The ghost of Ravenclaw - 035

5. クルックシャンクスと夏休み最後の日

――Harry――



 マージおばさんを膨らませてしまった時はどうなることかと思ったものの、ハリーの夏休みはこれまでで最も最高のものになったと言っても過言ではなかった。8月の1ヶ月間、ハリーはハナと一緒にダイアゴン横丁のありとあらゆるお店に入り満喫出来たし、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーではたくさんのサンデーをご馳走になった。

 しかも最終日の今日はウィーズリー一家とハーマイオニーも漏れ鍋に泊まり、明日の朝はみんなで一緒にキングズ・クロス駅に行けるという。ハリーは素晴らしい夏休みの最終日を迎えられたことに大満足しながら、11号室で最後の荷物の確認をしていた。忘れ物がないようにして、すべての荷物をトランクの中に詰め込まなければならない。

 しかし、すべての確認を終えて自分のトランクを閉め、鍵を掛けたその時、誰かの怒鳴り声が壁越しに聞こえてきて、ハリーは何事かと顔を上げた。隣は確かロンとパーシーだったはずである。ハリーが部屋を出てみると、隣の12号室の扉が半開きになり、そこから2人の怒鳴り声が漏れていた。

「ここに、ベッド脇の机にあったんだぞ。磨くのにはずしておいたんだから――」
「いいか、僕は触ってないぞ」

 一体何があったのだろう。ハリーは不思議に思って12号室を覗いて訊ねた。

「どうしたんだい?」

 すると、パーシーが振り向きざまにベッドボーイのピンバッジがないのだと言って、ロンはロンでトランクの中身をポイポイ放り出しながらネズミ栄養ドリンクがないと訴えた。どうやら2人して失くしものをしたらしい。ロンはネズミ栄養ドリンクを「パブに忘れたのかな」と漏らしたが、探しにいくどころではなかった。パーシーが「僕のバッジが見つかるまではどこにも行かせないぞ!」と怒り心頭だったからだ。

 これは自分がネズミ栄養ドリンクを探しに行った方がいいだろう。ハリーはそう思って12号室をあとにすると、階段に向かって歩き始めた。そうして廊下を進み、いくつかの部屋の前を通り過ぎると、3号室の前までやってきたところで、今度は誰かが部屋の中から頭だけニュッと出しているのを見つけてハリーは足を止めた。あれは、ハナだ。

「ハナ、どうしたの?」

 訝りながらハリーが声を掛けると、ハナは何やら階下から声がするのだと言って、ハリーを手招きした。ロンとパーシーが喧嘩をしている声かとも思ったがどうやら違うらしい。ハリーがハナのそばに歩み寄り、一緒になって耳を澄ませると、階下からはっきりとハリーの名前が聞こえてきて、ハリーは驚いてハナと顔を見合わせた。

「……ハリーに教えないなんてバカな話があるか」

 この声は間違いない。ウィーズリーおじさんの声である。しかも、自分のことでウィーズリーおばさんと言い争っているらしい。ハリーは一体何を話しているのか気になって、「行ってみよう」と階下を指差した。

 ハナと2人で足音を立てないように階段を下りていくと、ハリーはパブへと通じる扉に近付いた。営業時間を終えているからか廊下は真っ黒でハリーは隣にいるハナの姿すら見えづらかったし、扉が閉まっていたお陰でウィーズリー夫妻の姿は見えなかったが、逆に言えばウィーズリー夫妻からも2人のことは見えなかった。

「ハリーには知る権利がある。ファッジに何度もそう言ったんだが、ファッジは譲らないんだ。ハリーを子ども扱いしている。ハリーはもう13歳なんだ。それに――」
「アーサー、ほんとのことを言ったら、あの子は怖がるだけです!」

 扉の前で身を隠していると、何を話しているのか良く聞こえた。熱くなっているウィーズリーおじさんに、ウィーズリーおばさんが負けじと激しく言い返している。

「ハリーがあんなことを引きずったまま学校に戻るほうがいいって、貴方、本気でそう仰るの? とんでもないわ! 知らない方がハリーは幸せなのよ」

 しかし、ハリーが何について知る権利があり、何について怖がるのか、さっぱり分からなかった。隣ではハナが扉にピッタリ張り付いて、ジーッと声のする方を見つめている。ハリーはハナに「これってどういうことだと思う?」と聞いてみたい気持ちを抑えて、静かにウィーズリー夫妻の話に耳を傾けた。

