を出す人もいなかった。

「楽しい話に移ろうかの」

 ダンブルドア先生がそう言って、話題は吸魂鬼ディメンターから新任の先生の紹介に移った。てっきり新任の先生はリーマスだけかと思っていたが、なんと今年度は他にもう1人いるらしく、ダンブルドア先生は「新任の先生を2人、お迎えすることになった」と話した。

 最初に紹介されたのはリーマスだった。吸魂鬼ディメンターの話の直後だったこともあり、生徒達はパラパラと戸惑いがちに気のない拍手をしただけだったが、何人かは大きな拍手をしてくれた。そのうち誰もがリーマスを好きになってくれるに違いない。そんな風に思いながら教職員のテーブルを見ていると、ルーナは1人で「スネイプ先生の顔おかいしいぃぃ」と笑っていた。

 その言葉を聞いて私もスネイプ先生を見てみると、彼はリーマスのことをこれでもかというほど睨んでいた。頬のこけた土気色の顔を歪め、憎々し気な表情をしている。それを見て私は、リーマスの「仲良く」の定義が分からなくなった。1ヶ月前の手紙の返事に「スネイプ先生とは概ね仲良くやっている」と書いていたのだけれど、どう見ても仲良くないように見える。それにしても、あのスネイプ先生の顔をおかしいと笑えるルーナは大物である。

 もう1人の先生は魔法生物飼育学の担当だった。前任のケルトバーン先生が退職したので新任の先生を迎えることになったらしい。しかもその後任はなんと、ハグリッドだった。ハグリッドは現職の森番の仕事に加え、魔法生物飼育学も担当するそうで、私はリーマスの時と同じように大きな拍手をハグリッドに送った。

 グリフィンドールからは一際大きな拍手が送られて、ハグリッドは真っ赤になりつつも嬉しそうに綻んでいた。ハリーに役に立つと言って怪物本をプレゼントとしたのはこういうことだったらしい。

「さて、これで大切な話はみな終わった。さあ、宴じゃ!」

 ダンブルドア先生がそう言って、目の前に食べ物や飲み物が現れた瞬間、ハグリッドがテーブルクロスで涙を拭ったのを私は見逃さなかった。それを見てニッコリ笑うと屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達が張り切って作ってくれた食事を楽しんだのだった。