Side Story - 1992年08月

純潔は常に勝利する

――Draco――



 1066年、現在はフランスの一部となっているノルマンディー公国のギヨーム2世は、エドワード懺悔王の崩御による後継者争いで王位継承権を主張、ブリテン島に侵攻した。そして、ハロルド・ゴドウィンソンとの戦いを制したギヨーム2世は、イングランド王ウィリアム1世として即位し、ノルマン朝を開くことになる。このウィリアム1世が現在のイギリス王室の祖である。

 元々フランス人だったマルフォイ家の祖先、アーマンド・マルフォイは、このウィリアム1世のブリテン島への侵攻に伴い、イギリスへとやってきた。そして、ウィリアム1世へ魔法――ウィリアム1世はそうと知らなかったが――を提供したアーマンドは、その功績により、地元の地主から差し押さえたウィルトシャー州の一等地を与えられることとなった。アーマンドはそこに居を構え、何世紀にも渡り、子孫はそこに住み続けている。

 マルフォイ家の祖先はその狡猾さから、他者の懐に入ることが得意だった。マグルを蔑みながらも、マルフォイ家がより有利な立場になるためなら、時にはマグルに恩を売ることも辞さなかった。その結果、マルフォイ家はイギリス国内で最も裕福な魔法族の家系となり、何世紀にも渡ってその富を維持してきた。時にはマグルの土地を増やし、またある時には王族に恩を売り、マグルの財宝や美術品を増やしたのである。

 しかし、1692年に国際魔法使い機密保持法が制定されると、マルフォイ家はマグルから財産を得る行為から一切の手を引かざるを得なかった。魔法族がより優れていると常々考えつつも富を得るために一部の上流階級のマグルと関わりを持っていたマルフォイ家が、声高にマグルとの関わりを否定するようになったのは、このころからである。新しく設立されたイギリス魔法省という権力の中枢から自分達を遠ざけるべきではないと判断したのだ。

 そんなマルフォイの家訓は「純血は常に勝利する」である。マグルとの関わりを持っていた歴史は葬り去られており、聖28一族にその名を連ねるマルフォイ家は、イギリス魔法界の中でも強固な純血主義として知られている。ヴォルデモートの配下であったことは言わずと知れた事実であったが、マルフォイ家は自らの意思で配下になったことを決して認めようとはしなかった。

 マルフォイ家の一人息子として生まれてきたドラコも、当然ながらマグルは蔑むべき対象であり、純粋なる魔法族である自分達こそが尊ばれるものなのだと教えられて育ってきた。血統を軽んじればどんな末路が待っているか――父親であるルシウスは度々マグル贔屓で知られるウィーズリー家を揶揄してそう話した。

 もちろん、ドラコも血統の重要性を強く信じて育った。イギリス魔法界で最も富があり、歴史と伝統あるマルフォイ家に相応しくあるにはどうすべきかを進んで学び、両親のためにそうあろうと常に心掛けてきた。付き合う人々もノット家やグリーングラス家、パーキンソン家など、マルフォイ家と同じように聖28一族に名を連ねる古くからの純血主義の一族で、マグル贔屓の愚かな魔法族は交流の対象にすらならなかった。なぜなら、自分が特別な生まれだと信じて疑わなかったからである。

 ヴォルデモートが魔法界を支配出来なかったことを悔やむ雰囲気の中で育ったドラコは、親しい間柄以外でそのことを口にしないよう度々念を押され、その通りに生きてきた。尊敬する父親の立場が悪くならないよう細心の注意を払い、交流すべき人々を取捨選択してきた。中でも幼馴染のセオドール・ノットはドラコが最も対等だと思える相手だったが、常に付き従っていたクラッブとゴイルは手下に過ぎなかった。