「あの子に惨めな思いをさせたいわけじゃない。私はあの子に自分自身で警戒させたいだけなんだ。ハリーやロンがどんな子か、母さんも知ってるだろう。2人でふらふら出歩いて――もう禁じられた森に2回も入り込んでいるんだよ! 今学期はハリーはそんなことをしちゃいかんのだ! ハリーが家から逃げ出したあの夜、あの子の身に何か起こっていたかも分からんと思うと! もし夜の騎士ナイトバスがあの子を拾っていなかったら、賭けてもいい、魔法省に発見される前にあの子は死んでいたよ」
「でも、あの子は死んでいませんわ。無事なのよ。だからわざわざ何も――」
「モリー母さん。シリウス・ブラックは狂人だとみんなが言う。多分そうだろう。しかし、アズカバンから脱獄する才覚があった。しかも不可能といわれていた脱獄だ。もう1ヶ月も経つのに、誰1人、ブラックの足跡さえ見ていない。ファッジが日刊予言者新聞に何と言おうと、事実、我々がブラックを捕まえる見込みは薄いのだよ。まるで勝手に魔法をかける杖を発明するのと同じぐらい難しいことだ。1つだけはっきり我々がつかんでいるのは、ヤツの狙いが――」
「でも、ハリーはホグワーツにいれば絶対安全ですわ」
「我々はアズカバンも絶対間違いないと思っていたんだよ。ブラックがアズカバンを破って出られるなら、ホグワーツにだって破って入れる」
「でも、誰もはっきりとは分からないじゃありませんか。ブラックがハリーを狙ってるなんて――」

 ドスン、と木を叩くような音が聞こえて、ハナがビックリして僅かに飛び上がったのがハリーには分かった。どうやらウィーズリーおじさんがテーブルを叩いたらしい。しかし、ハリーはそれどころではなかった。なんと、ブラックはハリーを狙っているというではないか。

「モリー、何度言えば分かるんだね? 新聞に載っていないのは、ファッジがそれを秘密にしておきたいからなんだ。しかし、ブラックが脱走したあの夜、ファッジは再度アズカバンに視察に行ってたんだ。看守達がファッジに報告したそうだ。ブラックがこのところ寝言を言うって。いつも同じ寝言だ。“あいつはホグワーツにいる……あいつはホグワーツにいる”ブラックはね、モリー、狂っている。ハリーの死を望んでいるんだ。私の考えでは、ヤツは、ハリーを殺せば例のあの人の権力が戻ると思っているんだ。ハリーが例のあの人に引導を渡したあの夜、ブラックはすべてを失った。そして12年間、ヤツはアズカバンの独房でそのことだけを思いつめていた……」

 ハリーの頭の中はブラックのことでいっぱいになり、もっと情報はないかとますます壁にピッタリ張り付いた。隣でハナが心配そうに自分を見上げてくるのが分かったが、ハリーはそれどころではなかった。僅かな沈黙ののち、ウィーズリーおばさんか静かに口を開いた。

「そうね、アーサー、貴方が正しいと思うことをなさらなければ。でも、アルバス・ダンブルドアのことをお忘れよ。ダンブルドアが校長をなさっている限り、ホグワーツでは決してハリーを傷つけることは出来ないと思います。ダンブルドアはこのことをすべてご存知なんでしょう?」
「もちろん知っていらっしゃる。アズカバンの看守達を学校の入口付近に配備してもよいかどうか、我々役所としても、校長にお伺いを立てなければならなかった。ダンブルドアはご不満ではあったが、同意した」
「ご不満? ブラックを捕まえるために配備されるのに、どこがご不満なんですか?」
「ダンブルドアはアズカバンの看守達がお嫌いなんだ」

 ウィーズリーおじさんが重苦しい口調で言った。

「それを言うなら、私も嫌いだ……。しかしブラックのような魔法使いが相手では、嫌な連中とも手を組まなければならんこともある」
「看守達がハリーを救ってくれたなら――」
「そうしたら、私はもう一言もあの連中の悪口は言わんよ」

 ウィーズリーおじさんが疲れた口調で言った。

「母さん、もう遅い。そろそろ休もうか……」