The ghost of Ravenclaw - 040

6. アズカバンの看守



 ホグワーツ特急は今や田園地帯を進んでいた。窓の外に見える景色を横目に、半ば追い出されるようにしてコンパートメントをあとにした私は、前方の車両に向かって歩いていた。監督生になると1両目に専用のコンパートメントが与えられるのだけれど、どうやらセドリックはそれとは別にもう1つコンパートメントを取っていて、荷物はそちらに置いているらしい。聞けば、空いている時間を友達と過ごしたい人も多いのでほとんどの監督生がそうしているのだとか。

「ずっと専用のコンパートメントにいなくちゃいけないと思ってたんだけど、別に常に仕事があるわけではないからその必要はないって教えて貰ったんだ」

 通路を進みながらセドリックは言った。

「同じハッフルパフの6年生の監督生に」
「見回りの仕事があるなんて知らなかったわ。監督生って初日からいろいろあるのね。組分けの儀式と歓迎会が終わったら、新入生を寮に案内したりもするでしょう?」
「案内は5年生の監督生の仕事なんだ。他にも規則を破った生徒を減点したり、罰則を与えたりと責任が増えるけど、いいこともあるんだ」
「いいことって?」
「監督生専用の浴室が使える」
「専用の浴室があるの? 知らなかったわ」

 わざわざ専用で用意するのだからきっと広い浴室なのだろう。日本でいうところの銭湯のような造りだろうか。それとも1人でのんびりと出来る仕様だろうか。もし1人でのんびりと出来るなら入ってみたいかもしれない。そういえば、リーマスが監督生だったから彼ならどんな造りか知っているだろう。

 話をしながら私達はどんどん前の車両へと進んで行った。聞けば、セドリックが荷物を置いたコンパートメントは3両目にあるらしい。去年キングズ・クロス駅で待ち合わせた時もそうだったけれど、きっと今年も早く駅に来たのだろうと思った。さすがセドリックである。しかし、荷物を置いたあとはずっと監督生用のコンパートメントにいたので、もしかしたら他に誰か座っているかもしれない、とのことだった。

 けれども、実際にコンパートメントに辿り着いてみると中にはほとんど誰もいなかった。中にいるのは左耳に杖を挟み、コルクを繋ぎ合わせて作られたネックレスを身につけ、『ザ・クィブラー』という雑誌を逆さまにして読んでいるルーナ・ラブグッド、ただ1人だけである。周りのコンパートメントはすべて満席なのにここだけルーナ1人だったのは、彼女が個性的過ぎるせいかもしれない。彼女は感性が独特なのだ。不思議な感じで、でも、私はルーナが好きだった。

「やあ」

 扉を開けてセドリックが言った。誰に対しても優しく紳士的なのはセドリックの素敵なところである。

「ラブグッドさんのところのルーナだったかな? ここ、一緒に座ってもいいかな? 僕の荷物がここにあるんだ」

 そんな紳士的なセドリックが、荷物棚の上に載っているトランクを指差しながらそう続けると、ルーナは読んでいた雑誌からゆっくりと顔を上げた。どこか眠りから覚めたばかりのようなぼんやりとした仕草でセドリックの顔を見て、それから隣に立つ私を見る。

「うん、いいよ。あんた、セドリック・ディゴリーだ。確か近所に住んでる」
「そうだよ。こうして話すのは初めてかな」
「うん。でも、あんたのこと知ってるよ。ハッフルパフの王子様」

 なんとセドリックとルーナはご近所さんらしい。魔法史の教科書でオッタリー・セント・キャッチポール村は魔法族が多く住んでいる村だと書いてあったけれど、どうやらあの辺りには知り合いがたくさん住んでいるらしい。ウィーズリー家にディゴリー家、それからラブグッド家だ。もしかしたら知らないだけで、あの辺りには他にも知り合いがたくさん住んでいるのかもしれない。

「こんにちは、ルーナ。素敵なネックレスね」
「ありがとう。これ、バタービールのコルクなんだ。小さいころ母さんと作った宝物なんだよ」
「とっても大事なものなのね」

 バタービールのコルクで作られたというネックレスを見ながらルーナの真向かいに私が座ると、雑誌から顔を覗かせたままルーナはその大きな瞳でこちらをじーっと見て、それから「やっぱりあんた、いい人だね」と言った。

「それ、どうして逆さまなんだい?」

 私の隣に腰掛けながらセドリックが訊ねた。ルーナが持っている雑誌を興味深そうに見つめている。

「古代ルーン文字のコーナーがあるんだ。逆さまに読むと呪文が出てくる」
「もう古代ルーン文字が読めるのかい? 凄いな」
「ルーナはレイブンクロー生だもの。ね、ルーナ」
「“計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!”」

 歌うようにルーナが言って、彼女は雑誌に顔を引っ込めて途中だった古代ルーン文字のコーナーを読み始めた。私とセドリックはそんなルーナの邪魔にならない程度にこの夏の出来事を話したり、新しいD.A.D.Aの教師は私と休暇中一緒に過ごしてくれている人なのだという話をしたりした。

 昼過ぎになり車内販売の魔女がやってくると、私はリーマスの手紙のことを思い出して多めにチョコレート菓子を購入することにした。このチョコレートが具体的に何の役に立つかリーマスに訊ねる時間がなかったけれど、このタイミングでリーマスがわざわざ伝えてくるのだから、絶対に吸魂鬼ディメンターに関係することだと私は思っていた。

 それから時折セドリックが見回りに行ったり、戻ってきてまたお喋りしたり本を読んだりを繰り返していると、急に空が暗くなって外の景色が霞むほどの雨が降り出してきた。車窓から見えるはずの丘陵風景もすっかり見えなくなってしまっている。

「雨が降ってきたね」
「本当だわ。今年の1年生は大変ね。雨の中ボートに乗らなくちゃならないんだもの」

 汽車が北へと進むにつれて、雨は激しさを増した。窓の外は灰色一色で、やがてその色も墨色に変わり、通路や荷物棚のところにあるランプがポッと点った。汽車はガタゴト揺れ、雨は激しく窓を打ち、風も強く吹き付けている。

「なんだか嫌や雨だわ……」

 そう呟いて私は窓の外を見た。雨はまだやみそうになく、真っ暗な景色を映し出す窓にはいつになく不安気な表情をした自分が写っていた。