 生き残った男の子であるハリー・ポッターに、初めて乗ったホグワーツ特急の中で声を掛けたのは、当時ドラコが「ハリーは自分と交流するべき選ばれた人間である」と思っていたからだった。というのも、ルシウスがハリーが死の呪いから生き残ったのは、彼自身が偉大なる闇の魔法使いであるからだという説を信じていたからにほかならない。ルシウスはハリーを利用すれば、マルフォイ家を栄光に導けるかもしれないと信じていたので、ドラコは自分がハリーと親しくなれば、そんな父親を喜ばせることが出来ると思ったのだ。

 結果は知っての通りである。ドラコが声を掛けた時点でハリーは、父親が最も蔑み、忌み嫌っているウィーズリー家の息子と仲良くしていたため、ドラコと交流することを拒絶したのである。生き残った男の子はルシウスや自分自身が信じていたのような偉大なものではなかったのだと理解したドラコは、ハリーにひどく失望し、それ以降彼に敵対心を抱くようになった。

 そんなドラコにとって最大の敵となったハリーが仲良くしていたハナ・ミズマチはドラコにとってどうでもいい存在だった。穢れた血の下等な存在で、話すにも値しない人物だと、出会ってからしばらくはそう思ってきた。けれど、そのハナに対する評価は時が進むにつれ、ドラコの中で変化していくのである。

 ハナがドラコにとって、どうでもいい存在でなくなったのは、ダンブルドアの被後見人だと分かった時だった。生き残った男の子が孤児になった時ですら、ダンブルドアは後見人にはならなかったのに、どうしてマグル生まれの子どもの後見人になったのか。これにはスリザリン生の中であらゆる憶測が生まれ、仲間内でのみヒソヒソと議論された。

 1番聞かれたのは、ハリーではなくハナにこそ闇の力があり、ダンブルドアが見張っているという説だった。現に彼女は同学年に及ばず時には上級生を凌ぐほどの知性と才能を発揮した。しかし、ドラコはハリーの前例があったため、これに積極的に賛同はしなかったし、父親が嫌っているあのダンブルドアの被後見人の穢れた血と仲良くしようだなんて露ほども思わなかった。

 その時点では、ハナはドラコにとって憎たらしい穢れた血であった。正統な血統である自分より座学のみならず魔法薬学や呪文の扱いに秀でた彼女は、常にハリーの次に生徒達の注目を浴び、レイブンクローの才女と呼ばれ、人気の的だった。純血こそが尊ばれるべきだと教えられ、それを信じて生きていたドラコにとって、何もかも彼女に劣っていると知らしめられることは屈辱でしかなかった。

 そんな考えを改めることになったのは、ホグワーツに入学して初めての夏休みのことであった。ルシウスと夜の闇ノクターン横丁にある、ボージン・アンド・バークスという店に行った際、何気ない会話からドラコがハナについて愚痴をこぼすと、どういうわけかルシウスが食いついてきたのだ。

「その小娘は、ゴーストではないのか」

 これを聞いた瞬間こそポカンとしてしまったものの、聞けばルシウスはハナの容姿の特徴によく似た女について訊ねる手紙を貰ったのだという。しかも、母方の親戚である正統な純血の魔法使いから、だ。その魔法使いがいうにはハナに似ている女は「レイブンクローの幽霊」と呼ばれていたらしい。

 どうやらハナ・ミズマチには秘密があるらしい――ドラコがそのことをなんとなく察したのはこの時だった。きっとルシウスはレイブンクローの幽霊とハナにはなんらかの関わりがあると考えているのだろうとドラコはこの時思ったが、それが具体的にどんな関わりがあるのかは想像もつかなかった。

 ハナには一体どんな秘密を隠されているのか。  ドラコはその後訪れたダイアゴン横丁でも、そのことが頭から離れなかった。ルシウスとフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ行き、ハナと会った際もドラコはハリーに嫌味を言いつつ、頭の中はそのことでいっぱいだった。だからだろう。

「君はバカか!」

 大の大人が取っ組み合いをしているところに突っ込もうとした彼女を思わず引き留めてしまったのは。

「君は女の子なんだぞ、大怪我したらどうするんだ!」

 穢れた血を助けるだなんて失態を犯してしまったのは――。