The ghost of Ravenclaw - 027

4. 魔法大臣と漏れ鍋

――Harry――



 ハリーにとってハナとの漏れ鍋生活は信じられないくらい楽しいものだった。まず、ハナはペチュニアおばさんみたいにハリーを叩き起こそうとしなかったので、ハリーは好きなだけ寝ていられた。それから、思う存分眠ったハリーが起きて1階のパブへ行くと、紅茶を飲みながら新聞を読んでいたハナが「おはよう、ハリー」とにこやかに挨拶してくれる。ハリーは上手く説明出来ないが、この瞬間がとても好きだった。

 そんなハナは大抵ハリーより早く起きていたけれど、時々遅く起きて来ることがあった。そのほとんどが夜遅くまで本を読んでいたからという理由で、最近のお気に入りは目くらまし術の本らしかった。「私、貴方のマントを使った時みたいに完璧な透明になりたいの!」とかなりの気合の入りようだ。

 それから、時々もの凄く不愉快だという顔で新聞を読むことがあった。それは必ずシリウス・ブラックの記事を読んでいる時で、ハリーはハナが「くだらない」と吐き捨てて暖炉に新聞を投げ入れるのを何度か目撃した。どうやら、ハナはブラックのことを心底嫌っているらしい。

 2人揃うと一緒に朝食を食べ、それからダイアゴン横丁へ行ってぶらぶら店を覗いて回ったり、カフェのテラスに並んだ鮮やかなパラソルの下で食事をしたりした。1日の何時間かは、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスに座り、明るい陽の光を浴びながら勉強もした。店主のフォーテスキュー氏は、中世の魔女狩りにとても詳しくてハナと一緒にハリーの宿題を手伝ってくれたばかりか、30分ごとにサンデーを振舞ってくれた。

 ハリーが勉強している間、ハナはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ出掛けたり、本を読んだり、たくさんの人に手紙を書いたりして過ごしていた。ハナは驚くほど知り合いが多いのだ。けれど、フォーテスキュー氏から魔女狩りについてあれこれ聞いているうちに、レポートをやり直したくなったらしく、気が付けば羊皮紙1巻き分もレポートを追加していた。

 1番大変だったのは、グリンゴッツの金庫から引き出してきたガリオン金貨やシックル銀貨、クヌート銅貨を一度に使ってしまわないように自制することだった。ハリーは「あと5年間ホグワーツに通うのだ。呪文の教科書を買うお金をダーズリーにせがむのがどんなに辛いことか考えろ」としょっちゅう自分自身に言い聞かせ、やっとのことで純金の見事なゴブストーン・セットの誘惑を振りきった(ゴブストーンはビー玉に似ていて、失点するたびに、石が一斉に負けた方のプレイヤーの顔めがけて、嫌な臭いのする液体を吹きかける魔法のゲームで、ハナはお気に召さないようだった)。

 ゴブストーンより厄介だったのは、ハリーが漏れ鍋に来てから1週間後に「高級クィディッチ用具店」に現れた新しい箒だった。店のショーウィンドウの前は興奮気味の魔法使いや魔女でいっぱいになっていて、ハリーもハナもその人混みに揉まれながら箒を眺た。アイルランド・インターナショナル・サイドからも箒の注文を貰ったらしく、店主が声高に宣伝していた。どうやらワールド・カップに出場が決まっているチームらしいが、ハナは魔法界にもワールド・カップがあることの方に驚いていた。



 炎の雷・ファイアボルト

 この最先端技術、レース用箒は、ダイヤモンド級硬度の光沢塗装仕上げによる、すっきりと流れるような形状の最高級トネリコ材の柄に、固有の登録番号が手作業で刻印されています。尾の部分はシラカンバの小枝を1本1本厳選し、研ぎ上げて、空気力学的に完璧な形状に仕上げています。このためファイアボルトは、他の追随を許さぬバランスと、針の先ほども狂わぬ精密さを備えています。わずか10秒で時速240kmまで加速できる上、故障知らずのブレーキ魔法を内蔵しています。

 お値段はお問い合わせください。



 ハリーはこの箒が手に入れられたのならどんなにいいかと思ったが、金貨が何枚必要になるのか考えたくもなかった。既にニンバス2000というとてもいい箒を持っているのに、ファイアボルトのために金庫を空っぽにするわけにはいかなかった。ハリーは値段を問い合わせしなかったものの、それから毎日ハナが書店へ行っている間、店先に立って箒を眺めた。

