The ghost of Ravenclaw - 039

6. アズカバンの看守



 ハリーの話は、昨夜私とウィーズリー夫妻の言い争いを聞いてしまったところから始まった。そこで私とハリーが、シリウスはハリーを狙っているという話を知ってしまったこと、そして、先程ウィーズリーおじさんに「君が何を聞こうと、ブラックを探したりしないと誓ってくれ」と念を押されたことを教えてくれた。

 ウィーズリーおじさんの言う「何を聞こうと」は、きっとシリウスがジェームズを裏切ったことだろうと思ったが、私はそのことを3人には話さなかった。どうしてそれを私が知っているのか説明し難かったし、そもそも、シリウスがジェームズを裏切ったなんて嘘を、私は自分から話したくはなかった。

「シリウス・ブラックが脱獄したのは、貴方を狙うためですって?」

 話を聞いたロンとハーマイオニーは、昨夜のハリーよりも愕然とし、シリウスを恐れているように見えた。ロンは僅かに震えていたし、ハーマイオニーは口を両手で覆ってなんとか叫ぶのを堪えている様子だった。

「あぁ、ハリー……ほんとに、ほんとに気をつけなきゃ。自分からわざわざトラブルに飛び込んでいったりしないでね。ね、ハリー……」

 やがて手を離すとハーマイオニーは心底心配そうにハリーに言った。しかし、ハリーはまるで毎回自分からトラブルに飛び込んで行っているように言われたのが嫌だったのが、すぐさま反論した。

「僕、自分から飛び込んで行ったりなんてするもんか。いつもトラブルの方が飛び込んでくるんだ」
「ハリーを殺そうとしてる狂人だぜ。自分から、のこのこ会いにいくバカがいるかい?」

 未だに震えながらロンが言った。

「ブラックがどうやってアズカバンから逃げたのか、誰にも分からない。これまで脱獄した者は誰もいない。しかもブラックは一番厳しい監視を受けていたんだ」
「だけど、また捕まるでしょう?」

 不安そうにハーマイオニーが訊ねた。

「だって、マグルまで総動員してブラックを追跡しているじゃない……」
「きっとそう簡単には捕まえられないと思うわ。だって、シリウス・ブラックがどこに潜んでいるのかすら魔法省は分かっていないのよ。ハリーがホグワーツに戻るからホグワーツに来るだろう、くらいのものなの」
「でも、ハリーを追ってホグワーツに来たらブラックは終わりじゃないかな。だって、アズカバンの看守が配備されるんだから。パパが言ってたよ。あいつらは――何の音だろう?」

 突然ロンがそう言って、私達の話は途切れた。耳を澄ましてみると、微かに口笛を吹くような音が漏れ聞こえている。けれども、一体どこから聞こえてくるのだろう――私達は辺りを見渡して音の出どころを探した。

「ハリー、君のトランクからだ」

 やがてロンが音の出どころを見つけると、立ち上がって荷物棚に手を伸ばし、ハリーのローブの間から独楽のようなものを引っ張り出した。どうやらスニーコスコープというものらしく、何か胡散臭いやつがいるとこうして音を出しながら光って回るらしい。

 私はロンの掌の上で激しく回転し、眩しいほどに輝いているスニーコスコープを見て、それから膨らんでいるロンの胸ポケットを見た。なるほど、このスニーコスコープは意外と役に立つらしい。けれども、まさかスキャバーズがその胡散臭いやつだとは思っていないロンは、ハーマイオニーが興味津々で覗き込むと「安物だよ」と少し恥ずかしそうに言った。

「相当ちゃちなやつなんだ……ハリーに送ろうとしてエロールの脚に括りつけようとしただけで狂ったみたいに回ったんだから」
「その時何か怪しげなことをしてなかった?」

 ハーマイオニーが訊ねた。

「してない! でも……エロールを使っちゃいけなかったんだ。じいさん、長旅には向かないしね。……だけど、ハリーにプレゼントを届けるのに、他にどうすりゃ良かったんだい?」

 話しているうちにスニーコスコープが耳をつん裂くような音を出し始めたので、ロンは慌ててハリーのトランクの中からとびきりオンボロの靴下を引っ張り出すと、その中にスニーコスコープを押し込めてトランクの蓋を閉めた。オンボロの靴下はどうやらバーノン・ダーズリーの靴下らしい。どうしてハリーがおじさんの靴下を持っているのか分からなかったが、あのダーズリー一家ことなので、誕生日やクリスマスプレゼントだとか言ってハリーに渡したのかもしれないと思った。

「ホグズミードであれをチェックして貰えるかもしれない――あれ、ハナ、君に会いに来たんじゃないかな?」

 席に座り直したロンが不意に通路の方を見て言った。その声に伴って私やハリーとハーマイオニーが通路に視線を移すと、そこにセドリックが立っているのが見えてハリーとハーマイオニーが同時にニヤニヤ笑った。

「こんにちは、セドリック」

 ニヤニヤしているハリーとハーマイオニーを無視して立ち上がると、コンパートメントの扉を開けて私は言った。

「やあ、ハナ。あー――少し、話せないかなって思って来たんだ。監督生は定期的に見回りをしたらいいだけみたいだったから、君さえ、良ければ」
「もちろん、いいわ!」

 私が答えるより先にハーマイオニーが答えた。

「どうぞ、いくらでも連れて行って。私達は話したいことはもう話し終えてしまったもの。ね、ハリー」
「うん。僕達には遠慮しなくていいよ」
「2人共、私は――」
「ああ、ハナ! ロキのことが気になるのね? 心配いらないわ。私達がちゃーんと見ておくから。それじゃあ、ハナ、またあとで会いましょう!」

 ハーマイオニーはキラキラニヤニヤした顔でそう言うと私に反論する間も与えずに通路の方に押し出して、ピシャリとコンパートメントの扉を閉め、カーテンも閉め切った。

「ちょっと、ハーマイオニー!」

 閉め切られた扉の前で抗議の声を上げるとセドリックも呆気に取られた様子だった。私は少し気まず気にセドリックを見上げると「貴方と話すのが嫌なわけじゃないのよ。本当よ」と言った。今の私の態度はセドリックに失礼だったのでは、と思ったのだ。

「うん、分かってるよ」

 呆気に取られた状態から元に戻ったセドリックはおかしそうにこちらを見て笑って、「どうやら僕には味方がたくさんいるみたいだな」と言ったのだった。