The ghost of Ravenclaw - 037

6. アズカバンの看守



 夏休みが終わり、9月1日の朝がやってきた。
 新年度初日の今日は、漏れ鍋をチェックアウトして、11時発のホグワーツ特急に間に合うようにキングズ・クロス駅に向かわなければならないので、大忙しである。私は今朝も早くにやってきた日刊予言者新聞の配達ふくろうに5クヌートとビスケットを渡し、新聞を受け取ると、テーブルの上にそれを置いてから早速朝のルーティンに取り掛かった。

 準備運動がてらに軽いストレッチをこなしてから体幹トレーニングをし、クールダウン代わりのヨガをするのが今夏から始まった私の新しいルーティンだ。テーブルの上に置かれたままになっている新聞に載っている写真の中のシリウスは、それが興味深いのかこちらをマジマジと見つめていて、私はなんとなく新聞をひっくり返してシリウスの顔を隠した。

 そんなシリウスだけれど、この1ヶ月間は上手く逃げ果せているようだった。まだホグワーツに着いたと連絡がないけれど、杖も持っているし、この分ではもしかすると既にホグワーツに着いているかもしれない。昨夜ウィーズリー夫妻の話をこっそり聞いたところによるとホグワーツに吸魂鬼ディメンターが配備されるそうなので、見つからないことを祈るばかりである。

 ハリーと一緒に昨夜ウィーズリー夫妻の話を盗み聞きしてしまった件に関しては、いろいろ悩むところではあるのだけれど、あれで良かったのだと思うことにした。これがどう今後に影響が出るかは分からなかったせれど、どちらにせよ、ハリーは何が起きているかを知り、自分で考えて行動する必要があるのだ。

 けれど、ハリーが今後「シリウスがジェームズを裏切った」という嘘の情報を聞くかとしれない思うと、私は憂鬱で仕方がなかった。それを聞いた時、ハリーがどれだけショックを受けるのかとか、シリウスのことをどんな風に思うのかを考えると胃がキリキリと痛むような気がした。

 しかし、私はこれらすべてを飲み込んで1年間耐え抜かなければならない。知っている通りに未来を進めると決めたのは、他でもない、私自身なのだ。だからこそ私は、周りやハリーがシリウスについてなんと言おうと、確実にピーターを追い詰めるその時まで待たなければならない。

「おはようございます、ミズマチ様」

 しばらくすると、店主のトムさんが紅茶を持って部屋にやってきた。どうやらウィーズリー夫妻に代わって子ども達を起こして回っているらしい。私は「ありがとうございます」と紅茶のお礼を言うと、紅茶を飲んでから着替えを済ませ、朝食をとりに1階のパブへと向かった。

「まあ、早いのね。感心だわ。貴方が一番ですよ」

 階段を下り、昨夜ハリーと隠れていた廊下を通り過ぎてパブの店内に入ると、既にテーブルに座って紅茶を飲んでいたウィーズリーおばさんがにこやかに挨拶してくれた。その向かいにウィーズリーおじさんも座っていて、おじさんは難しい顔をしながら日刊予言者新聞を読んでいた。

「おはようございます、おばさん」
「おはよう、ハナ。よく眠れたかしら?」
「ええ、とっても。おじさんもおはようございます」
「やあ、おはよう」

 2人はどうやら昨夜私とハリーが話を聞いていたことにはまったく気付いていないようである。ホッと胸を撫で下ろしながらウィーズリーおばさんの隣に腰掛けると、しばらくしてからハーマイオニーとジニーが起きてきて、ウィーズリーおばさんが男の子達が起きてくるのを待っている間、子どものころの話を聞かせてくれた。なんと、ウィーズリーおばさんは愛の妙薬を作ったことがあるらしい。

 愛の妙薬について聞いていると、男の子達が起きてきてみんなで朝食を食べた。なぜだかロンとパーシーは今朝も喧嘩していてお互い腹を立て合っていたけれど、パーシーの胸にはきちんと「HEAD BOY」と書かれたピンバッジが輝いていて、私はニッコリした。フレッドとジョージはどうやら持ち主に戻したらしい。

 朝食を終えると、漏れ鍋の狭い階段を往復し、全員のトランクを下ろして、チャリング・クロス通りへと通じる扉の前に積み上げた。トランクの上には更にハリーのヘドウィグやパーシーのヘルメスが入った鳥籠が載せられ、私も今は留守にしているロキの鳥籠を脇に置いた。クルックシャンクスもキャリーケージに入れられてトランクの横に置かれたが、どうやら気に入らないようでシャーッシャーッと激しく鳴いていた。

「大丈夫よ、クルックシャンクス」

 ハーマイオニーがキャリーケージの外から囁くように愛猫に呼び掛けた。

「汽車に乗ったら出してあげるからね」
「出してあげない」

 すかさずロンが言った。

「かわいそうなスキャバーズはどうなる? え?」

 ロンはぽっこりと盛り上がっている自分の胸ポケットを指差した。どうやらスキャバーズは中で丸くなって縮こまっているらしい。クルックシャンクスのこともそうだけれど、スキャバーズは移動中にシリウスに見つかりたくないのだろう。あとはまあ、睨みつけている私からも隠れたいのかもしれない。

 やがて魔法省の車が到着すると、外で待っていたウィーズリーおじさんが呼びに来て、私達は外に出た。魔法省から派遣された2台の車は深緑色をした旧型のもので、2台共、エメラルド色のベルベットのスーツを着たひっそりとした見た目の魔法使いが運転していた。

「ハリー、おいで」

 ウィーズリーおじさんは出口から先頭の車に向かうほんの僅かな距離もハリーにピッタリ付き添って歩き、車の後部座席に座らせる際も、チャリング・クロス通りにシリウスがいないかと視線を走らせていた。1台目にはハリーの他にハーマイオニーとロン、パーシーが乗り込み、助手席にはウィーズリーおじさんが座った。ロンは自分の次に乗り込んで来たパーシーに「なんでハナじゃないんだ!」と腹を立てていた。どうやら喧嘩を引きずっているらしい。

 そんな私はというとフレッドとジョージ、それからジニーと一緒に2台目の後部座席に座った。右側の運転席の後ろからフレッド、ジニー、私、ジョージの順に座り、助手席にはウィーズリーおばさんが座ることになった。ウィーズリーおばさんは魔法省の車が思ったよりも狭かったのか「うちの車の方が広かったわ」とぼやいていたが、走り出したあとでその意味をジョージがこっそり耳打ちして教えてくれた。

「フォード・アングリアはパパが魔法をかけて車内を広げてたんだけど、ママはそのことを知らないんだ」