The ghost of Ravenclaw - 038

6. アズカバンの看守



 キングズ・クロス駅には10時40分に到着した。元々チャリング・クロス通りからキングズ・クロス駅まではそれほど長い時間は掛からないのだけれど、魔法省の車はどういうわけか、明らかに車幅よりも狭い隙間をスイスイ通り抜けるので、更にあっという間だったように思う。一体どんな魔法を使えば狭い隙間をスイスイ通れるようになるのか魔法省の人に聞いてみたかったけれど、車から荷物を下ろすのに忙しそうで聞けずに終わってしまった。

 駅の構内は相変わらずたくさんのマグルで溢れ返っていた。ウィーズリーおじさんはこの中のどこかにシリウスが潜んでいるのではないかと、辺りを警戒しながらハリーの真横にピッタリと張り付いている。けれど、ちょうど9番線と10番線の間にあるプラットホームに差し掛かった時、9番線にインターシティ125号という長距離列車が到着すると、そちらの方に気を取られていた。

「よし、それじゃ」

 インターシティ125号をチラチラと見ながら、9と4分の3番線の柵の近くまで来るとウィーズリーおじさんが言った。

「我々は大所帯だから、2人ずつ行こう。私が最初にハリーと一緒に通り抜けるよ」

 ウィーズリーおじさんはそう話すと、ハリーの荷物が積まれたカートを押しながら9番線と10番線の間にある柵へ向かって歩き始めた。そうして柵の前までやってくると、2人で何気ない素振りで寄り掛かり、柵の向こう側へとスッと消えた。

「さあ、どんどん行きましょう」

 ハリーとウィーズリーおじさんが9と4分の3番線のプラットホームに消えていくと、ウィーズリーおばさんがそう促して、次にパーシーとジニーが通り抜けることになった。パーシーとジニーはカートを押しながら全速力で走って通り抜け、その次のフレッドとジョージも軽やかにスッといなくなり、私とハーマイオニーはハリーとウィーズリーおじさんの真似をして、柵に寄り掛かりお喋りしているフリをしながら通り抜けた。

 2ヶ月振りの9と4分の3番線のプラットホームには、「ホグワーツ特急」と書かれている紅色の蒸気機関車が真っ白な煙を吐き出しながら停車していた。煙は奥へ奥へと流れていき、その煙の下をたくさんの魔法使いや魔女、子ども達が行き交っている。私とハーマイオニーがプラットホームに着くと、先に着いていた人達は近くで待っていてくれたが、パーシーは恋人のペネロピー・クリアウォーターを見つけたらしく、もう既にその場にはいなかった。

 ロンとウィーズリーおばさんも9と4分の3番線へやってくると、みんなで空いているコンパートメントを探しながら後尾車両の方へと歩いて行った。前方の車両は改札が近いからかやはりどこも満員だったけれど、後方の車両にはチラホラ空きがあって、私達はほとんど誰もいない車両を見つけると、とりあえずその車両に荷物を詰め込んだ。

 別れを言うためにもう一度汽車の外へ出てウィーズリー夫妻の元に戻ると、ウィーズリーおばさんは私達全員にハグとキスをしてくれた。ウィーズリーおばさんは暖かくて、なぜだか美味しいごはんの香りがした。しかし、その理由はすぐに分かった。ウィーズリーおばさんは早起きをしてみんなにサンドイッチを作っていたのだ。

「みんなにサンドイッチを作ってきたわ。はい、ロン……いいえ、違いますよ。コンビーフじゃありません……フレッド? フレッドはどこ? はい、貴方のですよ……」

 私達が順番にサンドイッチを受け取っている間、ハリーはウィーズリーおじさんに呼ばれてプラットフォームの柱の影に隠れて何やら話し込んでいた。きっとシリウスのことについて話しているのだろう。ということは、昨日、私とハリーが盗み聞きしていなかったら、ウィーズリーおじさんはファッジ大臣との約束を破っていたということになる。

