The ghost of Ravenclaw - 026

4. 魔法大臣と漏れ鍋



 ハリーがファッジ大臣に個室に連れて行かれてからしばらくして、2人が個室から出てくるとファッジ大臣はハリーも夏休みが終わるまで漏れ鍋に泊まることになる、と教えてくれた。部屋は11号室である。ハリーは私の部屋とは随分離れてしまって残念そうにしていたけれど、部屋に入るとヘドウィグがいて、とても喜んでいた。ハリーとは別行動していたらしいヘドウィグはハリーが到着してしばらくすると、漏れ鍋に現れたのだ。とても賢いふくろうである。

 ハリーは来年の夏にはプリペッド通りに戻らなければならないそうなのだけれど、これからの約1ヶ月間は完全に自由である。私もハリーも8月の1ヶ月間を一緒に過ごせることを楽しみにしていたものの、初日は昼過ぎまで寝て過ごすことになった。どちらも一晩中起きていて寝不足だったのだ。そうして、昼過ぎになるとどちらともなく起き出して、パブで遅めの昼食を摂りながら、ハリーに一体何があったのかを聞いた。

 話を聞くと、マージョリー・ダーズリーは正真正銘のクソババアだった。ハリーはホグズミード行きの許可証にサインして貰うために、1週間もの間理不尽に耐え抜いたが、最後の最後にとうとう耐えきれず、風船のように膨らませてしまったのだという。ジェームズとリリーをバカにされて、ハリーは怒ってしまったのだ。それを聞いて思わず「いい気味だわ」と言うと、ハリーは苦笑いしていた。

「――まあそれで、家を飛び出すことになったんだ。こんな家もうたくさんだ、と思って。でも、マグルのお金を持ってなくて……箒でここまで飛ぼうか考えてたら、偶然夜の騎士ナイトバスを呼び出すことが出来たんだ。でも、魔法省は何で僕を処分しないんだろう? 大臣自ら捕まえにきたのに」

 ハリーは約1ヶ月の自由を手に入れた喜び以上に、処分がなかったことに対する疑問が大きかったようだった。去年はドビーがそばで魔法を使っただけで公式警告状が届き「次は退学だ」と言っていたのに、実際に魔法を使った今回は何もなし、というのは釣り合わないというのがハリーの見解だった。ここで、処分がなくてラッキーと思わず疑問を持つところがハリーの凄いところだと思う。

「魔法省は今、貴方がマグルの前で魔法を使った云々で時間を取れないのよ。ホグワーツでもそうだけど、とても大変なことになっているの」

 現時点でハリーにどこまで話していいものか考えつつ、私は声を潜めて言った。

「シリウス・ブラックだね。僕、バスの中で新聞を読んだよ。13人も殺したって――」
「ええ、誰もがそう考えているわ。新聞にもそう書いてあった」
「それじゃあ、やっぱり、君が手紙に書いていたとある事件っていうのはブラックの事件だったんだね? 僕、マグルのニュースでも見たよ」
「ええ、そうよ。アズカバンを脱獄するなんて前代未聞のことだから、魔法省はそれに掛かり切りなの。それに、凶悪犯がウロウロしているのに13歳の子どもを魔法界から追放しようだなんてバカはいないわ」

 魔法省が隠したがっているというのなら、私も現時点では不用意に魔法省のバカげた憶測――シリウスがハリーを殺すということ――を話さない方がいいだろう。そう思い、私は少しやんわりとハリーに事実を伝えた。そもそも魔法省からしてみれば、私はバカげた憶測を知らないことになっているので、人の目がある場所では話さない方がいいだろう。このままハリーが知らないままであればいずれは私から話さなければならなくなるだろうけれど、今はまだ夏休み中なので、焦らず様子を見て、動かなければならない。

「さあ、ハリー、デザートを食べる余裕はある?」

 これ以上シリウスのことを話していてはボロが出そうだと、私は話をすり替えることにした。私もハリーも注文していた料理はすべて平らげてしまっていたところだったので、ちょうどいいだろう。

「デザート?」
「フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーでアイスクリームを食べながら、ダイアゴン横丁を探検する計画を立てるの。どう?」

 私がニンマリ笑ってそう言うと、ハリーは途端にシリウスの話題が頭から消えてしまったようだった。嬉しそうに「賛成!」と声を上げるハリーに私は孫に何でも買ってあげたくなるおばあちゃんのような気分になった。いや、流石におばあちゃんは早すぎるかもしれない。甥っ子に何でも買ってあげたくなるおばさんにしておこう。うん。

 そういうわけで、私達はパブを出ると漏れ鍋の裏庭からダイアゴン横丁へと向かった。フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーへ行くと、店主のフローリアン・フォーテスキューさんが日当たりの良いテラス席に通してくれて、私達はそこでデザートにサンデーを注文した。

「ハリー、宿題は終わった?」
「まだ半分くらい――魔法史の宿題の仕上が残ってるし、他にもいろいろ。僕、ダーズリーの家では夜中に布団を被って宿題してたんだ」
「まあ――彼らにひどいことをされなかった?」
「大丈夫だよ。マージおばさんが来るまではこれまでに比べたら一番マシな休暇だったんだ。君が去年、地の果てまで追いかけるって脅したのを覚えてたみたい。でも、結局ホグズミード許可証にサインが貰えなかったんだ。大臣に頼んでみたけど保護者じゃないからって断られちゃって」
「マクゴナガル先生やダンブルドア先生に事情を話せないかしら? もしかしたら、許可が貰えるかもしれないわ。ハリーだけいけないなんてあんまりだもの――私、ホグワーツに戻ったらダンブルドア先生に話してみるわ」
「ウン、ありがとう、ハナ。行けるといいんだけど……」

 それから私達は気を取り直して、サンデーを食べながら明日からどう過ごすかについて2人で楽しく話した。宿題は出来るだけ早く終わらせて、ダイアゴン横丁まだ行っていないお店を覗いてみよう――美味しいカフェを探して毎日お昼は違う店で食べてみよう――話しているだけで楽しくて、私は時々ジェームズとダイアゴン横丁へ来ている気分になった。

 アイスクリーム・パーラーでの1番の収穫はフォーテスキューさんが中世の歴史に詳しいということだった。魔法史の宿題で出された魔女狩りについても教科書に載っていないことまで詳しく知っていて、彼は手が空いている時ならいつでも宿題を手伝うよ、とにこやかに声をかけてくれた。

「君はレイブンクローなら、失われた髪飾りダイアデムの話なんか好きかもしれないね」

 残り少なくなった私とハリーのサンデーに大きなチョコレートのアイスクリームをおまけしてくれながら、フォーテスキューさんは言った。

「失われた髪飾りダイアデム?」
「ロウェナ・レイブンクローがつけていたものだ。しかし、彼女の死後、どこにあるのかはさっぱり分かっていない――寮に戻ったらロウェナ・レイブンクローの像を見てみると良い」
「ええ、見てみます」

 この日以降、私達は勉強する時はアイスクリーム・パーラーへ行くようになった。フォーテスキューさんは宣言通りハリーの宿題を手伝ってくれたどころか、30分に1度はサンデーをサービスしてくれて、私は朝の運動を増やさざるを得なくなったのだった。