 買わなければならないものもあった。制服のローブの袖丈や裾が10センチほど短くなってしまったので、マダム・マルキンの洋装店で新しいものが必要だったし、3年生で使う教科書も必要だった。今年はハリーもハナもいつもの科目に新しく2科目加わったので、その教科書も必要だった。ハリーは「魔法生物飼育学」と「占い学」で、ハナは「古代ルーン文字学」と「数占い学」だった。

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ行くと、いつもと違ってショーウィンドウには大きな鉄の檻があった。その中に、約100冊ほどの本が入っていて、一体どんな本が入っているのかとハリーが見てみると、それは『怪物的な怪物の本』だった。すさまじいレスリングの試合のように本同士が取っ組み合い、ロックをかけ合い、戦闘的にかぶりつくというありさまで、本のページがちぎれ、そこいら中に飛び交っていた。

「ずーっとこの調子なのよ」

 ハナが苦笑いしながらショーウィンドウを見て言った。

「どの店員さんも本の正しい扱い方が分からなくて、とても困ってるみたい。そもそも大人しくさせる方法があるかも分からないけれど……どうも魔法生物飼育学の新しい教科書みたいね」
「僕、この本持ってるよ。ハグリッドが役に立つだろうって誕生日プレゼントにくれたんだ。捕まえるのが大変だったよ。蟹みたいに歩くし噛みつくんだ」
「それは大変だったわね。でも、店員さんは喜ぶかも。少なくともハリーの時はこの本を取り出さなくて済むもの」

 ハナの言う通り、対応をしてくれた書店の店主らしき魔法使いは、ハリーが『怪物的な怪物の本』をもう持っていると聞くととても喜んだ。今朝はもう5回も噛みつかれて大変だったらしい。そうやって話している途中にも2冊の怪物本が他の1冊を捕まえてバラバラにしだして、店主は「もう二度と仕入れるものか!」と怒っていた。

「お手上げだ! 『透明術の透明本』を200冊仕入れたときが最悪だと思ったのに――あんなに高い金を出して、結局どこにあるのか見つからずじまいだった……えーと、何か他にご用は?」
「カッサンドラ・バブラツキーの『未来の霧を晴らす』をください」
「私は『数秘学と文法学』と『古代ルーン文字入門』をください」
「あぁ、君はいつも来てくれている子だね? 本をたくさん買ってくれてありがとう――じゃあ、まずは『未来の霧を晴らす』から用意しよう」

 店主はそう言うと、ハリー達を店の奥へと案内した。そには、占いに関する本を集めたコーナーがあり、小さな机にうずたかく本が積み上げられている。『予知不能を予知する――ショックから身を護る』『球が割れる――ツキが落ちはじめた時』などがある。占い学の教科書は本棚の上の方にあり、店主が梯子を使って取ってくれた。黒い表紙の本だ。

 しかし、ハリーは違う本に吸い寄せられていた。小さな机に陳列されている物の中に、その本があった。表紙には『死の前兆――最悪の事態が来ると知ったとき、あなたはどうするか』と書かれてある。不吉な本である。目をぎらつかせた、クマほどもある大きな黒い犬の絵だ。気味が悪いほど見覚えがある……。

「ハリー、その本がどうかしたの?」

 本をじっと見ているとハナが訊ねた。

「ウン――僕、プリペッド通りを飛び出した時にこんな感じの犬を見た気がして。黒くて大きな……」

 ハリーが『死の前兆』という部分に嫌な気分になりながら小声でボソボソと告げると、ハナは目をぱちくりとさせて本を見た。そして、表紙に書かれてある黒い犬をジーっと見つめるとニッコリ笑った。

「ハリー、黒い犬はどこにでも歩いているものよ。この本はきっと、そういう何でもないものにまで死を連想させるような本なのよ。気にしない方がいいわ」
「まったくお嬢さんの言う通りです」

 占い学の教科書を手にした店主が梯子を降りてきて、ハナの言葉に同意した。

「その本は読まないことをおすすめします。死の前兆があらゆるところに見えはじめて、それだけで死ぬほど怖いですよ」

 ハリーもハナと店主の言う通り、あれは死の前兆ではないと思い込むことにした。けれど、思い込もうとすればするほど「死の前兆」という言葉が気になって、ハリーはその日1日モヤモヤとした気持ちで過ごしたのだった。