 やはり私達は盗み聞きして良かったのかもしれない。私はそう思って胸を撫で下ろした。ウィーズリーおじさんは盗み聞きされただけであって、ハリーに直接話してはいないから約束を破ったことにはならないだろう。ファッジ大臣が盗み聞きされたことを責めるような人でなければ、だけれど。

 やがて発車時刻がやってくると私達に汽車に乗り込んだ。ハリーは直前までウィーズリーおじさんと話し込んでいて乗り遅れそうになったけれど、ギリギリで汽車に飛び乗ることが出来た。私達はみんなで窓から身を乗り出して、汽車がカーブに差し掛かりウィーズリー夫妻が見えなくなるまで手を振った。

「君達だけに話したいことがあるんだ」

 それからフレッドとジョージが悪戯仲間のリー・ジョーダンを探しに向かい、汽車がゆっくりと速度を上げ始めるとハリーが私とロン、ハーマイオニーに向かって囁いた。その場に残っていたジニーはロンに「どっか行ってて」と言われてプリプリ腹を立てて離れていき、私達は申し訳なく思いながらもとりあえず詰め込んだだけの荷物を持って空いているコンパートメント探して通路を歩いた。

 出発前は空いていると思っていたコンパートメントも、出発後はどこもいっぱいになってしまっていて、少なくとも4人でこっそり話が出来る場所は空いていなかった。ハリーを先頭に、私達はどんどん最後尾に向かって歩いて行き、ようやく一番最後のコンパートメントに辿り着いたところでハリーが立ち止まって驚いた様子で中を覗き込んだ。

「ハナ、あれ、ロキじゃないかな?」

 コンパートメントを覗き込んでいたハリーが中を指差して言った。そのことに「もしかして」と思いつつハリーの横からコンパートメントの中を見ると、窓際でぐっすり眠り込んでいるリーマスとその膝の上で同じく眠り込んでいるロキを見つけて私はニッコリと笑った。

「ええ、ロキよ。それから、彼はリーマス・ルーピン先生。新しいD.A.D.Aの先生で、私のもう1人の保護者みたいな人よ。このコンパートメントなら話をしても大丈夫だわ。入りましょう」

 私がそう言ってコンパートメントを開けて中に入って行くと、ハリーもロンもハーマイオニーも、興味津々な様子でリーマスを見つめながらあとに続いた。リーマスは満月の夜を過ごしたばかりで疲れ切った様子で、側から見ると「具合が悪そうな人」という印象だった。しかし去年私がプレゼントした新しいローブを着てくれていたので、みんながリーマスのことを不審な目で見ずに済んだ。

「この人がハナが話していた人なのね!」

 ハーマイオニーが荷物棚に自分の荷物を載せながら嬉々として言った。

「じゃあ、まともな先生だ」

 ロンが続けた。

「ハナが認めてるなら、少なくともニンニク臭くもなければ、寸劇ばかりさせるような変な人じゃないだろう?」

 寸劇ばかり、のところでニヤニヤしながらロンがハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーはまるっと無視してわざとらしく咳払いをしながら「まあ――有意義な授業になるでしょうね」と話した。私はそれに少しだけ笑いながらリーマスの隣に腰掛けた。するとハリーが向かいの席に座りながら、

「その人、間違いなく寝てる?」

 とリーマスの様子を注意深く見ながら訊ねた。きっとリーマスが起きていては話したいことが話せないと思ったのだろう。私はリーマスの顔を覗き込んで、ブンブン手を振って確かめてみたが、リーマスは起きる気配はなかった。

「大丈夫よ。ぐっすり眠ってるわ」

 少しだけ声のトーンを抑えながら私が答えると、ハリーはこちらを見て頷いた。そんなハリーの様子に何か只事ではないと察したのかロンがハリーの隣に、ハーマイオニーが私の隣に腰掛けながら緊張した面持ちでハリーを見た。そして、

「君達に話しておかなければならないことがあるんだ」

 ハリーはゆっくりと話し始めたのだった。