The ghost of Ravenclaw - 045

6. アズカバンの看守



 ホグズミード駅のプラットホームは凍るような冷たさだった。氷のような雨が降りしきっていて、汽車から降りると、チョコレートを食べて暖かくなった体が途端に冷えていくのを感じた。

 プラットホームの端には大きなハグリッドが立っているのが見えて、「イッチ年生はこっちだ!」と例年のように湖を渡る新入生達を大きな声で呼んで手招きしていた。挨拶をしようか迷ったけれど、プラットホームには子ども達が溢れかえり、それどころではなかった。逸れないようにセドリックは私の肩をしっかり抱き寄せてくれ、私はルーナの手を掴んだ。

「こっちよ、ルーナ。私達、馬車に乗って行くの」

 人波に乗って、私達はホグズミード駅のプラットホームから雨でぬかるんだ馬車道に出た。馬車道には、子ども達をホグワーツまで運ぶために既にたくさんの馬車が待機していて、手前の人達から順番に乗り込みホグワーツに向かって行く。馬車をいているのはセストラルという魔法生物だったけれど、セドリックもそうであるように、ほとんどの生徒がその存在が見えていなかった。

「これ、みんな見えてないんだ」

 順番がやって来て馬車に乗り込む時、ルーナがセストラルを見つめて言った。やっぱりルーナは母親の死を目撃してしまったらしいと、なんとも言えない気持ちになりながら握る手の力を強めた。

「あたし、クリスマスの時も夏休みの前も見えてたけど、みんなあたしがおかしいって」
「貴方はおかしくないわ。私だって見えるもの」
「僕には見えないけど、その存在は知ってるよ。教えてくれた人がいたんだ。ただ、目に見えないものをいると信じるのは難しいのかもしれないな。ゴーストの存在を信じられないマグルみたいに」

 馬車に乗り込むと、セストラルは合図を出さずとも走り出した。前を行く馬車について行き、ホグワーツへと続く馬車道を進んだ。

 ルーナはセストラルに興味津々の様子だった。どうやら魔法生物が好きらしく、馬車に揺られながら私やセドリックがセストラルについて知っていることを教えてあげると、ルーナは「面白い生き物だね」と言ってセストラルを眺めていた。

 そうしてしばらくの間馬車道を進んでいると、ホグワーツの壮大な鉄の門が姿を現した。その門の両脇には、ホグワーツに配備された2人の吸魂鬼ディメンターの姿があり、門柱の上にある羽の生えた猪の像と共にホグワーツを守っている。

 私達はひっそりと隠れるようにしてその横を通り過ぎ、ようやくホグワーツの正面玄関付近に辿り着いた。あとから次々に馬車がやってくるので手早く降りて、巨大な樫の扉を通って玄関ホールに入った。

 玄関ホールには明々とした松明が灯り、外に比べるととても明るく暖かかった。右手に大広間への扉が開かれていて、他の生徒達と共に大広間に入ると、魔法の掛かった大広間の天井は外と同じ真っ黒な雨空だった。すると、誰かに呼ばれて私は立ち止まった。

「ミズマチ! わたくしのところにおいでなさい!」

 マクゴナガル先生だった。ホグワーツの副校長であり、変身術の担当教師、更にグリフィンドールの寮監でもあるマクゴナガル先生は、厳格な顔つきをしていて、いつも髪をきっちり結い上げてシニヨンにしている。

「呼ばれているみたいだわ。セドリック、ルーナ、また会いましょう。今日はありがとう」

 今夜はもうゆっくりと話す時間はないかもしれないと先にセドリックとルーナに別れを告げてから、私は人の群れに逆らって進み、マクゴナガル先生の元へ向かった。新年度早々、一体何があるのだろう。不思議に思いながら歩いて行くと、マクゴナガル先生の隣にはハリーとハーマイオニーもいて私はビックリして目をパチクリとさせた。

「これで全員揃いましたね」

 私が口を開く前にマクゴナガル先生が言った。

「貴方がたにちょっとわたくしの事務室で話があります。ミズマチはわたくしの寮生ではありませんが、組分け儀式を行うフリットウィック先生に代わり、わたくしが貴方に話をすることになりました――ポッター、そんなに心配そうな顔をしなくてよろしい」

 どんな話があると言うのだろうかと私達は顔を見合わせると、大広間を出て行くマクゴナガル先生のあとに続いて歩き出した。マクゴナガル先生は先程通って来たばかりの玄関ホールを横切り、ホールの正面にある大理石の階段を上がり、それからまた廊下を歩いた。

 マクゴナガル先生の事務室は、2ヶ月前の学年末にも訪れた場所だった。それほど広くはない部屋だったけれど、前回は最大で9人もひしめき合っていたので今回は全然狭く感じなかった。私達はマクゴナガル先生に促されて椅子に座り、先生はそんな私達の向かい側に事務机越しに腰掛けた。

「ルーピン先生が前もってふくろう便をくださいました。ポッター、ミズマチ、汽車の中で気分が悪くなったそうですね」

 マクゴナガル先生の言葉に私は驚いてハリーを見た。まさか、ハリーも私も同じように倒れただなんて思いもしなかったのである。私が目覚めた時、リーマスは何も言っていなかったが、こうしてわざわざ呼ばれたということはつまり、そういうことなのだろう。私はもしかしたらハーマイオニーも倒れたのかと思ったけれど、マクゴナガル先生はハーマイオニーについて何も言わなかった。

 ハーマイオニーは一体どうして呼ばれたのだろうか。私がそう考えていると、突然扉がノックされ、校医のマダム・ポンフリーがせかせかと事務室に入ってきた。どうやらマクゴナガル先生が予め呼んでくれていたようである。申し訳なく思っていると、ハリーが慌てて口を開いた。

「僕は大丈夫です。何もする必要がありません」

 しかし、マダム・ポンフリーはハリーの訴えを聞いてはいなかった。ハリーが声を上げた途端、マダム・ポンフリーは自分の患者はここかとばかりにハリーの前に屈み込み、大丈夫だと話すハリーを無視してその顔をまじまじと見つた。

「さしずめ、また何か危険なことをしたのでしょう?」

 疑わしげな様子でマダム・ポンフリーが言った。

「僕、何もしていません」

 すぐさまハリーが反論した。

「僕より、ハナを診てあげてください。ハナの方が具合が悪いんです」
「おや、貴方もなの?」

 ハリーに言われると、マダム・ポンフリーは次なる患者である私の方にやってきて、先程と同じように屈み込んで今度は私の顔をまじまじと見つめた。その表情は一体どんな危険なことをしたのかと言いたげだ。しかし、マクゴナガル先生に吸魂鬼ディメンターのせいなのだと言われると、マダム・ポンフリーは途端にその表情を曇らせたのだった。