The ghost of Ravenclaw - 031

5. クルックシャンクスと夏休み最後の日



 魔法動物ペットショップの中はとても狭かった。壁はびっしりと隙間なくケージで覆われ、動物の臭いがプンプンするし、あちらこちらでガーガー、キャッキャと鳴き声が上がり、騒がしい。奥に進むと、カウンターでは店員の魔女が、先客の魔法使いに二叉イモリの世話を教えているところで、私達はそれを待つ間ケージの中にいる動物達を眺めた。

 巨大な銀色のヒキガエルに、宝石を散りばめた甲羅を持つ大ガメ、オレンジ色の毒カタツムリ、シルクハットに変身出来る太った白ウサギ、ありとあらゆる色の猫、けたたましく鳴くワタリガラス、ハミングしているプリン色の変な毛玉のバスケットなんかもいたし、カウンターには自分達の尻尾を使い縄跳びをしているクロネズミ達もいた。尻尾で縄跳びなんて、器用なネズミ達である。

「ハナって、そのネズミは平気なの?」

 縄跳びをしているネズミをしげしげと眺めているとハリーが不思議そうに訊ねてきて、私は曖昧に笑った。どうやらハリーは私がネズミ嫌いだと思っているらしい。なんて答えようか迷っていると、タイミングよく先客がいなくなり、私達はカウンターに向かった。

「カウンターにバンと出してごらん」

 店員はポケットからがっしりした黒縁メガネを取り出しながら言った。するとロンが先程の一件で気を遣ってくれたのか一瞬私を気にしたように視線を投げ掛けたので、私はスキャバーズを睨み付けなくて済むように少し後ろに下がることにした。ロンはそれを確認してからスキャバーズを取り出し、同類のネズミのケージの隣に置いた。毛艶のいいケージ内のネズミ達に比べると、スキャバーズは明らかに弱々しかった。

 店員はそんなヨレヨレで弱々しいスキャバーズを摘み上げ、念入りに調べながら、スキャバーズは何歳なのかやどんな力があるのかを訊ねていた。しかし、ロンはそのどちらともしっかりと答えられなかった。スキャバーズが動物もどきアニメーガスだと知らないのなら、無理はないだろう。それでもロンがかなりの歳だということを伝えると、店員は家ネズミの寿命はせいぜい3年なのだと言って、長生き過ぎることを不思議がっていた。

 それから更にスキャバーズを調べていくと、前足の指も1本欠けてしまっているのが見つかった。ロンはパーシーから貰った時には既にこんな状態だったと言い、いつどこで欠けたのか分からないと話していたが、私はこれがいつからないのか知っていた。シリウスに追い詰められ、逃げる時だ。これがあるからシリウスは新聞を見ただけでスキャバーズがピーターだと気付くのだ。まさかその新聞をファッジ大臣から受け取るなんて思わなかったけれど……どうも私の知識は偏っている。

「――なら、この“ネズミ栄養ドリンク”を使ってみてください」

 気が付けば店員がカウンターの下から小さな赤い瓶を取り出すところだった。どうやらロンはその栄養ドリンクを買うことに決めたらしく、値段を聞いたが、そこに何かが上から降ってきて、大声で叫んだ。

「アイタッ!」

 何やら大きなオレンジ色のものが、一番上にあったケージの上から飛び降り、ロンの頭に着地していた。シャーッシャーッと狂ったように喚くと、オレンジ色の何かはスキャバーズめがけて突進した。

「コラッ! クルックシャンクス、ダメッ!」

 店員が叫び、摘んでいたスキャバーズをクルックシャンクスと呼ばれたオレンジ色の何かから守ろうとしたけれど、スキャバーズは石鹸のようにつるりと店員の手をすり抜け、出口めがけて遁走した。そのあとをロンが大慌てで追いかけていき、ハリーもあとに続いてあっという間に店を出ていった。その様子を私とハーマイオニーが呆然と見ていると、店員がどうにかクルックシャンクスを捕まえたところだった。

「クルックシャンクス! 大人しくしなさい!」

 クルックシャンクスは赤味がかったオレンジ色のふわふわとした毛並みの猫だった。エキゾチックショートヘアのような鼻ぺちゃで、くしゃっとした顔をしている。猫なので、ネズミを見て捕まえたくなったのかもしれない。私はそう思ったが、それはどうやら違うようだった。スキャバーズを追いかけようと暴れるクルックシャンクスに店員が「普段はこんなことしないのに!」と叫んだからだ。

「他のネズミは襲わないんですか?」

 気になって私は訊ねた。

「ええ――カウンターにネズミがいるけど、普段はまったく。どうしてあの子のネズミに襲い掛かろうとしたのか……」

 店員の言葉を聞いて、私はクルックシャンクスをまじまじと見た。もしかして、と思ったのだ。

「貴方、違いが分かるの? だから、襲ったの?」

 するとクルックシャンクスはその通りだというように尻尾を揺らして「ニャー」と鳴いた。この子はとても賢い猫だ。スキャバーズが普通のネズミとは違うことが分かるのだ。周りを見ても他の猫達はスキャバーズを気にする様子がないので、この子が特別賢いのかもしれない。

「この子とっても賢い猫だわ」
「分かるの? ハナ」
「ええ、素晴らしい子だわ。ここにいる中では1番賢いと思う」
「賢いかは分からないけど、この子はニーズルとの交配種でね。魔力は他の子よりあるかもしれない。ただ、こんな感じで手懐けるのが難しいから、ずーっと貰い手がいないんです」
「まあ……可哀想に。クルックシャンクス、貴方にもいい主人が見つかるといいわね」

 この子の良さが分かる飼い主が見つかるといいのだけれど。出来れば私が飼いたいけれど、ロキもいるのに猫まで飼うのはちょっと難しいだろう。すると、突然ハーマイオニーが叫んだ。

「決めたわ!」

 見れば、ハーマイオニーは目を輝かせてクルックシャンクスを見ている。

「私がこの子の飼い主になるわ! ハナが認めた子だもの。きっと素晴らしいに違いないわ」
「ハーマイオニー、貴方はふくろうが欲しいんじゃなかったの? ペットの衝動買いは良くないわ。ちゃんと飼える?」
「私、この子がいいの。もちろん、ちゃーんとお世話するわ。ねえ、クルックシャンクス。私と一緒に暮らすのは嫌かしら?」

 どうやらふくろうよりクルックシャンクスに魅力を感じたらしい。ロンと揉めることにならなければいいけれど――私はそう思いつつ、クルックシャンクスがハーマイオニーの手に尻尾を巻き付けまるで「いいよ」とばかりに鳴くのを見ていた。